全然言うことを聞かない部下、使えない部下への指導法

言うことを全然聞いてくれない部下に悩まされることってありませんか?

「これをやっといてね。」とお願いしても、「え、他の人に頼んでくださいよ。」と断られたり、すんなり引き受けてくれたものでも目を離していたら明後日の方向へ進んでしまい、収拾がつかなくなってしまった。

そんな経験はありませんか?




こちらの伝え方が悪かったのだと思い、意図を十分に説明してから仕事を渡しても、こちらの想定を超える結果になってしまい、『ええっ!?どうして!?』といったこともあります。

 

人を管理する立場になれば、人を使う能力が必要になります。

この人を使う能力ってコツをつかむまでは、意外と難しいんですよね。

自分で仕事をする能力とはまったく違います。

 

人を使う立場になったことがある人なら、誰もが一度は『自分でしたほうが楽だ。』と思ったことがあるのではないでしょうか?

 

こちらの意図を理解してくれる人なら「ごめん。悪いけどこれ、やっといて。」で終わることなのですが、皆が皆そういった人ではありません。同じような感じで仕事を頼んでも、こちらの意図とまったく違う方向に進んでしまい大問題になってしまうことがあります。

 

そのミスをした相手が責められるのならまだしも、「いったいどういう指導をしているんだ!」と言われてしまうことがあります。『そんなできないやつに仕事を任せたお前が悪い!』となり、管理能力がゼロと判定されることもあります。

そんな事態にならないように工夫をしたつもりが、予期せぬ事態に進展してしまうことがあります。

 

 

こちらの思っているように動いてもらうのって結構難しいんですよね。

 

 

普段から言うことを聞いてもらえるようにコミュニケーションをとっておくのは勿論ですが、相手の性格や能力も把握しておかないといけません。

若い頃は、上司は偉そうにしてればいいだけなんだから楽でいいなと思っていましたが、いざその立場に立ってみるとなかなか難しいんですよね。

 

仕事だからと思って当然のように考えなしに命令していると、誰もついてきてくれなくなります。嫌われる上司ナンバーワン状態ですね。

 

より良い仕事をしてもらうためには信頼関係が必要になります。『この人に協力したい!』と思ってもらうことができてやっとスタート地点です。

ただ、このスタート地点にたどり着くまでは苦労します。




まずね、世代が違うと考え方や常識が違うことも多いんですよね。

 

「俺らが若い頃は先輩に対しては・・・していたけど、今のヤツは俺らに対して・・・」

この言葉、耳にしたことありませんか?

 

上司の立場としてはこう言いたくなるのはわかります。『自分たちの頃はそれが当たり前だったんだ。それを乗り越えてここまで来れたんだ。なのに今のヤツは・・・』と言いたくなる気持ちもわかります。

 

「これだからゆとりは・・・」

この言葉、よく耳にしませんか?

 

たしかにゆとり世代とそれより上の世代って、一つの境界線があるように思います。

考え方が根本的に違うと感じることもあるかと思います。

同年代じゃないとズレは多少はあるものですが、そこで一段階の大きなズレがあるように思います。

 

いままでと同じような方法で指導しているのに、それで思うような結果にならないことも多々あります。『おいおい。』と思うようなことでも平気でしてくる場合もあります。

 

ただ、これは年配の言い分なんですよね。

 

若い世代からしたら戸惑いも多いんです。

 

 

いままで当たり前のようにしていたことで注意されます。誰もそんなことで注意をしてこなかった常識なのに、その常識をおかしいと否定してきます。聞かれたから素直に答えただけなのに、その答えはおかしいと指摘してきます。

ことあるごとにこうしろああしろと注意してくる。それで次に出てくる言葉は「自分たちの頃は・・・」、「昔は・・・」鬱陶しいったらありゃしない。『時代が変わってるんだから今に合わせろ。』と思ってしまいます。

 

この認識の違いって意外と大きいんです。

 

この認識の違いが小さいと意思疎通もわりとスムーズにいくのですが、認識のズレが大きいと『どうしたら理解してもらえるんだろう?』とわからなくなってしまいます。

 

 

社員旅行に行ったときなんですけど、新人の子が二人、写真係になったんです。『がんばって写真を撮っているなー。』とそのときは見ていたんですけど、旅行から帰って写真のデータを見ると、、、『げっ!』と思いました。

社長の写真がないんです。というか写真の枚数にすごいかたよりがあったんですね。その子たちの写真は何十枚とあったんですけど、他の人が写っている写真は半分にも満たないほどだったんです。集合写真以外一枚も写っていない人も多かったんです。『だけどせめて社長の写真くらいは撮っておけよ、それぐらいわかるだろ?』ですよね。社長は器の小さい人間だったので後でお叱りを受けました。

 

「社長の写真は必ず撮ってね。あとすべての人に平等に。極端に少ない人がいないように考えて撮ってね。」とお願いしていたら防げていたかもしれないですが、そんなこと言わないといけないものだとは思いもしませんでした。

 

 

相手のことをしっかり理解していないと、どういった事態になるか予測することができないんです。予測できないから対処法も考えられないんです。

 

 

まずは部下の特徴をつかみましょう!

どういう性格なのか把握しましょう。どんな仕事に向いていて、どんな仕事に向いていないかを整理してみましょう。

 

 

整理ができたら次のステップです。

どうしたらこちらの意図が伝わるかを考えましょう!

1を言えば10伝わる人なのか、10を言っても1しか伝わらない人なのかを考えてみましょう。

 

 

次は伝え方です。

どう伝えたら相手が理想通りに動いてくれるかを考えましょう!

厳しく命令口調でしっかり言ったほうが伝わる人なのか、感謝を伝えて穏やかに言ったほうが伝わる人なのかを考えてみましょう。

 

 

最期は結果の確認の仕方です。

うまくいったのならなんて声を掛けるか、これでも失敗したらどう声を掛けるかを考えてみましょう!

もしかしたらここが一番重要かもしれません。

 

次にどうつなげるかですね。

この方法でうまくいったから次もこの方法でいいのか、検討します。
この方法でうまくいかなかったから次は違う方法にしないといけないのか、検討します。

 

そしてこの流れをずっと続けることです。

 

大変ですよね?

 

毎回毎回、こんなこと考えてしないといけないなんて。自分でやったほうがよっぽど気楽です。

 

上司って部下が思うほど気楽なものではないですが、上の立場になると人を使うことも覚えないといけません。

一人でその職場の仕事をすべてこなせるのなら覚える必要はありませんが、一人ですべてをこなすことはできません。

 

いままでの方法でうまくいくときもあれば、ダメなときもあります。そのたびに悩まされてしまいますが、その相手との出会いはあなたの成長を促進させてくれると思います。

大変なことですが、うまくいったときの喜びは大きいと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



物覚えの悪い職員に仕事を覚えさせるには

誕生日を覚えてくれない恋人は愛がない?どうすれば覚えてくれるの?

中間管理職の恐怖。周りは敵だらけ。誰も味方がいない。

価値観の違いが許せない!どうしてわかってくれないの!?

性格が違いすぎる!性格が合わない恋人との付き合い方。

誰もわかってくれない孤独感!本当は辛いんだと叫びたかった!!

過剰反応してくる人間には要注意。言葉を鵜呑みにしてはいけない。

子育てを全くしない夫。どうして私だけが苦労しなくちゃいけないの!?

わたしって気楽なの?「お前は気楽でいいよなー。」と言われたら。

しなくちゃいけない使命感とやることができなかった罪悪感

やらなくてはいけないのに動けない。やる気が出ないのはなぜ?

やらなくてはいけないと思っているのに、実際に行動に移すことができないことってありませんか?

頭ではしなくてはいけないことと理解しているのに、ついつい先延ばしをしてしまう。先延ばしにしてしまった結果、期限が迫る。期限が迫っているから、やらなくてはいけないという思いがさらに強くなる。

その一方で、今更やってももう間に合わないというあきらめの気持ちがでてくる。

こんなことはありませんか?




これって、最初のやらなくてはいけないと思った時点で行動していたら、うまくいっていた、間に合っていたことも多いんですよね。そのときにやる気を出していたら何の問題もないことだったんです。

でも、そのやる気が出てくれなかったんですよね。

 

本当はやりたくないことだから。

 

気乗りしないことだから。

 

 

やりたくないことを強要されるからやる気が出ないんです。

 

やりたいことをするのなら自然とやる気が出ます。

やりたいことをやる気がなくす方が難しいです。

 

 

やりたいことだけをやって、やりたくないことはやらないという人生を送れたらベストですが、それはなによりも難しいかもしれません。

 

やりたくないからといってやらなければ、自分にとって都合が悪いことが起こります。

 

 

働きたくないからといって遊んでばかりいたら、いつか生活ができなくなってしまいます。

愛情がさめたからといって離婚ばかりしていたら、人格に問題がある人と捉えらてしまいます。

気が合わない人がいるといって転職ばかりしていたら、どこも雇ってもらえなくなります。

 

今年40歳になりますが、昔は引きこもりです。35歳から働きだしました。結婚はしていたのですが、バツ8です。仕事は20回以上変わりました。

こんなことになってしまいます。

誰も信用してくれないですよね?

 

次に結婚したいと思った相手がいても、絶対に相手側は反対します。こちら側も「どうせ別れるんだから、これ以上経歴に泥を塗るな。」と反対されるかもしれません。

就職面接でいくら「昔は・・・でしたが、いまは心を・・・がんばります!!」と宣言をしても、そんな人の言葉、信じてももらえません。むしろ問題ばかり起こして転職していると思われてしまいます。

 

あなたの周りに問題があるのではなく、あなた自身に問題があると思われてしまいます。社会に適応できない人と判定されます。

 

ある程度はやりたくないことでもやらないと、生きていけない世の中です。

 

 

でも、やりたくないことを強要されることってかなりしんどいことなんですよね。

 

少しくらいなら我慢してやりたくないことでも取り組みますが、それがたくさん積み重なってしまったら、動けなくなってしまうんです。

頭ではやらないといけないとわかっているのに、心と身体が拒否をするんです。やりたくないことができなくなってしまいます。

皆さんの今の状態ですね。





この状態って、いままではできていたのにって思うこともあるんです。『いままでは真面目にやっていたのにできなくなっている。』、『気持ちが足りないからだ。怠けているだけだ!気合を入れないと!!』と思ってしまうこともあります。

でも、それがなかなかうまくいかないんですよね。

 

いままではムチを打てば走れていたのに、いまはムチを打ってもなかなか走れないんです。

そんな自分を不甲斐なく思うんですよね。それでさらに強くムチを打つんです。『自分ならできるはずだ!!』と信頼して。

 

 

そもそもこれが勘違いなんです。

 

 

いままではムチを打って限界を超えて走っていただけなんです。

無理をしていただけなんです。

 

 

もうね、あなたは走れる状態じゃないんです。

 

一回、休息が必要なんです。

 

 

そのことはあなたも薄々は気づいているんですよね。でもそれに気がついてしまったら、やらないといけないことができなくなってしまう。だから気がつかないふりしてがんばろうとしているんです。

やる気が出てくるのを待っているんです。

 

でもなかなかやる気が出てこないんですよね。この状態って。心は休みたいと思っているから。

いつまで待ってもやる気が出ないんです。

 

 

そうこうしているうちに時間だけが過ぎて行ってしまうんです。

先頭を走っている人がゴール近くにまで走ってしまいます。それを見てあなたは焦ります。

ますますね、ムチを打つ力が強くなるんです。叩く回数が多くなるんです。

 

でも結果は・・・

全然動かない。

これをもう一度動かそうと思ったら、一度休むしか方法はないんですよね。

 

 

皆さんが避けていることです。

意地でも選びたくないと思っていることです。

 

 

やらないといけないことを、やらない選択をしてください。

 

このときにやらないといけないのに動けないと思わないでください。こう思ってしまうと自己否定感が強くなってしまいます。

やらなくてはいけないけど、やらないんだと思ってください。
やらなくてはいけないけど、やりたくないから、やらないんだと思ってください。

 

そしてそんな自分を許してあげてください。

 

やらないといけないことをやらない自分を。
やらないといけないことをやりたくない自分を。

 

やらないことに罪悪感が湧くかもしれませんが、それでも少しずつ自分を許していきましょう。

 

 

やらないといけないことをやれないほど、今のあなたは追い込まれています。

それに気づかないフリをしているだけです。

 

本当はもう、なにもかもどうでもいいと思っていませんか?
本当はもう、すべてが面倒くさいと思っていませんか?

 

本当はもう、すべて投げ出してゆっくり休みたいと思っていませんか?

 

 

投げ出してもいいんですよ?

ゆっくり休んでもいいんですよ?

あなたはそんなにボロボロになるまでがんばったのだから。

 

 

もうがんばらなくていいんですよ?

もうがんばるのやめましょう?

もう限界は、とっくの昔に超えてますよ?

本当はあなたが誰よりもそのことを理解しているでしょう?

 

 

やる気なんてものは無理やり起こすものではないんです。

 

歯を食いしばって、気合を入れて、叩き起こすものではないんです。

 

 

あなたは人一倍やる気のコントロールが上手な人だったんでしょうね。自分を奮い立たせて、無理やりやる気を作ってきたんでしょうね。

その反動でいま、動けなくなっています。

 

あなたは人一倍、義務感や使命感が強い人です。

でもね、

 

やりたくないことはやらなくていいんですよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



何もする気になれないのは燃え尽き症候群?やる気を出すには?

しなくちゃいけない使命感とやることができなかった罪悪感

もうこれ以上がんばれない。無気力で動けなくなってしまったとき。

やらないといけないのに集中力が全然持続しないのは

なにもやる気がしないのは

元気を出さないといけないのに元気が出ない。心が沈んでる時は?

何もできない。迷惑をかける。足を引っ張る。生きる価値はある?

立ち上がろうとする気力がもてないときは

タイムリミットに間に合わない。焦燥感をコントロールする方法。

無職のままだと居心地が悪い。働かないって悪いこと?

障害を受け入れられない情けない自分。どうして立ち上がれないんだろう?

前回『当たり前の生活が一変。障害を受け入れる過程。』で障害の受け入れ方についていて書きましたが、障害を受け入れるのは簡単なことではありません。どうしても過去の自分、元気だった自分が頭をよぎってしまうことがあります。

何年たっても心が晴れずに、このまま終わっていくのかと思ってしまう人もいます。

もう吹っ切れたと思っていても、なにかの拍子で突然思い出し、悲しみにくれてしまうこともあります。

 

障害を受け入れるのは本当に難しいです。





自分と同世代はバリバリ現役で働いて、走り回って、生き生きしているのに、こっちは介助をしてもらわないと満足に外出もできない。

一人でできて当然だと思っていたこともできなくなり、家族の負担になっている。「気にするな。」と優しく接してくれるけど、重荷になっているだけなんじゃないか?家族がいるときは明るく気丈に振る舞うけど、一人になると涙が止まらない。

 

『どうして自分が・・・?』考えても無駄なことだとわかっているのに、考えずにはいられない。

 

いくら涙を流しても枯れてくれません。

『こんな状態で生きながらえるより、いっそのこと死んでしまいたい。』

こんなことを考えてしまう自分が、ひどく醜い人間に思えてしまう。

 

いつまでもクヨクヨしていたって仕方がないことはわかってる。

自分よりもっとつらい体験をしている人でも、立ち直って前に進んでいるのもわかっている。

甘えているだけなのかもしれない。

みんな立派に克服して前に進んでいるのに、自分は受け入れることもできずにただ立ち止まっているだけ。

 

 

でも、どうしても『なぜ?』、『どうして?』が消えない。

 

 

前になかなか進めない。

 

悩んで泣いている間に時間だけが過ぎていく。

 

 

このままではいけないと思い行動しようとするも、周りの視線が気になる。好奇の目で見られ、経緯を話すと同情されます。

そのたびに惨めな思いをしてしまいます。

外出が嫌で引きこもってしまうこともあります。

 

 

そのときはいくらでも引きこもっていたらいいと思います。別に慌てる必要はないです。気が済むまで立ち止まっていたらいいと思うんです。時間を無駄にしていると感じるかもしれませんが、そんなことはないです。

 

その時間こそが前に進むために必要な時間なんです。





・・・
ただ、周りがそれを許してくれないこともあります。

 

受け入れるまでに時間がかかりすぎてしまうと、あなたにとって親しい人、家族や親友から「何年前のことだと思ってる!いつまでも引きずるな!」、「ちゃんとがんばれよぉー!みんな乗り越えているだろ!?」といった言葉が出るときがあります。

 

この言葉ってつらいんですよね。

 

自分が誰よりもわかっていることだから。

 

大切な人たちからそんなことを言われてしまうと、わかってくれないという孤独感を感じてしまいます。

 

その後少し冷静になると、自分を心配して言ってくれているんだとわかります。

そしてその想いに応えられない自分が情けなくなってしまいます。

 

心が軽くなるどころか、プレッシャーでさらに重くなってしまいます。

 

 

でもね、これって実はあなたのためじゃないんです。

 

このままではあなたがダメになってしまうと思って相手は言ってくれているんですが、本当の心はそうではないんです。下を向いているあなたをこれ以上見たくない、苦しいという相手の勝手な願望なんです。

 

あなたを思ってではありません。

 

相手は自分を助けてほしくて言っているんです。

 

 

そこまで相手が苦しんでしまうのは、あなたのことがすごく大切だからなんですけどね。他人なら放置もできますが、あなたは大切な人なんです。

相手もあなたが泣くたびに自分の無力さを痛感するのだと思います。

もしかしたらあなた以上に苦しんでいるかもしれません。一緒に苦しんでいるからあなたに助けてほしいという思いがあふれてくるんです。

 

相手からのSOSなんです。

 

でも、このSOSは無視していいんです。非情かもしれませんが、あなたは重体なんです。

 

あなたには他人を助ける余裕はないんです。

今は自分のことだけを考えるようにしましょう。

 

それが結果として相手を一番早く救える方法になります。

 

前に進めない自分を許してあげてください。

自分だけが不幸だと思っている自分を許してあげてください。

大げさかもしれない自分を許してあげてください。

 

 

そこまで苦しんでいるあなたが動けないのは、それだけ重体だからです。甘えでも大げさでもありません。

 

じっと立ち止まっているのって、はたから見ている以上に楽なことではありません。意外としんどいんです。むしろゆっくりでも進む方が楽なんです。

でもあなたがそれをしないのはできないからです。

しないんじゃありません。できないんです。

 

熱が38度のときって気合を入れたら動けると思います。普段と同じ生活をしようと思えばできます。
でも熱が40度あったらどうでしょう?気合がどうのこうのの問題じゃないと思います。

もし40度の熱があって普通に生活をしている人がいたら、「すぐに病院に行け!」、「大人しく寝ていろ!」と言うでしょう?「ちょっと肩でも揉んでくれよ。」なんて言わないでしょう?

 

だからあなたは大人しく安静にしていたらいいんです。

 

周りに悪いなと思う必要はありません。

 

 

40度の熱で「掃除機かけるね。」と動き回れてもいい迷惑です。大人しくしていてください。

 

障害を受け入れることができないと悩まれている人は、今は受け入れる必要はありません。

 

『5年も前なのに・・・』

違います。

まだ5年しか経っていないんです。

 

そんなに自分をいじめないでください。

あなたは怠けているわけではありません。

あなたはもう一生懸命がんばっています。

身体に鞭を打って走っています。

 

どうか、今、がんばっているあなたを、これ以上責めないであげてくれませんか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



当たり前の生活が一変。障害を受け入れる過程。

もう心が折れた…大きな挫折をした直後にするべきことは?

周りが皆幸せそうに見えるのは?『自分はこんなに苦しいのに!!』

死にたい衝動に襲われる!生きているのが辛くてたまらない!

心の病はただの甘え?なったことがない人には辛さはわからない!

強かったあの頃に戻りたい!弱った自己肯定感を高める方法。

泣くのは恥ずかしいこと?すぐに泣いてしまう自分が情けない。

強い喪失感の克服法。失ってしまったものが大きすぎて・・・

元気を出さないといけないのに元気が出ない。心が沈んでる時は?

何もできない。迷惑をかける。足を引っ張る。生きる価値はある?

当たり前の生活が一変。障害を受け入れる過程。

障害・・・身体や精神や知能などが、正常な人間と比べて劣っている状態ですね。一般人以下という証明です。

生まれた時点から障害を持っている人もいますし、生まれた時点では障害はなくても、生きているうちに病気や事故等により障害を負ってしまうことがあります。

あるとき目を覚ましたら病院のベッドの上。一時的に車いすを使っているだけのつもりが、リハビリをしても効果がない。「以前の状態に戻ることはない。」と医師から告げられる。

なんてことがあります。




以前は健常者だったのに、障害者になってしまうことがあります。

人生が一変します。

 

 

まずね、現実だとは思えないんですよね。今は夢を見ているだけで、目を覚ますと以前の状態に戻っている。悪夢の中にいるだけと思います。

ある意味、他人事状態です。

 

次に、自分が正常に機能しないことを意識しだします。当たり前にできていたことができなくなっていることに気づきます。『自分なわけがない!』、『ちゃんと正常に機能するはずだ!』、『必ず治る!!』と現実を否定します。

 

でも、戻りません。現実として障害者としてのあなたが付きまといます。『違う!!』、『離れろ!!』と叫んでも離れてくれません。

 

悲しみがとまりません。『どうして?』、『なんで?』以前の生活を想い、これからの未来を想像し涙します。

泣いても泣いても現実は変わりません。もうあの頃のようには戻れないと理解をしだします。

 

『なにを失ったのだろう?』と考えます。そして『なにをまだ失っていないんだろう?』と考えるようになります。

最終的には『この状態でなにを手に入れられるんだろう?』と考えるようになっていきます。

 

 

受容過程を簡単に書きましたが、それぞれの段階で信じられないくらい高い壁を越えていかないといけません。

何日も何日も、何十日、何百日とかけて壁を越えていきます。

 

 

これは生まれつきの障害者にはない過程です。

 

途中から障害者になってしまった人だけが通る道です。

 

 

健常者から障害者に落ちてしまった人だけが通る道です。(障害者に落ちるという表現は批判があるでしょうが。)

 

特に20代から60代ぐらいになってしまうのが、一番ダメージが大きいのではないかと思います。

 

いままで健常者として生きてきた時間が長かった分、障害を受け入れるまでには時間がかかります。周りの自分の年代をみても現役バリバリで働いているのに、『自分はできることが限られている。情けない。』と思ってもしまいます。思い描いていた将来像が一瞬で粉々になってしまうこともあります。

 

『いつまでもクヨクヨするな!!』は頭ではわかっていますが、自分が当事者になってしまうと理屈じゃありません。

『なぜ、自分なんだ。』が呪いのように付きまといます。この気持ちを消し去ることは本当に難しいことだと思います。




僕もね、人より少しハンデを抱えて生まれたんです。見た目には普通の人と変わりないし、日常生活にほとんど支障はないのですが、何万人に一人だか、何十万人に一人だかの障害が生まれつきあります。(どうせ何万人に一人かなら宝くじでもあたってほしいですが。)

でもそのことで小学生の時に劣等感やコンプレックスを持っていたかと言えば、全然そんなことありません。障害を持っていると知ると驚かれたり、同情されたりしたこともあったのですが、びくともしませんでした。

 

その障害で全然悩まされていなかったからです。

 

その障害を抱えていることが自分の当たり前の世界だったから。驚かれても『大げさだなぁ。』と思ったし、同情されても『なんでこの人同情してくるの?』と不思議でした。もし、手術とかで治ると言われても『これが自分なんだから。』と断っていたと思います。『障害のない自分なんて気持ち悪い。』と。

 

今はこんなにも跳ね返すことができなくなってしまいました。

 

人生経験を積んでいくにつれて、やっぱり不利な面はどうしても出てくるんですね。こんなことで人生は左右されないと思っていても、障害があることによってうまくいかないこともあるんです。

色々と『こんな障害がなければ・・・』と考える機会が増えました。

遺伝性なのですが、『子どもに遺伝したらどうしよう?こんなつらい思いさせたくない。』といった感じで、障害を個性ではなくハンデだと認識してしまうようになりました。

その後は自己否定ですよね。『なんで自分はこんな障害を持って生まれてきたんだ。』、『どうして普通の子のように産んでくれなかったんだ。』と自分や親まで恨むようになりました。その感情はすごく醜いもので、自分が汚い人間になってしまったように感じました。

 

ただ、僕の場合は障害受容はかなり軽度だったと思います。

 

正常な状態を体験していないから。

 

だからいまひとつ正常な状態というものを想像できないんです。

 

 

兄弟がいない人ならわかってくれると思うのですが、「一人っ子は寂しいね。」と言われたことありませんか?

これって『???』ってなりませんでしたか?『別に寂しくともなんともないよ。』って思いませんでしたか?

 

 

最初からなかった人は、苦しまないんです。

 

 

最初から目が見えない人は、周りから思われているよりも不自由していないんです。
最初から耳が聞こえない人は、周りから思われているよりも自由なんです。

 

あなたは自分の背中に羽がなくて飛べないことを、真剣に悔やんだことはありますか?

 

 

最初からなかった人は苦しみません。

 

 

途中から失ってしまった人が苦しみます。

 

 

兄弟の例に戻りますが、最初から一人っ子だったらそんなに寂しくないんです。でも、3歳上の兄がいて、10歳のときに事故で亡くしてしまったら、めちゃくちゃ寂しいと思います。寂しいという表現ではぬるいほどの想いがこみ上げてくると思います。

 

もし、なにかのきっかけで障害を抱えてしまい、いま悩んでいるのなら、無理に受け入れようとしなくていいと思います。

 

あなたは一番しんどい立場に立たされています。

 

 

「いつまでも下を見てないで、ちゃんと前を見ないと!」と言ってくる人もいるかもしれません。

 

でもね、他人は無責任なんですよ。気軽に言ってくるんです。軽く流してください。立場が逆なら相手も泣き続けているし、あなたも相手に無責任なことが言えるんです。

 

真に受けすぎるのは要注意です。

 

相手の言っていることが正しいとは限りません。というか、相手が適当なことを言っている場面って想像よりはるかに多いんです。

 

障害を抱えて悩んでいるのに、満足に悩ませてももらえない。「早く復活しろ!!」と言ってくる相手。そんなこちらの想いも汲んでくれない自分勝手な人たちの言葉に耳を傾ける必要はありません。

 

 

あなたはもう十分がんばっています。

 

今できることを精一杯しています。

 

焦る必要はありません。

 

障害を受け入れられない自分を責めないでください。

 

周りの言葉は所詮他人事です。

 

 

障害だとわかり心に傷を負ったのに、期待に応えられない、早く回復できない、と傷を広げる必要はありません。

 

現実逃避、無気力、それが当たり前です。

 

 

数カ月で乗り越えられる人もいますが、そういった人はあなたが思っているよりも少数派です。

映画やドラマといった創作物はやけにあっさりと受け入れてしまいますが、現実はもっとドロドロです。あんな簡単なものではありません。

 

誰かの一言であっさりと前向きになれるような単純なものではありません。

地獄の苦しみと闘っていかなければなりません。

 

期限を決めることなく、受け入れようとして泣いて、前に進もうとして絶望して、それでも前を向こうとしてを繰り返してください。

 

ありがちな言葉ですが、神様は乗り越えられる人にしか試練を与えません。

あなたなら焦らなければ必ず乗り越えられます。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



障害を受け入れられない情けない自分。どうして立ち上がれないんだろう?

強い喪失感の克服法。失ってしまったものが大きすぎて・・

元気を出さないといけないのに元気が出ない。心が沈んでる時は?

大好きだった恋人に振られた。生きる気力がなくなった時は?

周りが皆幸せそうに見えるのは?『自分はこんなに苦しいのに!!』

不幸は束になって襲い掛かってくる?

世界で一番不幸でかわいそうで惨めな自分は

幸せになりたいのに

何もできない。迷惑をかける。足を引っ張る。生きる価値はある?

『生きていてごめんなさい!』強くなりすぎた自己否定感には?

人の言葉に過剰反応してしまう。傷つきやすい性格が嫌い。

人の言葉に過剰に反応してしまうことってありませんか?

相手が何気なく言った言葉を必要以上に重くとらえてしまったり、必要以上に強く反論してしまったり。相手は言いたいことを言ってスッキリしているみたいなのに、自分だけがいつまでも引きずってしまっている。

そのことでひどく悩んでしまったりしたことはありませんか?

 

あれってどうしてなのでしょうか??



自分を守りたいからです。

自分の心を守りたいから過剰に反応してしまうんです。

 

自己防衛としては正常な反応です。

 

ただ、自分が過剰反応をしていることを理解しているときは、自己防衛の正常な反応だとは思えません。器の小さい人間臆病者のように感じてしまいます。ひどくみじめな気分になってしまいます。

 

過剰反応をしてしまうことは元々の性格も影響しますが、きっかけがあることも多いんです。

 

 

ある日玄関のチャイムが鳴りました。宅配便の格好をした男性でした。鍵は普段から施錠していません。何気なくドアを開けると相手はナイフを持っていました。宅配便のふりをした強盗でした。生きた心地がせず、怖い体験をしました。

あなたは今度からチャイムが鳴ると身体がこわばってしまいます。何気なくドアを開けることは二度とありません。玄関は常時施錠しています。相手の要件を伺い、ゆっくりとドアを開けて来訪者の様子を確認します。

 

片手に金属バットを持って。

 

 

こんな感じなんだと思います。

怖い体験やつらい思いをしたから神経が過敏になっているんです。

気にしすぎているんです。

 

これってすごく疲れるんですよね。

周りのことを敵だと思っているから。

 

いつ誰が襲い掛かってくるかわからないから、金属バットを手から離せないんです。

一人にならないと気を休めることができないんです。

 

しかも周りからはおかしなヤツと思われてしまいます。

いつも金属バットを片手で持っている人。そんな人、危険すぎます。近寄りたくないですし、できれば距離をあけたいと思われてしまいます。

 

なにより、あなただけでなく、相手もあなたといると緊張するんです。

 

当たり前ですよね。

近くで金属バットを持って自分をにらみつけてくる人がいる。

相手からしてみたら、いつ殴りかかってくるかヒヤヒヤです。一つ一つ考えて言動をします。

 

要注意人物として特別扱いをされてしまいます。





その場限りの相手ならまだいいですが、長い付き合いをしなければいけない相手とならその関係性はマイナスに働きます。

 

特別扱いをしなければいけない人間とずっと一緒にいるのって疲れるんです。

友人と一週間同じ部屋で生活しないといけないのと、会社の上司と一週間同じ部屋で生活をしないといないのと。どちらが精神的に疲れるかは考えるまでもないですよね。

 

相手はあなたのことを苦手な人として認識してしまいます。

 

相手が苦手意識をもって接してくるので、あなたも居心地が悪いんです。あなたも相手に対して、一緒にいても楽しくない人、苦手な人になってしまいます。

 

それが特定の個人に対してなら普通のことなんですが、あなたの場合はアンテナの感度が高すぎるんです。一人二人の話ではなく、大多数に向けて警戒心をむき出しにしている状態になっているんです。

そうなってくると周りの空気が変わってきます。

 

『いつ自分を攻めてくるかわからない。大人しく目立たないようにしてやり過ごそう。』となり、相手から関わってくるのは必要最小限になってしまいます。

 

孤立してしまいます。

 

 

誰もあなたのことを理解してくれないし、わかろうともしてくれないんです。

あなたと周りに大きな溝ができてしまいます。

孤独感を感じてしまいます。

 

ただ一つ覚えておいていただきたいのは、皆には悪気はないんです。皆があなたにいじわるをしてやろうと結託しているのではなく、一人一人はバラバラなんです。ただ一人一人が、あなたに対して同じ行動をしているだけなんです。

あなたに緊張しているだけなんです。

 

これの予防法は金属バットを持ち歩かないことなんです。

敵なんていないんだと理解することなんです。

 

『あいつは俺の敵だ!』、『あの人はわたしの敵。』と思って接するから、実際に敵になってしまうんです。

 

金属バット、捨てちゃいましょう?

 

 

敵なんかいません。

敵を作っているだけです。

 

たしかに全ての人があなたの味方ではありません。

でも、全ての人があなたの敵だということではないんです。

 

 

もう一度それを信じてみませんか?

 

 

過剰反応をしてしまうと、相手も過剰に反応してきます。

お互い疲れてしまいます。

そうなるとお互い相手のことが苦手になってしまいます。

悪循環です。

 

まずはあなたから変わってみませんか?

相手に『どうして?』ばかりを求めても、変わってはくれませんよ?

金属バット持ち歩かないと不安ですか?家に置いていくわけにはいきませんか?

 

怖いですよね?

金属バットがないと安心できないですよね?

 

でもそれが余計に周りのあなたに対する警戒心を強めているんです。

あなたも相手も心を疲労させてしまいます。

 

でも、いきなり金属バットを家に置いていくというのも難しいです。

あなたにとって周りは皆武器を持っている人なんですから。金属バットでも心もとないのに、それを持ち歩かないなんて耐えられないかもしれませんね。

 

まずは木製バットを買いに行きませんか?

しばらく木製バットで慣らしませんか?

 

徐々に徐々に殺傷能力の低いものに持ちかえていきましょう。

 

周りが襲ってこないことを確認しながら。

敵なんていないことを確認しながら。

 

 

なにも持ち歩かないことに不安なら、そこまで目指す必要はないと思います。

最終目標はしゃもじを持ち歩くぐらいでいいんじゃないですか?

 

過剰反応をしてしまうのは、原因が外部にあることが多いです。つらい体験や悲しい思いをしたことがあるから金属バットを持ち歩くようになったんです。

 

最初は外からの刺激でした。

 

あなたが悪いわけではありません。

 

 

でも、今、過剰反応をしてしまうことに悩んでいるのなら、そろそろ周りを信じることにチャレンジをしてみてはいかがですか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



過剰反応してくる人間には要注意。言葉を鵜呑みにしてはいけない。

どうしてこんなに被害妄想が強いの?惨めな自分が嫌だ。

こんなことで拒絶反応が出るなんて。自分はなんて弱いんだろう。

相手から傷つくことを言われたときは

全否定された時の対処法!問題があるのはあなたじゃなく相手。

弱者には厳しい世界。どうしてこんなに生きづらい・・・

努力が足りない?頑張っているつもりなのに責められるときは。

自分を責めてくる相手には

自分の価値観を押し付けてくるわがままな人との関わり方。

自分が大嫌い!!ここから自分を大好きになるには?

何の取り柄もない私。強い劣等感から解放されるには。

皆さんはなにか人に負けないものを持っていますか?

これだけは他の人に負けない自信がある、他の人より優れている、といったものがありますか?挫折を味わってしまったときに、取り柄があるのとないのとでは精神的負担が全然違います。

なにか取り柄があると自分の自信、支えになります。取り柄があるのとないのとでは自己肯定感が違ってきます。

「人間なにか一つは取り柄があるもんだ。」という言葉はよく耳にしますが、これって本当なのでしょうか?




人が当たり前にできていることができなかったり、できるようになるまで人の何倍もの時間がかかってしまう。要領が悪いというレベルではなく、あきらかにおかしいレベル。自分の中でこれには自信があると思っていたものでさえ、人並み以下。手を抜いているわけではないのに「真剣にしろ!」と指摘される。

気がつけば自信なんてものはどこかに消え去ってしまって、残っているのは劣等感ばかり。

 

こういう人もいると思うんですよね。(僕もこのタイプです。)

 

本当に誰にでも取り柄はあるのでしょうか??

・・・
・・・

誰にでも一つは取り柄があります。必ず。

 

ただ使用頻度ですよね。

毎日取り柄を発揮できる使い勝手のいい取り柄か、五年に一度しか使用することができない使い勝手の悪い取り柄かの違いはあります。

テレビのリモコンのように手を伸ばせばすぐに使える取り柄か、金庫に入れて土に埋めたタイムカプセルのような取り柄かの違いなんです。

 

何の取り柄もないと悩まれている方は、使い勝手の悪い取り柄なんです。普段は奥深くに隠れているため、探し出すのも一苦労な取り柄なんです。

 

『いや、それはないのと一緒なんじゃ・・・』と思う人もいると思いますが、違います。ゼロではありません。必ずプラスです。

 

あなたにも取り柄は必ずあります。あなたの場合はそれが人よりもわかりにくいところにあるだけです。

 

一目でわかるような目立つ取り柄だったらよかったのに、カメレオンのように周囲の色と同調してわかりにくくなっているだけです。

それを探しているうちに疲れてあきらめてしまう人もいます。『自分は何の取り柄もない。』と思い込んでしまい、自信がなくなり、自己肯定感が弱まります。そして自己否定感が強くなり、劣等感を抱いてしまいます。

 

 

この劣等感って、心を暗くする効果があるんです。

 

 

『自分は人と比べて劣っている。』、『こんなこともできない。』、『それなのにあいつは・・・』といった思いを感じてしまいます。

 

うれしくないですよね?

でもね、このうれしくない劣等感なんですが、ある一つのことを教えてくれるんです。

それは・・・

 

 

あなたが真面目に、真剣に、努力して、一生懸命生きているってことです。

 

劣等感を抱いてしまうのは、あなたが普段がんばっているからなんです。





部活動でレギュラーから外されてしまいました。『誰よりも練習をしていたのに・・・』

自分は独り身なのに周りは次々結婚していきます。『あいつでさえ結婚できてるのに・・・』

後輩だけがどんどん出世していきます。『私のほうが先にこの仕事についているのに・・・』

がんばっているのに。努力しているのに。練習しているのに。

 

~のにって劣等感にはつくんです。

 

 

あなたがやっているのに、あなたの願う場所にたどり着けていない状態なんです。報われていない状態なんです。

レギュラーから外されても、もともと幽霊部員であったのなら劣等感は抱きません。誰よりも一生懸命練習してきたのに、人並み以下だったから劣等感を抱いてしまうんです。

 

劣等感ってあなたががんばってきた証なんですよ。がんばってきたというか、今もがんばっているから劣等感を抱いているんです。

 

がんばってきたのに何の取り柄もないと思っているから、劣等感を抱いているんです。

 

・・・

でも僕は、あなたの取り柄、ひとつ見つけましたよ?

 

普通の人よりも真面目ながんばり屋さんだという取り柄を。

 

努力家で真面目、これって取り柄じゃありませんか?

 

努力は誰にでもできることって思っていませんか?

 

真面目なことは当たり前だと思っていませんか?

 

普段あなたができているから、これって大したことないって思っていません?

 

 

実はこれって、あなたが考えているよりもはるかにすごいことなんだと思います。

 

 

努力をせずに結果だけを求める人間、たくさんいます。

劣等感から目をそらし見ないようにしている人間、たくさんいます。

 

あなたのように努力して、それでも報われなくて葛藤している人って、実は少数派なんじゃないでしょうか?

 

劣等感と向き合うことってつらいことなんですよね。でもあなたはそれを正面から向き合おうとしています。

 

すごく素敵な人だと思います。あなたは自分で気づいていないかもしれませんが、周りから見たらあなたは誠実で努力家のように映っているのではないでしょうか?あなたの周りには、あなたのようになりたいと思ってくれている人もいるかもしれません。

あなたには素晴らしい取り柄があります。劣等感なんて本当は抱く必要ないんですよ。誇ってもいいことだと思います。

 

あなたはすごい努力家で、真面目すぎるんです。一般的には長所と言われるものなんですが、あなたの場合はそれが大きすぎるんです。それが今回あなたの首を絞めているわけです。

努力家で真面目、いまのあなたにはそれが短所になります。

 

長所を短所にしてしまえるのが、あなたのすごいところで、めんどくさいところです。

何の取り柄もないと思っているかもしれませんが、少なくとも長所が短所になるほどの努力家で真面目というしっかりした自分の芯がある人だと思います。

劣等感で悩まされているのは、劣等感から逃げずに向き合っているからですよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



何もできない落ちこぼれ。無能な自分との付き合い方。

なにもしてあげられなかった無力な自分。後悔と罪悪感。

何もできない。迷惑をかける。足を引っ張る。生きる価値はある?

無力感から抜け出す方法

無力感から抜け出す方法②

どんなに頑張っても絶対に勝てない相手。それでも負けたくない!!

自分を受け入れるには?自己肯定感を高めて楽しく生きる方法!

何もする気になれないのは燃え尽き症候群?やる気を出すには?

ありのままの自分でいいって本当?こんな自分認められない。

何も持っていない自分は

やることなすこと全部裏目に。あれっ!?どうやって生きていたっけ!?

生きるのがすごく難しいと思った経験はありませんか?

こっちがよかれと思ってやったことが相手にとって迷惑であったり、このぐらいやらなくていいだろうと思ってやらなかったことが後から大問題。

甘く考えていたせいで取り返しのつかない事態になってしまうこともあります。

自分の選んだことがすべて不正解のように、全てが悪い方向に流れていく。




まるでなにかに呪われているんじゃないかというほど、試練ばかりが襲い掛かる。

なんとか乗り越えたと思って一休みしようと思ったら、さらに大きな試練がやってくる。

いままでと特に生活を変えたつもりはないのに、外れクジばかり。

 

『運?』

 

『たまたま?』

 

何か悪いことした?

 

底なし沼にはまってしまったかのように動けば動くほど沈んでいく。『なら動かなければいい。』とじっとしていても、お前の選択は間違いだと言わんばかりにどんどん沈んでいく。

 

一体どうしろと??

 

これね、原因がわからないことも多いと思うんです。

『自分の心が弱っているから受け取り方の問題か?』とも思うんですけど、『普通に心が万全の状態であったとしても同じだ。そもそも心の問題じゃない。』と思うこともあります。

 

世界から嫌われてしまったのかと思うほど、次々に試練が襲い掛かり、自分にとってよくないことばかりがおこる。昨日がどん底だと思っていたのに、今日はそれを超えてくる。

原因がわかれば対策も立てられるけど、大事な歯車がどこかに飛んで行ってしまったんじゃないかと思うほど噛み合わず、崩れていく。

『これが原因かも!?』と対策を立て実行するも、それをあざ笑うかのように違う角度から攻めてきます。まるで誰かが「明後日の方の努力ご苦労さん。」と言ってきているよう。

 

「そんなにわたしが嫌いか!!」

と叫びたくなってしまいます。

 

『いままでどうやって生きてこれたんだろう?』と思えてしまうほど、生き方がわからなくなってしまう。

いままで道を歩いてきたと思っていたのに突然なくなり、自分がどこにいるのかわからなくなってしまいます。迷子になってしまいます。

 

どうやって生きていましたっけ?





こうなってしまうとなにもかもに不安になってしまうんですね。テレビのドッキリ番組ではないですけど、次になにが起こるのかビクビクしてしまいます。

 

いままではある程度予想ができていたんです。

自分にとって都合が悪いことが起こりそうだったら、それを回避するように歩いてこれたんです。

段差があるからこのままだとつまづく。『足を高く上げよう。』と調整して生活してきたんです。

 

それが急に真っ暗になってしまうんですね。

なにも見えません。段差がどこにあるのかわかりません。

地面がひび割れているところもわかりません。溝も見えません。

 

目を閉じて何歩か歩いていただいたらわかると思うんですが、なにも見えない状態で歩くことってすごく怖いんですね。

前が見えない不安、障害物がどこにあるのか見えない恐怖、ちゃんと前に進んでいるのかわからない疑心、、、心を容赦なくいじめてきます。

 

 

これの解決方法って至ってシンプルです。

 

『いちいち気にしない。なるようになれ!』です。

 

 

悪いことばかり起こる?

まあ、そういうこともあるんでしょう。

 

いままではうまくいっていたのに・・・

いままでが運がよかっただけでしょう。

 

 

なんか投げやりと思えるかもしれませんが、わりと真面目です。

 

『こんなもんだ。』と思いましょう。

 

 

どうしようもならないこと、世界にはあります。

不条理なこと、世界にはあります。

どうにかしようと思ったって無理なときは無理なんです。

 

そんなもんなんです。

 

 

これにムキになってしまい、『次はなにが起こるんだ!』、『対策をしっかり立てないと!』と考えてしまうと、心がずっと緊張している状態になるんです。

 

 

あなたは外を歩いているとします。

曲がり角があります。その角で誰かが自分を「わっ!!」と驚かそうとしていると考えてしまいます。

犬を散歩している人が向かいから歩いてきます。飼い主のヒモから抜け出し、噛みついてくるんじゃないかと想像してしまいます。

看板の下を歩いています。この瞬間に看板が落ちてくるんじゃないかと上ばかり注視してしまいます。

 

 

結局はこれと同じなんですよね。

上に書いた3つってほとんどが可能性が低いことなんです。でも絶対に起こりえないことでもないんです。

曲がり角を歩く機会も、散歩中の犬とすれ違う機会も、看板の下を通る機会もめちゃくちゃあります。数えきれないんです。

なのに、その一回一回に『もしかしたら』を考えて、頭を使う、身体をこわばらせる。

 

 

めちゃくちゃ効率悪いでしょ?

 

 

石橋を叩いて渡ると言えばまだいいですが、これはあきらかにやりすぎです。

石橋を徹底的に叩いて壊している状態です。

 

余計な力を入れすぎです。

 

一度心の力を抜いてみましょう。

あれこれ考えるのやめてみましょう。

 

悪いことばかり起きて八方塞がり状態になってしまうこと、あります。

未然に防ごうとしても防げません。

 

こういった状態で考えすぎても意味はありません。疲れるだけです。

『運命』なのか『偶然』なのか『バチ』なのかはわかりませんが、

 

なるようにしかなりません。

 

深く考えずに流れに身を任せるのもありだと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



何をやっても逆効果!辛くて苦しくてしんどくて悲しくて悔しいときは?

不幸は束になって襲い掛かってくる?

周りが皆幸せそうに見えるのは?『自分はこんなに苦しいのに!!』

世界で一番不幸でかわいそうで惨めな自分は

幸せになりたいのに

弱者には厳しい世界。どうしてこんなに生きづらい・・・

すぐに行動できない自分が嫌!行動力を身につけるには?

社会に適応できないのは何故?環境を変えれば劇的に変わる!

どうしてこうなった?こんなはずじゃなかったのに・・・

一生懸命頑張っているのにどうして!?報われない原因とは?

強かったあの頃に戻りたい!弱った自己肯定感を高める方法。

なにかに思い悩んでいるとき、心が弱くなったと感じるとき、最終的にたどり着くワードはこの自己肯定感だと思います。

『自分はこのままでいい。』、『このままが自分なんだ。』と今の自分を肯定する気持ちですね。

心を軽くする手段として自己肯定感を高めればいいとよく書かれています。

弱っている心の切り札ともよべるものです。




どんな悩み事も、この自己肯定感さえ高ければ解決します。

逆に今悩んでいるのは、この自己肯定感が低くなっているから悩んでいるんです。

 

この自己肯定感を高めることができれば心の負担は軽くなるのですが、、、

 

自己肯定感を高めることはめちゃくちゃ難しい!!

 

深く思い悩んで、心が弱っているときには一番難しいことだと思います。

 

 

本などを見ると簡単そうに書いているけど、書いている内容を実践するのは、今のあなたには何よりも難しいことなんですね。

だって、

それができていたら心がここまで弱っていないから。

 

それができなくなってしまったからこそ、こんなにも疲れているのだから。

 

自己肯定感を高めようとして日々奮闘している人や、思うような結果がでず挫折してしまう人も多いと思います。

教えられたとおりにがんばっていても、些細なことで自己肯定感が崩れていきます。

 

 

自己肯定感を高める方法は積み木を一つ一つ積み上げていく作業のようなものですが、それがかなり難しいです。

まずね、安定した台の上に積み上げることができないんですね。自己肯定感が低くなっているときは土台から不安定なんです。プールに浮き輪を浮かべて、その浮き輪の上に積み上げていくようなものなんです。少ししか積み上げらないし、積み上げてもすぐに崩れてしまいます。

難易度マックスです。

 

それでもがんばって積み上げていきます。

何回も、何十回も、何百回も積み上げることをしていくうちに、コツのようなものがつかめてきます。いままでにない高さにまで積み上げることに成功します。

そこで浮かべ続けられていたらいいのですが、自己肯定感って厄介なんですよね。

 

プールに悪ガキが飛び込むんです。ドバーン!!

外部から邪魔をされるんです。

せっかく苦労して高く積み上げられたのに、波が来て崩れてしまうんですね。

一瞬で。

無残にも。

あんなにも苦労して積み上げたのに。

 

ここでもう無理だと投げ出してしまう人も多いんです。

 

ドミノのほうが想像つきやすいですかね?何時間も時間をかけて1000個のドミノを並べていきます。神経をすり減らして作業します。970個目を置きました。作業中にドミノにあたってしまい、倒れてしまいます。

全部。

何時間もかけて作ったのに。

あと30個で完成だったのに。

 

それでもあなたは、また一から並べることができますか?

 

この『ふりだしに戻る』って結構えげつなく心をえぐるんですよね。すごろくにも必ずと言っていいほどついていますが、現実だとダメージは大きいです。1回や2回なら『またやろう!』と自分に活を入れることもできますが、10回目、あなたは『またやろう!』という気持ちを保てますか?



自己肯定感って一度なくしてしまうと取り戻すのはかなり難しいです。

 

 

「簡単にできる」とうたっている人もいますが、そういう人はそもそも自己肯定感が崩れていなかっただけです。

100個あった積み木の上から2個がチョロット落ちただけです。安定している土台から少し落ちてしまっただけです。98個の土台がしっかりしているのですぐに積みなおせます。

根元部分から崩れてしまった人はなかなか取り戻せません。積み上げるのには時間がかかるし、作業中に何回も崩れてしまいます。

 

あなたがいくらやっても効果がないと感じているのは、そういうことだと思います。

『転んで膝から血が出た。バンドエイドを貼っとけば治る。』と解決策を提示してくれるのですが、あなたの場合は『車にひかれた。バンドエイドで治そう!』状態なんです。

 

どれだけ難しくて時間がかかるかわかるでしょう?

 

心が弱った状態で自己肯定感を高めようと思っても、なかなかうまくいかないんです。

それどころか『自己肯定感でさえ高めることができないのか。』と自分が情けなくなるんです。自己否定感が高くなってしまいます。

 

心が弱った状態でさらに自分を痛めつけてしまうんです。

 

『自己肯定感を持つなんて自分には無理だ。』と落ち込んでしまうんです。『自己肯定感なんて一生持てない。』と思ってしまいます。

 

 

これは共感してくれる人が多いと思うのですが、

自己肯定感を高めようと悩んでいる人は『強かったころの自分に戻りたい。』、『あの頃の自分を取り戻したい。』と思っていませんか?

『昔の強かった自分に戻りたい!!』

 

・・・
どうしてなんでしょうか??

 

自己肯定感を持っていたからなんです。

 

人は誰もが自己肯定感を生まれてきます。自己肯定感の高い低いは個人差がありますが、最初は誰もが自己肯定感を持って生まれます。

そのまま自己肯定感が崩れることがなく生きていけたら幸せなのですが、なんらかのきっかけで自己肯定感が崩れてしまうことがあります。

 

今の自分ではダメだ。

もっと自分がしっかりしていたら。

こんなことになってしまったのは自分のせいだ。

 

などを考えてしまったとき、自己肯定感が弱くなってしまいます。

 

 

昔の強かった自分は、自己肯定感が今ほど弱っていなかった自分なんですね。

では、昔の強かったあなたに質問です。

 

自己肯定感、意識したことあったでしょうか??

自己肯定感なんて言葉使ったことあったでしょうか??

 

・・・

・・・
自分は自分でいいなんて、肯定するまでもない当たり前のことだったんですよね。持っているものを理解し、ないものを理解していた。

持っているのが当たり前で、ないのが当たり前。ただの事実として認識していたと思います。

 

心が弱る前の自分は、自己肯定感なんて意識するまでもなかった当たり前のことなんですね。

昔のあなたは自己肯定感なんて当たり前に持っていたんです。

 

それを思い出してみましょう?

 

 

今から一から自己肯定感を作っていくのは大変です。神経を使って取り組んでもなかなか効果は表れません。

『自己肯定感?なにそれ?おいしいの?』状態では、なかなか自己肯定感を高めることはできません。

土台から作っていきましょう。水の上ではなく、安定した机の上で積み木を並べていきましょう。

 

 

強かったころの自分、思い出してみてください。昔の自分ならどんな反応をしていたか、想像してみてください。

じっくり、ゆっくり、具体的に、しっかりと、想像してみてください。

・・・
・・・
できましたか?

 

今のあなたの反応と結構違っていませんか?

周りのこと、そんなに気にしていましたか?

世界なんてあなたのモノではありませんでしたか?

 

 

能力的には今のあなたのほうが、むかしのあなたより優れているかもしれません。ですが自己肯定感だけは、昔のあなたのほうが今のあなたより優れていたはずです。

昔のあなたでさえ自己肯定感を持っていたんです。

 

今のあなたは悩んで、苦しんで、もがいて、あの頃と比べて信じられないくらい人間として成長していませんか?

 

少しずつ、少しずつ、思い出していきましょう。

昔の強かったあなたを。

 

心が弱った状態で自己肯定感を高めるのは難しくて当たり前です。そんなにすぐ治るほど簡単な症状ではありません。

 

ですが、昔のあなたでさえ自己肯定感は持てていました。

今のあなたなら、自暴自棄にならなければ必ず、自己肯定感を取り戻すことができます。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



自分を受け入れるには?自己肯定感を高めて楽しく生きる方法!

1日5分でできる自己肯定感の高め方!

自己肯定感とは

『自分なんか認められない!』では勿体ない!人生を楽しむには?

自分が大嫌い!!ここから自分を大好きになるには?

自分を責めてしまうことをやめられる魔法の言葉

自信をつける秘策!目標は低く。自分には甘く。

人生をやり直せる年齢制限はいくつ?何歳からでも間に合う?

罪悪感が消えない。自分は幸せになってはいけないと思ったら?

優しすぎるあなたが苦しいと感じているのなら

苦しくて切ない恋愛依存症。どうして抜け出せない?

恋愛依存症・・・数ある依存症の中でも最も治しにくく、また本人が期待している効果が得られない依存症ではないでしょうか?この恋愛依存症って言葉はよく耳にしますが、重度になるとかなり厄介です。

 

だって相手が必要になるから。

 

一人では恋愛依存症になれないんです。





まあ、当たり前ですよね。一人では恋愛ができません。対象となる相手が必要となります。

そこが他の依存症と比べて恋愛依存症の厄介なところなんです。

 

アルコール依存症は一人でお酒を飲めばいい。

ギャンブル依存症は一人でギャンブルをすればいい。

 

でも恋愛依存症は一人で恋愛をすればいいとはならないんですね。必ず対象相手、パートナーが必要になります。いつでもどこでも気軽にできないんです。

 

この恋愛依存症なのですが、初めは純粋な愛から入ると思います。

恋愛依存症にならないと落ち着かないからパートナーを探すという人は少ないでしょう。(無意識でそうなっている人はいますが。)

 

自分を認めてもらいたいという願望が恋愛依存症を育てますが、恋愛依存症の入り口は相手のことが好きだからです。依存は愛ではないとよく耳にしますが、愛の一種だと僕は思います。

 

相手のことが好きになり、好きで好きでたまらなくなり、恋愛依存症へとたどり着いてしまいます。

相手のことが好きでたまらないのはいいことのように思いますが、違います。

 

 

恋愛依存症の人は、ほとんどの人が自分の満足のいく恋愛ができていません。

 

恋愛依存症の人の多くはつらい恋愛をしています。

 

 

恋愛依存症の人は自分が我慢していませんか?

相手に合わせた人生を過ごしていませんか?

 

 

大半の人が『そうだな。』と納得できるんじゃないでしょうか?

 

 

恋愛依存症になってしまうのは、大半が苦しい恋愛のときです。

 

 

「苦しい恋愛になってしまったから恋愛依存症になってしまった。」と言っても過言ではないと思います。

 

「今日のデート楽しかった。」とラインをしたのに既読スルー。『あれっ!?楽しかったのはわたしだけ・・・』悲しい気持ちになり相手のことを考えます。なにも長文を期待していたわけじゃないのに。ただ「俺も楽しかったよ。」と言ってほしかっただけなのに。

こんな些細なことは誰でも経験があると思うんですが、それが何回も何回も重なったらどうでしょう?

 

『自分の対応がどこかいけなかったんだ。』、『あのときあんなことを言ってしまったからだ。次からはそんなことをしないようにしないと。』と反省してしまいます。

反省自体は別にいいとは思うんですが、やりすぎは注意です。反省ってしようと思ったら100個以上簡単にできるんですよね。というか、自分の望んだ結果になってないのは自分がうまくできなかったからなのだから、彼(彼女)と関わっていた時間の全てが反省材料になってしまいます。

 

 

恋愛依存症になっている人は、相手に合わせすぎています。

 

恋愛依存症になっている人は、恋愛の主導権を相手が握っています。





恋愛ってバランスをとれないとうまくいかないと思います。バランスがとれて釣り合わないと付き合っていけないからです。

 

あなたと相手もバランスはとれているんです。

・・・

・・・

なんとか。

・・・

・・・

あなたが相手より無理をして。

 

 

9:1で無理をしている割合はあなたのほうが大きいんです。あなたが相手の9倍無理をすることによってバランスがとれているんです。

 

恋愛依存症の人はがんばっている人が多いと思います。だってがんばらないと相手に捨てられてしまうから。自分はこんなにも執着しているのに、相手は全然執着していない。こっちを見てくれていない。9倍無理をしていることに気がついていない。

 

あなたが無理をする割合を相手と同じ1:1にしてしまうと、相手は思います。

『あなたの愛情がなくなった。』

 

まあ、当たり前ですね。あなたの態度が9分の1になるんですから。食卓に並ぶ食事が急に9分の1になります。9000円の小遣いが1000円になります。

 

 

相手は9:1で無理をしているあなただからこそ価値があるんです。

 

9分の1になるあなたに価値はありません。

 

 

あなたが無理をするのをやめると、去ってしまう相手もいます。あなたががんばっているからこそ、今の関係を維持できているんです。

 

 

あなたはそれを自覚していませんか?

 

それを否定したくて、もっと無理を重ねていませんか?

 

 

暴力をふるわれてもひどい言葉を言われても、邪険に扱われ続けても。何度も何度も傷つけられても無理を続けていませんか?

 

 

それを受け入れることが愛の証明だと思って。

 

 

本当にそれは愛の証明なのでしょうか?

 

 

あなたはこんなにも苦しんでいるのですよ?

 

そんな思いをしてまで今の関係を維持しないといけないものですか?

 

 

あなたのままでいいと言ってくれない相手に、必死に合わせる必要ありますか?

 

 

 

恋愛依存症で悩んでいるときは、自分が疲れてしまっているときです。このままだといけないと思っているから悩んでいるんです。

 

その原因はあなたと相手との関係性ではないですか?

こっちは相手中心の生活をしているのに、相手の一番になれない。仕事を優先される。友達のほうが大事。

雑に扱われていると思っているから疲れてしまうんです。あなたが相手を大切にし、相手もあなたを大切にしてくれていたのなら、恋愛依存症でも疲れません。俗に言うバカップルですが、幸せな恋愛ができるでしょう。

 

 

少しだけ冷静に考える時間を作ってみてください。願望や希望は排除して、事実だけを見つめる時間を作ってください。

 

あなたの愛が重すぎるのか、相手の愛が軽すぎるのか考えてみてください。

 

あなたの愛が重すぎるのなら、意識的に自分のことだけに集中する時間を作ってください。

相手の愛が軽すぎるのなら、その相手と結ばれることは難しいかもしれません。あなたのパートナーは別にいるのかもしれません。

 

恋愛依存症のときは、相手の愛が軽すぎるとは思いたくないと思います。認めたくない思いが強いと思います。

苦しい恋愛をしているからこそ、たまに相手が自分を大切にしてくれたときの喜びは普通よりも強いものです。アドレナリンが出ます。『この人しかいない!』と実感するはずです。そのときは幸せいっぱいになります。

 

 

でも、たまにでいいんですか?

 

 

普段はしんどくて、つらくて、苦しくて。

 

たまに幸せになれたらそれでいいんですか?

 

 

恋愛依存症になる人は自分が尽くすだけではなく、相手への要望も強い人が多いです。こうしてほしい、ああしてほしいと。

あなたもそうではないですか?

 

たまに幸せになるだけであなたは本当に満足ですか??

一時的な幸せで本当に満足ですか??

 

あなたは本当は、ずっと幸せでいたいと思う欲張りな人なのではないですか?

もっと欲張ってもいいんじゃないですか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



暴力をふるわれても構わない。私は必要とされている。

恋人に振り回されてしまう。好きなのに疲れてしまうのは。

依存症とマニアの違い。依存症を治せないときは。

こんなに尽くしているのに、私を大切にしてくれない恋人。なぜ?

苦しくて報われない恋愛。振り向いてもらう為には?

恋人の一番になれない苦しい恋愛。どうすれば一番になれる?

誕生日を覚えてくれない恋人は愛がない?どうすれば覚えてくれるの?

しんどい恋愛をやめるには

自分だけ雑に扱われるのは性格の問題?もうやってられない!!

ブラック企業に尽くす誇り?

子育てを全くしない夫。どうして私だけが苦労しなくちゃいけないの!?

子育てを全くしないご主人のことで悩まされていませんか?

結婚する前は協力的だと思っていたのに、いざ結婚して子どもができるとほったらかし。

子どものことで悩みがあり相談をしても「いいのいいの。子どもは親がいなくても勝手に育つんだから。」とまともに相手にしてもらえないという経験をしたことはありませんか?




幸せな結婚生活を夢見て結婚したはずが、忙しい毎日にただただ追われ、ヘトヘトで一日が終わる。目が覚めると『また一日が始まるんだ。』と思わずため息が出てしまう。『こんなはずでは・・・』と毎日思いながら生活している。

つらいですよね?

 

ある程度子どもが大きくなれば別ですが、特に乳児や幼児のときには協力者が必要になります。その段階の子どもには世界はとても危険なものです。大人がしっかりと守らないといけません。

ちょっとした気の緩みで、ちょっと目を離したすきに子どもが大怪我をしてしまうこともあります。大人が思いもよらないことをしてしまうのが子どもです。子どもを無事に育てるのは本当に大変なんです。

 

いまでは少しずつ意識が変わっていますが、『男は仕事、女は家庭』という価値観が日本にはありました。

 

いまでこそ夫婦共働きが当たり前のようになっていますが、一昔前は『女が働くなんて。子どもをほったらかしにして。』という考えの人も多くいました。保育園に子どもを預けることも『母親がしないといけない役割なのに。育児を放棄している!』と悪い印象を与えることもありました。

 

家事や育児に協力的な男性ももちろんいますが、『男は仕事、女は家庭』で育てられてきている男性も多いんですね。

男性からこういう発言を聞いたことありませんか?

 

「俺は結婚したら育児も手伝うよ。」

「僕は家事が得意だから協力するね。」

 

いい男性ですよね。

 

「俺は仕事があるから育児は任せた。」

「僕は家事が全然できないからよろしくねー。」

 

という人も多い中で、すごく協力的な素敵な男性だと思います。

 

・・・

・・・
男性の場合は上の文章、気になることもなく普通に読めると思うんですよ。でも、女性目線からしたら上の文章って結構気になるものだと思います。

 

手伝う?

協力する?

 

なんであなたが主体にならないの?

そもそも二人の子どもなのに、なんで第三者目線なの!?

 

 

女性の方、ごめんなさい。

男性って無意識に家事は女性がするもの。子育ては母親の役目って思っているんです。もちろんお互い力を合わせてと思っている男性もたくさんいます。ですが心の奥底で育児は女性がするものと思ってしまうんです。

だからサポート止まりなんです。フォローで終わりなんです。





こういう喧嘩したことありませんか?

女性「どうして私ばかりであなたは協力してくれないの!?」
男性「そんなことないだろ?俺も手伝ってるよ。風呂だって毎日入れてるじゃないか?」

 

女性目線からしたら『お風呂に入れているだけで子育てをしているツラをするな!』ですし、男性目線からしたら『疲れているのにお風呂に入れてやってるんだぞ。手伝ってやっているのに、一体何が不満なんだ!』なんです。

 

分かり合えるわけないでしょう?

 

 

最初のスタート地点から全然違うのに、お互い同じ地点から相手もスタートしていると思っているのですから。

そりゃー喧嘩にもなります。

 

 

これがヒートアップすると「○○さんとこの旦那さんはあんなことやこんなこともしてくれるそうよ!」、「お前は専業主婦だろ!あそこは奥さんが仕事してるんだ。お前も仕事をしていたら、俺もそのぐらいのことはするよ!」なんて感じでお互いけなしあってしまうわけです。

女性はくれくれ状態ですし、男性はしているだろ状態です。

 

つまりはこういうことだと思うんですよね。

子育てを全くしてくれないとあなたが感じているのは。男性からしたら十分やっていると思っているんです。協力者だから。当事者ではないから。

 

この認識の違いがあなたの心を追いつめてしまうんです。

 

 

実際に子育ての負担は女性のほうが大きいと言われています。お母さんはお父さんの何倍もの時間を子どもに費やします。

遊びに行きたくても気軽に外出できません。子どもが泣いていたら自分の用事を中断して駆けつけます。寝かしつけてようやく一休みできると思ったらすぐに起きてしまったり。なかなか気を休めることはできません。

 

夫に話を聞いてもらおうと思っても、「仕事で疲れてるんだ。またにして。」、「そんなのお前だけじゃないんだ。みんな一緒なんだから。」と流されてしまいます。

そのくせ、子どもが怪我をしてしまうと「お前はなにをやっているんだ!怪我をしたのはお前のせいだ!!」と責めてきます。

 

 

お母さんの大変さを、お父さんは知らないんですよね。

 

 

もちろん大変なのは理解していますし、お母さんが普段していることもわかってはいます。

知識として。

 

実際の大変さ、知りません。

追いつめられている葛藤、知りません。

 

教科書で習ったことしか知らないんです。本当の大変さ、どれほどのつらさかをわかっていないんです。

 

どうして私ばかりと思ってしまいますよね。口だけは一人前なのに非協力的。イライラしてしまうのわかります。

一緒に育ててるという感覚も薄れてしまうので、『私がしっかり育てないと!』と抱え込みすぎてしまうこともあるかと思います。育児ノイローゼにかかってしまうこともあります。

つらいですね。

 

ただ、ここでヒステリックになってしまったら、味方であるはずのお父さんが敵になってしまいます。

 

「○○さんのとこと、○○さんのお父さんは・・・なのにあなたは・・・」

これね、一番男性が聞きたくない言葉だと思うんです。『俺だってやってるだろ!』とか『俺を選んだのはお前だろ?』と言いたくなってしまうんです。

 

家庭での父親の役割は大きいものです。敵に回してもデメリットしかありません。

 

 

お母さん、子育てで大変だとは思うのですが、

もう少しだけお父さんのできているところを見てあげてくれませんか?

 

 

子育てなのだから二人でするのは当たり前なのかもしれませんが、お父さんがしてくれたことに「ありがとう。」とお礼を言ってあげてください。

なんでお礼なんか言わないといけないんだと思うかもしれませんが、この一言を伝えるだけで、お父さん、ものすごく協力的になりますよ。

 

男性はどうしても子育てを手伝っているという考えが頭の中にあります。それなのにお礼も言われずに当たり前のように扱われ、よその家と比較される。これでは積極的に子育てに関わろうという気になりません。

 

お母さんの「ありがとう。」でお父さんは救われます。

 

その一言でお父さんのやる気が違ってきます。

 

 

なんでこの人と結婚したんだろう?』と嘆いてもあなたにいいことはなにもありません。

お父さんをやる気にさせるほうが何倍も有益です。一人で苦しまず、巻き込んでしまいましょう。子育てをしているお父さんを見て『やっぱりこの人でよかった!』と思えるようになるかもしれませんよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

関連記事(一部広告):



自分の時間がない子育て。育児ノイローゼになった時は?

離婚した方がいい?この人とはもう無理だと思ったら?

努力が足りない?頑張っているつもりなのに責められるときは。

自分ばかりが怒られるのはどうして?何か悪いことをした?

わたしって気楽なの?「お前は気楽でいいよなー。」と言われたら。

誕生日を覚えてくれない恋人は愛がない?どうすれば覚えてくれるの?

価値観の違いが許せない!どうしてわかってくれないの!?

頑張りが壊れる日、努力が無駄になる日、積み重ねが崩れる日。

復縁してもいい?復縁に迷って答えが出せない時は?

誰もわかってくれない孤独感!本当は辛いんだと叫びたかった!!