敷かれたレールの上しか歩くことができない臆病な自分は

敷かれたレールの上を歩いていると感じたことはありませんか?

僕も今ではそんなに感じることも少なくなったのですが、中学や高校、大学あたりではそんなことをよく思っていました。

普通に生活していても毎日毎日同じことの繰り返し。同じ時間に起きて、同じ時間に学校や会社に行って、似たり寄ったりの授業や業務をこなす。『5年後、自分はなにをしているんだろう?』と考えても、いいイメージは湧かず、暗い印象。

このままでいいのかと焦りもあるのに、自分にはどうしようもできないこととあきらめてもいる。今の生活に不満があるのに、その生活を変える勇気もない。




毎日毎日、モヤモヤ、モヤモヤと、なんとなく生活して時間が経っていく。

なにをやってもいまいちスッキリしない。

 

心のどこかがくすぶっている。

 

こんな感じになったことってありませんか?

 

なんでこんなことを感じるのでしょうか?

 

 

自分のやりたいことをやっていないから。

 

本当の自分を押し殺して、やりたくもないことをやっているから。

 

 

あなたは医者の両親に「お前は医者になって私の跡を継ぐんだ。」と言われ続けて育ちました。医学部に合格するために高校生活は勉強に費やしました。

周りの子はゲームセンターやカラオケなどで遊んでいるのに、誘いも断り勉強に打ち込んできました。断ってばかりいたので次第に誘いも少なくなり、付き合いの悪い奴と認識されてしまいました。

 

でもあなたは、本当は勉強なんかしたくなかったんです。

友達と楽しく遊びたかったんです。楽しそうに話をする周囲にあなたは憧れを抱いていました。でも誰もあなたに積極的に話しかけてくれる人はいません。

 

あなたは勉強を続けました。続けるしかなかったんですね。

友達との楽しい高校生活を犠牲にしてまで勉強に力を注いできたのだから、ここで勉強をやめて遊びに走ってしまったらそれこそ何をしてるんだになってしまいます。勉強しか残されていなかったあなたは今まで以上に勉学に力を入れるようになりました。

 

その甲斐もあってあなたは難関大学の名門医学部にストレート合格できました。

両親も「お前ならできると思っていた。」と普段は厳しく育てられてきましたが、そのときは今まで見たこともないくらい喜んでくれました。あなたは両親に褒められ、気持ちが満たされました。

 

さて、大学生活のスタートです。

そこであなたは現実を思い知ります。講義についていけないのです。

周りはそんなに必至に勉強しているようには見えないのに、あなたよりも試験でいい点をとります。自分の方が周りよりも一生懸命勉強していると思うのに、いわゆる『落ちこぼれ組』になってしまいました。

 

高校時代は学年で一番だったのに。

勉強ができない同級生をバカな奴と見下してきたのに。今度は自分がその立場になってしまいました。

あなたのプライドは粉々に打ち砕かれてしまいました。

 

両親に成績のことを打ち明けました。

報告するのは恐怖でしたが、励ましてくれることも心のどこかで期待していました。そこで両親の反応です。「なにをやってるんだお前は。私の子だからできるはずだ。こんな点をとって・・・恥ずかしい。遊んでばかりで努力が足りないんだ!」と言われたらどうでしょう?

 

したいことを我慢してまで頑張ってきたのに、それでもお前の頑張りが足りないと否定されたら?

したくないことだったけど、両親のためにと思って頑張ってきたのに、そんなことを言われたら?

 

そこであなたは自暴自棄にならず、さらに頑張るということを選んでしまいました。

それこそ死ぬほどの努力をしました。大学生活のすべてを勉強に捧げました。

その甲斐もあり卒業時には成績が上位とまではいきませんが、中の上ぐらいにまでなることができました。

違う職業にも興味があったのですが、あなたは医者になりました。

・・・

どうでしょうか?



あなたは幸せだったのでしょうか?

 

敷かれたレールから外れる機会はいくつかあったと思うんです。

 

 

高校時代に友達ともっと遊んでもよかったと思いますし、大学で勉強についていけなくなったときも勉強をやめてもよかったと思います。

卒業して医者になる必要もありませんよね?

 

上の例ではあなたがあきらかに不満がありますよね?もっと他にしたいことがたくさんあったのにできなかった。『両親のせいだ!』って。

 

でも、なんでそうしなかったんでしょう??

 

・・・

そう。う選択をすると『敷かれたレールではないから』です。

 

敷かれたレールに留まるために違う選択はできなかったんです。

 

 

矛盾していますかね?

でも要はこれなんだと思います。

 

敷かれたレールの上を歩くのは嫌だけど、敷かれたレールから外れるのも嫌だ!

 

そう、イヤイヤちゃんです。

 

『両親のせいだ』って書きましたけど、そうじゃないですよね?

ほんとに嫌だったのなら、敷かれたレールから一歩外れればよかったんですから。それをしなかったのはあなたでしょう?

 

あなたが敷かれたレールから出ないことを選んだからでしょう?

 

 

なぜ、敷かれたレールから出ないことを選んだのでしょう??

安全だから。

 

ではないですかね?

 

 

敷かれたレールの上って安全なんですよ。ここにレールがありますよって、この通りにすればあなたは安泰ですよと教えてくれるのですから。

レールから外れると道しるべがないんですね。教えてくれる人もなく、全部自分で切り開いていくしかないんです。

 

 

しんどいですよね?

 

怖いですよね?

 

 

確かにあなたは、敷かれたレールの上しか歩くことができない臆病な人なのかもしれません。冒険しようという精神が安定に負けているのかもしれません。

 

だけどそれがダメなんですか?

 

安定を求めるって賢い選択だと思うんです。冒険に冒険を重ね破滅した生活になってしまうよりは、よっぽど賢くはありませんか?

 

それに敷かれたレールの上しか歩くことができないことは、決して楽な道ではないと思います。つらい思いや困難な局面にも遭遇したでしょう。挫折も味わったかもしれませんね。

そんな楽ではない道を歩いてきたのですから、もう少しその道を誇ってみてはいかがですか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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