しなくちゃいけない使命感とやることができなかった罪悪感

使命感を抱くことってあるかと思います。『私がしなくちゃいけない』、『僕がやらないと』といったものですね。

使命感によって自分の役割を認識することができます。




『親だから子どもをちゃんと育てないと』、『自分を選んでくれたのだから妻を幸せにしないと』、『給料をもらっているのだからしっかり働かないと』、『親に心配をかけたくないからテストで100点取らないと』『チームのエースだから俺が点を取らないと』などなど様々なことで使命感を感じることがあると思います。

この使命感というのは人生を充実させる重要な要素です。使命感があるからやりがいが生まれ、人生を退屈だと感じることなく生きていけるのです。あるいは退屈だと感じている人生でも、使命感を果たさなくてはと感じるから生きていく力になるのです。

 

使命感、いいことずくめです。皆さんも使命感を持ちましょう!!

 

・・・で終われたらよかったんですけどね。もちろんいいことずくめで終わりません。落とし穴があります。

それは・・・

使命感を果たせなかったとき

 

自分の使命をやり遂げることができなかったとき、あるいはやり遂げることができないとき。

 

子どもをちゃんと育てようとしていたのに会えなくなったとき、すててしまったとき、病気や事故で亡くなってしまったとき。

妻を幸せにしないとと思っていたのに、愛想を尽かされ別れを切りだされたとき。

しっかり働こうと思っていたのに、気分が悪くて早退したとき。

テストで100点をとろうとしたのに、90点しかとれなかったとき。

エースの自分が全然点を取れずに、試合に負けてしまったとき。

 

ことの大小はありますが、どれも共通して感じるものがあると思います。

 

自分がしなくてはいけなかったのに、できなかった。

 

自分は無力だ。

 

自分はなんて無力なんだ=無力感
無力の自分は価値がない=無価値観

といった感情が芽生えます。

 

無力感・・・自分はなにもできない無力な存在だ。
無価値観・・・自分にはなんの価値もないんだ。

 

思い込んでしまいます。

 

この状態はかなり心に厳しいです。心をビシバシ殴られている状態ですね。

だから
無力な自分を許してください。なんの価値もない自分でごめんなさい。

といった感情が生まれます。

 

 

それが罪悪感

 

できなくてごめんなさい。使命を果たせなくてごめんなさい。期待に応えられなくてごめんなさい。助けてあげられなくてごめんなさい。

 

・・・ごめんなさい。・・・ごめんなさい。・・・ごめんなさい。

・・・許してください。

 

文章に書くと相当病んでいる人ですが、実際こうじゃないですかね。

私がしなくてはいけなかったのにできなかった。ごめんなさい。・・・どうか私を許してください。

ではないですかね?

 

できなかったことが申し訳ないんですね。そして、無力感や無価値観にさいなまれ苦しい自分がいる。だから許してほしいと感じる。

これが罪悪感だと思います。

 

でもこれって誰に許してほしいんですかね?

 

もちろん相手です。

・・・

では、その相手はしてくれなかったあなたを恨んでいるのでしょうか??

 

両親にすてられた子ども?
両親がいないことをバネにして立派に成長できるのではないでしょうか?

病気や事故で亡くなってしまった子ども?
あなたのお子さんはあなたを恨むようなお子さんだったでしょうか?

妻を幸せにできなかった?
別にあなたに幸せにしてほしいと思っていなかったかもしれませんよ?

仕事を早退してしまった?
早退なんかするなんて、なんて人間なんだと思う人いるでしょうか?

テストで100点とれなくて親に心配をかけた?
100点がとれなくてあなたを嫌いになる親はいますか?

点が取れずに試合に負けてしまった?
あなたにはチームメイトはいないのですか?

 

もちろん、例外はあると思いますし、そんな簡単な話ではないかもしれません。

ですが、、、

 

罪悪感を持っているあなたに衝撃の事実です。

 

実は・・・

 

あなたが相手に期待していてほしいと思うほど、相手はあなたに期待なんかしていません!!

 

悲しいですけど、、、

 

あなたの気にしすぎです!

 

 

大抵の場合はこれで落ち着くのではないかと思います。

 

悲しいですけど、あなたが気にしているほど、相手はあなたのことを気にしていないと思います。

『もう少し気にしてくれよー。』、『恨んでいてくれよー。』とも思いますが、本気で真剣に恨まれるよりはマシだと思いますよ?純粋な敵意ほど怖いものはありませんから。

 

しなくちゃいけないと思う使命感は責任感の表れです。適度な使命感は人生にスパイスを与えてくれます。使命感を果たしていくうちは充実ややりがいも感じるでしょう。
ですが、そこでもし、果たせそうにない使命感を抱いてしまったとき、やろうと努力したけどそれでも届かなかったとき、無力な自分と向き合うことになります。相手の期待に応えられなかったとあなたはひどい罪悪感に襲われます。

 

できなかったという罪悪感は、あなたが相手に期待していてほしかったという願望の表れです。

ひどい言い方をするなら、ぶっちゃけあなたの思い込みにすぎません。許してほしいし、自分を責めてほしいというあなたの想いです。あなたには期待していたのにと責めてほしいし、責められることによって自分を許してほしいというあなたの勝手な思い込みです。

 

使命感がでるのはその対象があなたにとって大切な人、大事な場所だからです。その大切さゆえに使命を果たせなかったときは、強い罪悪感をあなたは抱いてしまうことになると思います。本当に心が押し潰されそうになることもあると思います。

 

そんなときは、こんな言葉も頭の片隅で思い浮かべていただけたらと思います。

 

『相手はあなたが感じている罪悪感ほどには、あなたのことを恨んでいない。相手にとってはあなたが使命を果たそうが、できなかろうが別にどっちでもいい。気にしているのは自意識過剰なあなただけ。』

 

毒舌ですが。

 

相手があなたにとって大切な人と同じように、相手にとってのあなたは大切な人なんです。使命を果たそうが、できなかろうが、そんなことは関係ないんです。そんなことどうでもいいくらいにあなたのことが大切なんですよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。





関連記事:

自分が許せない!この苦しみから解放されるたった一つの方法。

期待に応えられない自分は

罪悪感を感じてしまうのは

助けたいのに助けることができない自分は

助けたいのに助けることができない自分は②

無価値観とは

無力感から抜け出す方法

無力感から抜け出す方法②

疲れてしまうのは完璧主義者だから?

やらないといけないのに集中力が全然持続しないのは