ただわかってほしかっただけなのに・・・どうして伝わらないの?

どうしても相手に伝えたい、わかってほしいと思ったことはありませんか?

なにも自分の考えに共感してほしかったわけじゃない。だけど、自分がどう思っているのか話をちゃんと聞いてほしかった。

 

そんな経験はありませんか?



これね、相手が自分にとって大切な人のときになってしまいやすいんです。

 

一番身近な家族に自分の考えを知ってほしい。

一番大好きな人に自分の考えを知ってほしい。

一番仲の良い友だちに自分の考えを知ってほしい。

尊敬している上司に自分の考えを知ってほしい。

 

こんなことを思ってしまいます。

 

 

こんなことを思ってしまったということは、その人はあなたの考えを聞いてくれなかった。もしくはあなたが伝えきれなかったということです。

あとは最後まで聞いてくれた上での全否定がありますかね?

 

 

これって、すごく悲しい気持ちになります。

 

 

自分はただ、自分の考えを相手に伝えたかっただけなんです。

なにも『そうだね。』と共感してもらいたかったわけではありません。(もちろん共感してもらえるのならそれが一番ですが。)

自分の考えを相手にしっかりと伝えて、自分の考えを相手に聞いてもらいたかったんですよね。

『こういう考えと理由があったんだ。』と相手に理解してほしかったんです。

 

 

でも、それができなかった。

 

 

「お前の意見など聞いていない!」、「そんな話聞きたくもない!」、「私の考えが正しいんだから、言われた通りにすればいい。口を挟むな!」、「そんな考えは間違ってる!どうしてそんな考え方をするんだ!」

といった感じですね。

 

 

なにも自分の考えを押し付けたいわけじゃなかった。

 

 

ただ、最後まで聞いてほしかった。

 

 

そういう考えもあるんだということを知ってほしかった。

でも、そうじゃなかった。

 

最後まで聞いてくれなかった。

自分の考えを全否定された。

 

これって悲しいですよね。

 

 

自分の考えを知っておいてほしい相手に、その考えが伝わらないんです。

 

大切な相手なのに、理解さえしてくれないんです。

 

 

これの解決方法は二つあります。

もう一度相手に理解してもらうために真剣に話すか、『あぁ、この人はもうダメだ。聞いてみようとしてくれる気がない。』とあきらめるか。

どちらかです。

 

 

相手をもう一度信じるか、もう信じることをやめるか。

 

 

相手にただ理解をしてほしいというのは、あなたは現在、その相手ならあなたの考えも理解してくれると信じているからです。

元々理解をしてくれるはずかないと思っている相手には、ただ理解をしてほしいなんて気持ちはわきません。理解してくれないことを信じているからです。

 

 

あなたにとって大切な相手です。

 

そんな人に理解してもらえないんです。

 

 

たとえわかってもらえなくても、せめて理解しようという姿勢は見せてほしかった。

それすらしてくれなかった。

 

悲しいですよね?

悔しいですよね?



ただ聞いてほしかっただけなのに、それすらしてくれないなんて。

 

 

あなたにとって大切な人なのに。

どうでもいい人なんかじゃないのに。

 

この人だけにはそんな態度をとってほしくなかったのに。

 

 

これって、最終的にはあきらめるしか方法はないんですよ。

 

 

自分のことならともかく、話を聞いてくれるかどうかは相手の判断なんです。

残念ながらあなたには相手の気持ちをコントロールする力はありません。

(相手が話を聞いてくれる確率が上がるテクニックのようなものもあるにはありますが、そんなものは使いたくないでしょう?大切な相手だからこそ小細工は使いたくないと思います。)

 

 

でも、このあきらめるってこともとてもつらい選択なんですよね。

 

 

大切な人なのに、幻滅しないといけないんです。

幻滅したくなんかなかったのに、それしか方法はないんです。

 

こちらが真剣に話を聞いてほしいとお願いをしてもまともにとりあってくれない人なら、真面目に聞こうとさえしてくれない人なら、『あぁ、この人はそうなんだ。』とあきらめて幻滅するしかありません。

 

 

あなたができることは幻滅することだけです。

 

 

「わかってくれ!」と押し付けてしまうと、相手の尊厳を無視することになってしまいます。

 

それにね、そんな人はあなたが何を言ってもなかなか変わりません。

期待する方が疲れます。

というか、期待するだけ無駄です。

 

 

あなたのことが大切な人なら、こちらが言うまでもなくしっかりと話を聞いてくれます。

 

 

もしあなたが逆の立場ならどうでしょう??

 

 

大切な相手があなたに真面目な顔をして「ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。」と言ってきました。

 

あなたはどうしますか??

 

「今テレビ見てるから後でな。」、「えー、面倒くさいなぁ、なんだよ、もう。」といった態度をとりますか?

「どうしたの?」、「なにがあった!?」と、まずは興味を持つでしょう?

 

相手が真面目な顔をして話して来たら、あなたは最後まで話を真剣に聞くでしょう?

あくびをしながら「あー、そうなんだー。」なんてやる気のない対応なんかしないですよね?

 

 

あなたは相手のことを真剣に考えることができる人です。

 

だけど相手はあなたのことを真剣に考えることができない人なんです。

 

 

それだけのことです。

 

 

あなたはそれに当然寂しさを覚えますし、距離感もあいてしまうかもしれません。

でもそれは仕方がないことなんです。

あなたではどうしようもできない領域です。

少しずつ受け入れていきませんか?

 

でもあなたがすごく悲しい気持ちになったり、怒りの感情になっているのは、そんなことになりたくなかったからだということも忘れないでくださいね。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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今回は『誕生日を覚えてくれない恋人は愛がない?どうすれば覚えてくれるの?』に続いての愚痴シリーズ第2弾です。僕の実際の体験を書いています。

(本当は違う記事の例えにしようと思ったのですが、当時を思い出したら腹が立ち長くなってしまいました。)

それでもいいという方は続きをご覧ください。




小学校5年生のときにめちゃくちゃ相性の悪い担任にあたってしまったんですね。ここではその一部を書いていきます。

 

体育の時間の直前に急にお腹が痛くなってトイレに少しこもっていたんですね。で、開始のチャイムがなってしまって慌てて私服のままで走って運動場に行ったんですよ。みんなはもう整列して待っていたので。で、担任に言ったんですね。「すみません。急にお腹が痛くなってしまったので、今日の体育は休ませて下さい。」と。

その担任は心配そうな顔もせず、むしろ怒ったような顔をして僕の方にやって来ました。

 

『え?なんだろ?』と思っていると「大丈夫か?」の一言もなく、いきなりなにも言わずに僕の上服を脱がせました。

 

「脱げ!」ともなにも言われず、本当にいきなり強引に上服を脱がされました。女性の担任だったのですが、あまりにも予想外の行動と大人の力でやられてはろくに抵抗もできません。一瞬なにが起こったのかわからなかったです。

目の前には整列したクラスメイト。その頃は男女一緒に体育をしていたので、女子もいます。クラスの片思いの女子もいました。

慌てて上服を着たのですが、そのときの担任の言葉が「見ろ!そんな服を着てるからお腹が痛くなるんだ!」でした。

 

ちなみにもちろんヘソだしファッションなんかしていません。冬なのに薄着だったと言われればそうなのかもしれませんが、半袖半ズボンみたいな格好をしてたわけではありません。小学生の普通の格好だったと思います。授業も5分も遅れてませんし、謝罪もしました。

 

でも、担任の対応はそれだったんですね。こちらの心配もせずにお腹が痛いと言っている子どもを上半身裸にさせるという。(プールの時間とか全員が裸のときはともかく、一人で裸ってかなり恥ずかしいんですよ。しかも皆が整列している目の前でという羞恥プレイ。)

 

 

あと、こんなこともありましたね。体育の授業で平均台?跳び箱?マット運動?とにかくなにをやっていたかは忘れてしまったんですけど、着地をする運動です。

そのときに僕は着地に失敗して足をグニャっと捻ってしまったんですね。それもどちらの足かはもう忘れてしまいましたが。その場から数歩歩いて足をおさえてうずくまったんです。

 

近くにいたクラスメイトがいち早く駆けつけ「どうした!大丈夫!?」的なことを言ってくれたと思います。

言ってくれた子、ごめんなさい。あなたが誰だったか、男の子だったのか、女の子だったのかすら覚えていません。

その様子を見て担任がやってきました。「どうしたの?立てないの?」とすごく落ち着いた口調で言われました。(この担任のことは嫌いだという思いが強くてそう感じただけかもしれませんが。)

 

僕は着地のときに足を捻ってしまったことを伝えました。担任はもう一度言いました。「立てないの?」って。

 

そこで「立てません。」と言えばよかったんですけどね。なんかムカついたので「大丈夫です。立てます。」と言い立ち上がりました。痛みもあったけど、表情に出さないようにしました。

「そう。よかった。」と担任が去って行こうとするので「すみません。保健室行ってきていいですか?」と言いました。

 

すると担任の顔が冷たい顔に一瞬で変わりました。「なに?授業は?サボるの?」僕の時間はこのとき止まりました。周りの空気はどうだったかはわかりませんが、多分凍っていたんじゃないですかね。

結局僕はその体育の授業を最後までやりました。その後の授業もしっかり受けました。足がズキッズキッと響いていましたが、保健室に行ったら怒られると思い放置しました。

 

家に帰り靴下を脱ぐと母親が悲鳴をあげます。「どうしたの!?この足!?」足首がかなり腫れていました。

僕は学校からの帰り道に捻ったと咄嗟に嘘をついてしまいました。担任とのやりとりを親に知られたくなかったからです。(過保護に育てられたので、担任のことを言うと親は絶対学校に怒鳴り込みに行くとわかっていたし、そんなことをされたら担任も困るだろうと思ったからです。)




すぐに病院に行きました。見事に折れていました。「よくこんな状態で歩いて帰ってこれたねー。痛かったでしょ?」と医者からは言われました。(そのときは多分それほど痛くなかったと思います。何時間かズキッズキッ状態で放置していたので麻痺していたのだと思います。)

 

翌日これ見よがしに松葉づえをついて登校しました。

 

両親は送り迎えをすると言ってくれたのですが、担任への嫌味も込めて拒否しました。杖を使うことには慣れていたのですが(僕は少し身体に障害があります。)、さすがに学校までの道のりを歩くのは大変でした。2キロくらいの距離です。

学校に着き、ホームルームが始まります。担任がなんて声をかけてくるか楽しみだったのですが(僕の性格歪んでますね。)、担任はびっくりした表情をして「足、、、どうしたの??」だけでした。

 

 

『いや、あんたがサボるなと言った結果がこれだ!!』

 

 

・・・と言いたかったですが、腹が立ちすぎて言葉が出ませんでした。

 

いまだにこの担任の対応には納得ができていません。この担任とは他にも色々ありました。相性の問題か、なにか恨みをかうようなことをしたのかはわかりませんが、その当時は学校に行くのが憂鬱でしたね。

『またあの担任の相手をしないといけないのかー。』と。

 

休む選択肢はまったくなかったですね。

 

 

なんか休んでしまうと負けた気がして。

 

 

普通に登校して相手にしないことが、一番相手にとってむかつくことだろうと思っていましたし。(ほんと、嫌な子どもです。)

 

他の子にはどうだったかは覚えていません。『当時は僕ばっかり』と思ってましたが、他の子にもこんな感じだったのかもしれません。

小学校の先生の中で唯一嫌いな先生で、大人になるまでに一番嫌いな人間です。

 

余談ですが、僕の小学校の思い出の半分くらいはこの担任との思い出が占めています。友だちとの思い出でもなく、好きな女の子の思い出でもなく、僕をいじめてきたヤツとの思い出でもありません。

 

この担任の顔、声もしっかりと覚えています。フルネームも漢字で書けます。他の担任の顔はもううろ覚えで、名前なんて名字を思い出すのがやっとなのに。この担任の顔は一秒で鮮明に思い出せます。

あれから数十年も経っていますが、今でも町で会ったらわかる自信があります。むこうは僕のことなんか忘れているでしょうが、された方はいつまでも覚えているんですよ?

 

 

・・・

なんか怖い文章になってしまいましたね。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

 

 

最後に僕の意見です。

 

 

ありえない対応をされたときは思いっきり怒っていいと思います。

 

 

変に我慢してしまうといつまでも後を引きます。

 

 

僕もここに書くことになるぐらいなら、『なんであのとき文句の一つも言わなかったんだ!』と自分に怒りを感じています。

 

ありえない対応をされたときは我慢せず、自分の意見を言いましょう。

 

 

こんなことを何年も覚えてしまうようになるなんてアホらしいでしょ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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「ちゃんとやれ!」はアドバイスではない。指導力がない人の言葉!

皆さんは「ちゃんとやれ!」って言われたことはありますか?

これを言われることなく通過できる人もいると思いますが、この壁にぶち当たってしまう人もいます。

 

相手が求めていることにこちらが追いついてないときにこの言葉は使われます。




一番はやっぱり仕事関係で言われることが多いですかね?
次は親子や嫁姑関係で。

 

「ちゃんとやれ!!」

 

 

皆さんはこの言葉を聞いたときどう思いましたか?

 

 

もちろん自分に原因があることがはっきりしており、自分でも『失敗してしまったなー。ちゃんとやらなかったなー。』と自覚できているときは素直に言葉を受け止めて反省できると思います。

 

ですが、そうじゃなかった場合はどうでしょう?

 

『ちゃんとやれ!!ってちゃんとやってるじゃん!!』って思いません?

 

 

ちゃんとやってそれなんですよ。

 

 

もしちゃんとやっていると思っているのにこれを言ってくる人がいるのなら、『なら、その具体的な方法を教えろ!』なんです。

 

 

「ちゃんとやれ!」って言葉はアドバイスでも指導でもありません。

 

 

一番近い言葉はクレームです。

 

 

クレーム処理班になるとこの言葉、ものすごく聞くらしいです。

こちらとしてはちゃんとできることはやっているのに、それでも相手の怒りがおさまらないのでかなり大変とのことでした。

 

学校などの教育現場でも「ちゃんと指導して!」と親から忠告が来るそうなんですが、ちゃんと指導しようとしても、「体罰だ!」、「指導方法が不適切だ!」と指導方法に抗議が殺到するらしいです。適切な対応が難しいと知り合いは言っていました。

 

 

「ちゃんとやれ!!」はアドバイスではなく、クレームなんです。

 

 

もちろん、ちゃんとやるやり方を教えてくれた上での「ちゃんとやれ!!」は違いますが、具体的な方法も言わずに、こちらができることをやった上での「ちゃんとやれ!!」はクレームです。

 

 

でもそのことに気づかない人も多いんですよね。

 

 

「ちゃんとやれ!!」を指導だと勘違いしている人もたくさんいます。

「ちゃんとやれ!!」の一言で指導をしたと思い込んでいる指導者もたくさんいます。

 

 

「ちゃんとやれ!!」って言ってくる人って自分より立場が上の人が多いんですよ。

 

中学校のクラブ活動で3年生が1年生に「ちゃんとやれ!!」とは言えても、1年生が3年生に「ちゃんとやれ!!」とは言えないでしょう?

言ったとしたら『生意気なヤツだ!!』とマークされます。

 

階級制があり、下の者は上の者に「ちゃんとやれ!!」とは言えません。心の中で『ちゃんとやれ!!』と思うことはできても、本人を前にして面と向かって「ちゃんとやれ!!」とは言えません。

そんな上の人が相手です。

 

 

さて、あなたは、そんな上の人に対して、「ちゃんとやれ!!」と言われるようなことをわざとやったのでしょうか??

わざわざ注意されるようなことを意図的にやるでしょうか??

 

違いますよね?

 

 

ちゃんとやってこれなんです。

 

ちゃんとやった結果がこれなんです。





なのにちゃんとやれって・・・

『ちゃんとやってるじゃねーか!!』って言いたくなりますよね。

 

「ちゃんとやれ!!」は助言でもアドバイスでもありません。

 

 

むしろそれを放棄した正反対の言葉です。

 

 

野球選手とかで全然ヒットも打てず、三振ばかりしていると観客席からヤジが飛んでくることがあるらしいです。

「ちゃんとやれ!!」、「ちゃんと打て!!」って。

 

 

こんなの素人でも言えるでしょう?

 

 

僕でも言えます。「なにやってんだ○○!チャンスなのにー!ちゃんと打て!!」って言えます。もちろん自分では打てないですが、口で言うだけなら簡単に言えます。

 

 

さて、「ちゃんとやれ!!」は指導でしょうか??

 

こんなヤジと同レベルが指導になるんでしょうか??

 

 

僕はむしろ恥じることだと思うんですけどね。指導で「ちゃんとやれ!!」としか言えないことは。

 

 

だけどこの言葉をよく使う人はそのことに気づきません。

 

 

しかもしっかり指導した気になっています。

 

 

もしあなたが後輩を指導するなら、どうすればちゃんとできるようになるかを教えてやってくださいね。

じゃないとこんな勘違いした恥ずかしい人になってしまいます。

もちろん、相手もあなたにいい印象はありません。

恐らく嫌われている、苦手とされていると思います。

ちゃんと具体的な方法を相手が理解できるように教えてあげましょう。

 

 

さて、こんな困った「ちゃんとやれ!!」指導の人なんですけど、言われ続けていると意外とへこみます。

ほめられることもなく「ちゃんとやれ!!」ばかり言われてきたら、自己肯定感が弱くなっていきます。

 

 

ですが、あなたは落ち込む必要はないんですよ?

 

 

むしろその指導者が落ち込むべきことなんです。

 

 

ちゃんと教える能力が指導者にないのだから。

ちゃんとやることができていないのは指導者なのだから。

 

 

「ちゃんとやれ!!」なんてね、誰でも言えます。

 

 

そのことに知識がなくても言えます。

自分はできなくても相手には言えます。

素人でも言えるんです。

 

 

そんな言葉で指導した気になっている指導者は、本当に必要ですか??

 

 

そんなことしか言えない指導者の代わりなんて、ごまんといます。

むしろ専門家である必要すらありません。

 

 

「ちゃんとやれ!!」を口癖のようにあなたに言ってくる人がいるかもしれませんね。

 

でも、そんなに気にしなくていいですよ?

その人は、自分が教える能力がない無能な存在であることを、周りに披露したいだけなんです。

 

もしあなたが、その人の上に立つようなことがあれば、指導の仕方をその人にちゃんと教えてあげてくださいね。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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高齢出産は危険?障害はハンデ?生まれてくる子どもがかわいそう?

当たり前の生活が一変。障害を受け入れる過程。』という記事で書きましたが、僕は生まれつき障害があります。

日常生活はほぼ問題なくできるんですけどね、それ以上のことを求めることは無理なんです。

なにかの専門家やプロを目指すのなら、僕は生まれつきなれないんです。

医師からもしてはいけないこととして指導を受けています。




まあ、ぶっちゃけると身体面での障害なんですが、軽く走ったり、軽く運動するくらいなら問題がないんですが、それ以上を目指したら障害が足を引っ張るんです。

上達するために真剣に練習をしたり、クタクタになるまで運動をすると身体に悲鳴がきます。

全身に電気が走るんです。

 

痛み自体は今は慣れてそれほど痛いとは感じなくなったんですけどね。

子どもの頃は痛みで眠れないなんてこともありました。

 

あれですね。筋肉痛が一番わかりやすいかもしれません。

あれに似た痛みが襲ってきます。あれより何倍か強い痛みで。つき指ぐらいの痛みですかね?

 

筋肉痛なら2~3日もあれば治るけど、僕の場合は一度なってしまったら治すのに最低でも2週間ぐらいはかかりました。

治りきる前にまた少し無理をして数ヶ月かかったこともありますね。

 

 

日常生活を普通に過ごすだけなら問題はないと言われていますが、意外とこれぐらいの障害でも足を引っ張ってきます。

 

 

運動方面でのプロ選手はまず目指せませんし、身体を酷使する仕事にもつけません。

 

できる選択肢が人よりも少ないんです。

 

 

でも僕は、小さい頃は自分がそのことで損をしているとか、不幸だなんて思ったことはありませんでした。

 

物心つく前に教えられていたので、わかっていたからです。

 

 

体育の授業とかで負けん気を出してやり過ぎてしまい、何週間か体育の授業は欠席なんてこともありました。

小学校のときのマラソン大会とかが多かったですね。短距離走は学年でも最下位争いをするほど遅かったのですが、長距離走は得意だったんですよ。(このブログでもマラソンを例えにしていますが、好きではありません。むしろ嫌いでした。マラソン好きの人ごめんなさい!)

 

普通に持久力が人よりも優れているとか、そういう理由ではありません。ただの根性論です。

小学校のマラソンのペースって先頭の子たちでもそれほど速くはないんです。短距離走の全力疾走よりペースが速いなんてことはありません。

皆が短距離走の4割ほどのペースで走っていたとしたら、僕は短距離走の7割ほどのペースで走っていただけです。

 

で、結果、無理をしてしまって、あとで身体に響くと。

 

 

そのときに決まって聞かれるんですよ。「お前、元気なのになんでサボってるんだ。」って。

 

 

書き忘れましたが見た目は僕、普通の人とほとんど同じなんです。中身が少し違っているだけで。

 

普通に学校には元気に登校して、熱や風邪といった症状もない。なのに体育の授業だけ休むんです。さぼりと思われても仕方ありませんね。

最初は「ちょっと調子がよくないからー。」みたいな感じで流していたんですが、それが何回もとなると子どもは疑問に思うんですよね。(僕は『別に知られるのが嫌だ。隠していたい!』と思っていたわけではなかったと思います。ただ一から事情を説明するのが面倒くさかっただけです。)

 

そのことに気づいた担任がある日ホームルームをしました。「実は◯◯君は生まれつき障害があって、、、」と、ご丁寧に説明してくれました。

その日からクラスの子の僕を見る目が変わりました。こっちを見てヒソヒソ話をしていたかと思うとこっちが視線を送ると目をそらす。同情とどう接すればいいかわからないという戸惑いの視線ですね。

 

 

そのとき、僕はショックでした。初めて自分が障害者であることに気づいてしまったんです。

 

 

こういうことを書くと障害を持っている人に失礼かもしれませんが、このときに僕は障害者にさせられました。





中学や高校に行くとますますできないことが増えていきます。体育の授業だからといっても、小学生の頃と違い男女が別れ、かなりしんどくなりますしね。

 

不甲斐ない自分を実感します。

 

体育は嫌いでしたが『さぼれてラッキー』という思考になったことはありません。

 

 

成人になると仕事の面で悩みます。なにがやりたいかではなく、自分でも一人前に他人の手を借りずにやりきれる仕事にはどんなものがあるかで探しました。

 

20代も中頃になると結婚も考えるようになります。みんな僕が障害者であることを知りません。結婚を考えていた女性に自分が障害者であることを告げます。

 

僕の一番怖いところは、この障害は遺伝性です。子どもにも遺伝をする可能性があります。

 

そのことを女性に告げました。怖くて震えて。緊張で声が裏返ってカミカミしながら。

でも『きっとわかってくれるはず。』という期待を込めて。

 

 

その女性は僕から離れていきました。

その女性は数年後、障害もない健常者と結婚しました。

(僕がいつもブログに書いてある『彼女』とは違う人です。この時点ではショックもありましたが、まだ心は折れてません。)

 

 

そのときは、正直悔しかったです。障害を理由に断られたから。自分ではどうすることもできないことで、自分にはないものを持っている人が選ばれたのだから。

 

 

でも、それも当然だと思うんですよ。自分の子どもは障害がなく生まれてほしいって親なら誰でもそう思うと思います。

 

ただ、そのときは将来が怖かったです。

『僕は結婚できるのだろうか?』とか、『子どもができたとき障害を持っていたらやっぱり母親は悲しいんだ。』とか、なにより自分の子どもが僕の障害を遺伝して生まれたときに『本当に好きになった人に障害を理由に断られるなんて、こんなつらい思いを子どもにもさせないといけないのかもしれないのか。』と。

将来が不安で『僕を受け入れてくれる人なんて現れるだろうか?』とか、『子どもにこんな思いをさせてしまうなら、僕は子どもを作らない方がいいんじゃないか?』とか、不安で泣けてきたこともあります。

 

まあ、今から思えばこれも僕が心が弱ってしまったことへの一因というか、最初のきっかけだったと思います。

 

 

障害がハンデになることは現実問題としてあります。

 

 

変に気を遣われることもあるし、避けられることもあります。

生まれた赤ちゃんが障害持ちで、つらい想いをしたお母さんもいるでしょう。

 

高齢出産では「障害のある子が生まれたらかわいそうだから。」と堕胎する人も多いようです。

 

 

だけどね、僕から言わせたら

 

『お前が決めるな!!』なんですよ。

 

 

障害はハンデになる。これはたしかです。

障害にハンデなんかありませんなんてきれいごと言いません。

 

 

実際につらい思いをしたことも何度もあります。

 

 

でもね、それをかわいそうかどうか決めるのは本人なんですよ。

 

 

周りはもちろん親にさえ、子どもがかわいそうと決めつける権利はありません。

少なくとも僕は、障害があるけど幸せな生活ができていました。(ここで過去形になってしまうのが悲しいところなんですが、これから絶対に幸せになってやります。)

 

障害者はかわいそうとイメージするのは勝手ですが、それを押し付けるのは違うと思います。

 

そこは本人が決めるべきことですよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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何をやっても疲れる。何もしないのに疲れる。休んでも回復しない時は?

皆さんは何をやっても疲れる状態を体験したことはありますか?

それならまだいい方で、何もやってないのに疲れることってありませんか?

 

これって、精神力を使い果たしてしまったときになる症状なんです。

 

心がしっかり休めていないときにこの状態になります。

心が熱を出しているときに起こります。




こういうときはね、まずはゆっくり休むことが必要になります。

 

「ストレスを発散させるために遊びに行こう!」とがんばって出掛けても逆効果なんです。

家に帰った後で『今日は楽しかったー!』と思うことなく、『あー、今日も疲れたなー。』なんです。

 

休日ではなく働いているのと同じなんです。

 

 

だから何をやっても疲れるときは、何もしなくてもいいときなんです。

 

 

ゆっくり休んで疲れをとるときなんです。

 

 

でもね、この状態まで来てしまったら1つ問題ができるんですね。

 

 

それは、、、

 

何もしなくても疲れるんです。

 

 

身体的には1日ゆっくりして休めたはずなのに、休む前より疲れたと感じてしまうんです。

 

 

それは、心が休めてないからです。

 

 

何もしていない自分を、心が許せてないからです。

 

 

普通ならね、グータラ生活ってかなり贅沢だと思うんですよ。

ベッドに横になりポテチをポリポリ。コーラを飲みながらテレビやゲーム。尻をボリボリ掻きながら大あくび。

 

かなり贅沢ですよね?

 

贅沢なグータラです。

 

でも、その贅沢なグータラを楽しめないんです。

 

 

『何かしなくてはいけない!』、『遊んでいる暇なんかない!』、『このままじゃダメになる!』と焦っているから。

映画を2時間見ても『あ~、面白かった!』ではないんです。『2時間も時間を無駄にしてしまった!どうしよう?』なんです。

 

あなた自身、今の自分を不甲斐ないと思っているときにこういった思考になります。

 

 

何かしなければいけない思考に迷い込んでいるときに、何もしなくても疲れる状態になってしまうんです。

 

 

何かをやっても疲れて、何もしなくても疲れて、どうすればいいんでしょうね??

 

何をやっても疲れて何もしなくても疲れてって、それって生きているだけで疲れるってことなんですよ?

ただ起きているだけで疲れるんです。

 

この世界から「お前なんかいらない!」と拒絶されているんでしょうか?

 

 

こういときってリラックスすることが重要になります。

 

あまり考えすぎても頭がパンクします。

頭を空っぽにして、のほほんとすることが大切です。

 

でもね、なかなかその境地にはたどり着けないんですよね。

 

 

心が疲れてないときはわりと簡単にというか、意識しないでもできることなのに、心が疲れているときは意識をしてもうまくできません。

のほほんとしよう、あまり考えすぎないようにしようと思っても、リラックスはできません。

 

リラックスするときってほとんどが無意識なんですよね。

その無意識を意識的にするって矛盾してるでしょ?

 

 

難しいです。



心では難しいので身体を使います。

 

 

まずは目をつむり全身の感覚をひろってください。『だるー。』とか『重ー。』という感覚を感じられると思います。その情報を脳に送り、頭で自分は疲れているんだということを認識してください。

それを認識することができたら次のステップです。鼻からゆっくりと大きく空気を吸い込みます。吸った空気を全身に流すイメージをしてください。全身にいきわたったところで、今度は口からゆっくりと空気を吐き出します。身体中の空気を全て吐き出します。

全ての空気を吐き出すと口がおもいっきり周りの空気を吸収しようとします。そのときの一瞬を集中して感じてください。そしておもいっきり吸った空気をゆっくりと吐き出します。

 

これがワンセットです。

 

 

これを一日に数セット繰り返してください。

 

 

時間帯は別にいつでもいいです。

 

 

『少ししてみようかな。』と思えたときでいいです。

毎日する必要もありません。

 

気がのらないときや呼吸をわざわざするのも面倒くさいときは、休んでいただいてかまいません。

無理をする必要はありません。

 

 

これなら簡単だと思うかもしれませんが、実際にこれをやってみると結構面倒くさいです。

ある程度回数をこなしていかないと効果が出てこないのですが、その効果が出るまでにやめてしまう人も多いと思います。

 

そしてなにより、なにもしていなくても疲れる状態のあなたは、このただの深呼吸にさえ疲れてしまいます。

 

 

ほんとね、『自分でも一体どうしてしまったんだ?』、『もうすぐ俺死んでしまうんじゃ・・・』と感じるくらい体力が低下しています。

 

 

だから自分にできることから少しずつしていきましょう。

 

 

いきなり身体を動かすことはしなくていいです。

歩くのはトイレに行くのと浴室に行くだけで十分です。

 

散歩なんて重労働をする必要もありません。

 

 

そう、今のあなたには散歩すら重労働なんです。

ジョギングとかならともかく散歩が重労働なんて、ほんと常識的に考えられないですよね。

 

それほどあなたは疲労がたまっているんです。

 

それほどあなたは無理をしてきたんです。

 

 

だからできることから始めましょう。

 

 

それが深呼吸です。

 

 

体力をつけるためにジムに行くなんてバカなことをしてはいけません。行くなら全開になってから思う存分行ってください。

散歩をして外の空気にあたり、景色を楽しもうなんてことをしてはいけません。たかが散歩と思われるかもしれませんが、散歩って意外と体力を使います。

 

あなたはヨボヨボのお爺さんです。

あなたはシワシワのお婆さんです。

 

ある程度の期間はそう思って生活してください。

 

 

一人でできて当たり前という概念を消し去ってください。

 

できなくて当然とくらいに思ってください。

 

 

大げさで遠回りをしていると感じるかもしれませんが、これが一番の近道だと思います。

 

何をしても疲れるのなら、何もしないでいましょう。

何もしないでも疲れるのなら、何も考えないようにしましょう。

 

 

簡単そうに書きましたが、これ、めちゃくちゃ難しいですよ?

 

でも、ここまでがんばってきたあなたならきっと、乗り越えられると思います。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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自分が悪いことをした、責められている気がするのは何故?答えは・・・

皆さんは特に悪いことをしたわけでもないのに、自分が悪いことをしてしまったような気がすることってありますか?

相手は別に責めているわけでもないとわかっているのに、すごく責められているように感じたことってありますか?

 

これって大変なんですよね。




何気ない日常が変化してしまいます。

自分の居場所がなく安心感が得られません。

 

そしてそんな弱い自分にダメ人間というレッテルを自分で貼ってしまいます。

 

 

その後は下降一直線です。

 

 

居場所がなくて不安でビクビクする。

ビクビクするから相手もイラついて、必要以上に攻撃的な態度になってしまう。

怒られるから自信がなくなり、誰も自分のことなんか必要じゃないんだと感じてしまう。

 

自分の殻にとじこもってしまう。

被害妄想もどんどん強くなります。

周囲との温度差もどんどん広がっていきます。

 

 

自分さえ普通に受けとることができて反応することができたらいいのに、それができなくてますます周りに迷惑をかけていると感じてしまいます。

 

 

特に何も言われていないのに、自分はここにいたらいけない気がする。

周りに人がいるだけで疲れてしまうようになるんです。

 

まあ、ただの考えすぎなんですけどね。

 

 

あなたがいるだけで周りに迷惑がかかることなんて、ほとんどないです。

あきらかに邪魔者扱いしてくる人がいる場合は別ですが、それはあなたに問題があるわけじゃありません。

 

 

人間を邪魔者扱いする相手に問題があります。

 

 

だけどそのことになかなか気づけません。

気づいてしまったら、なんでも人のせいにする自分がすごく身勝手な人間になってしまいそうで、気づかないふりをします。

 

 

そして自分を責めます。

 

 

邪魔者扱いしてくる人って、その人が思っている以上に冷たい言葉を投げつけてきます。

目線が人を殺せそうなほど鋭くなっています。

目線の鋭さは獲物を狙うゴルゴ13にも負けません。

 

というか、普通に勝ってます。

 

人間ってこんな冷たい目ができるのかと思うほど、恐ろしい目で射貫かれます。

 

 

あなたはそんな人をかばって自分を傷つけているんですよ?

 

 

邪魔者扱いしてくる人には遠慮することはありません。

もう少し態度で示してやりましょう。

 

少なくとも『いつも自分が悪いんだ。』と思い込んでしまうほど、遠慮はしなくていいです。



問題なのは、周りはいい人たちばかりであなたにも優しく接してくれる場合です。

 

そんな本来なら過ごしやすい環境の中にいるにも関わらず、『僕が悪いことしている。』、『私はこの中にいたらいけない。』と思ってしまう場合です。

いい雰囲気だからなじめて当然で、もっと甘えられる環境のはずなのに、『居心地が悪い。』と感じてしまう場合です。

 

そんなこと思うことがあるのかと思う人も多いと思いますが、そんなことになってしまうこともあるんです。

 

 

それはね、

 

『こんなにいい人たちに囲まれているのに、俺は迷惑ばかりかけている。』、『こんなに自分のことを受け入れてくれそうな人がいるのに、そんな人に対しても私は本性を出せないのか!』

 

といった罪悪感です。

 

 

『いい人たちに囲まれているんだから、自分は居心地がいいと、幸せだと感じなくてはいけない。』と思っているんです。

けど、それを感じられないから自分はダメだと思ってしまうんです。

 

 

ほんと、面倒くさい人ですよね。

 

そんな面倒くさい人たちにはっきりと言っときます。

 

 

いい人たちに囲まれていても、居心地が悪いと感じていいんです!!

 

 

あなたの自由です!!

 

 

失礼でもなんでもありません。

 

 

自分が悪いことをしている気がしてしまうと、すごく気疲れしてしまいます。

仮にあなたの思い込みであったとしても、自分が責められていると感じるような雰囲気の中で過ごすのは、体力と精神力をものすごく消費します。

 

居心地が悪く疲れやすい。

おまけに体力の回復も遅いです。

そして身体能力の低下に伴い心も弱っていきます。

 

 

これの厄介なところは、この状態に慣れてしまうとどこへ行っても発症します。

 

 

場所を変えたからといって治らなくなってしまうんです。

既にあなたの習慣になってしまっているんですね。

 

 

これを解決する方法は、

 

 

『私はなにも悪くない!誰からも責められていない!仮に責めてくる人がいたとしても、その人が悪い!!』と開き直ることです。

 

まあ実際、なにもしてないのにあなたが悪いなんてことありません。

開き直りというか、ただの自意識過剰をやめるだけです。

 

 

あなたは優しい人ですね。

 

 

普通なら『いい人たちに囲まれているのに、居心地が悪い。自分はなんてひどい人間なんだ!』なんて面倒くさいこと考えもしません。

もっと自分の感覚を信じたらいいと思います。

 

いい人たちに囲まれていても居心地が悪ければ、離れればいいんです。

悪い人たちに囲まれて落ち着くのなら、そのグループに入っていいんです。

 

小難しく考える必要はありません。

あなたの直感、インスピレーションに従えばいいんです。

 

いい人たちに囲まれていたら笑顔にならなくちゃいけないなんてことありません。

悪い人たちに囲まれたら笑顔になっちゃいけないなんてことありません。

 

 

どういう風に感じようがあなたの自由ですし、そのことで他人がとやかく言う権利なんてありません。

 

 

あなたが実際に何か悪いことをしているのなら責められることもあるかもしれませんが、あなたは何も悪いことをしていないんでしょう?

悪いことをしている気がするだけでしょう?

 

なら堂々としていたらいいんです。

 

そこまで他人のことを気遣っていたら疲れてしまいますよ?

他の誰でもないあなたの人生なんです。

 

主導権はあなたが持っていていいと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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皆さんは心の強さ、メンタルに自信はありますか?

 

人よりも優れていて完全な自信から来るメンタルの強さもありますが、これはそれ以上の脅威があらわれたときに簡単に折れてしまうことがあります。

そのときはプライドもズタズタになって、簡単には立ち直れないほどの大きな挫折になって。




完全な自信から来るメンタルの強さにはボーダーラインがあります。

一定値以下には絶対に負けないメンタルがありますが、その一定値を超えてくる脅威には弱いです。

 

エリートですね。

 

きれいに咲く花です。

 

一定以上の力を加えられると茎がポキッと折れてしまいます。

小さい刺激にはビクともしないほど頑丈なんですが、大きな刺激には脆い性質があります。

 

 

そしてわかりにくいのですが、もう一つ強いメンタルがあります。

 

これは今の皆さんの状態ではないかと思います。

 

 

そう、雑草魂です。

 

 

エリートではなく能力的には劣っている、きれいな花と比べたら誰にも注目されずに踏み潰される雑草です。

自信なんて爽やかなメンタルではありません。

むしろどちらかというと黒いメンタルかもしれません。

 

 

それが負けん気です。

 

 

一定以上の力で踏まれても、ポキッと折れることなく、また上に昇ろうとがんばります。

自分に自信がない人や劣等感の強い人が多く持っている感情です。

 

他の部分では劣っている、負けているのだから、絶対に心だけは負けたらいけない。精神力はエリートや天才どもに絶対に劣ってはいけないんです。

 

そこだけが唯一自分が勝っているところなんです。

 

逆に言うとそこでも負けてしまったらあなたに価値はないんです。

他のところで負けているのに、心でも負けていたら話になりません。

ですからそこで絶対に勝つ必要が出てきます。

 

 

心で勝ってやっと勝負の舞台に立てるんです。

 

 

でもね、この負けん気の強さが命取りになるときもあるんです。

 

それは心で勝っていても、そもそも実力さ自体がありすぎる相手です。

 

 

マラソンで考えてみましょうか。

あるときオリンピック金メダリストと、陸上部の長距離走の高校生が勝負をすることになりました。

その高校生が10年に1人のすごい人だったら別ですが、ハンデなどもない同じ条件で戦えば、まず100%と言っていいほど高校生が負けるでしょう?

 

その高校生がオリンピックの金メダリストと走れたことを記念にして、大差で負けたとしても、スタートしてすぐに相手が見えなくなっても喜べる性格だったらいいんですが、なかにはこういう人もいます。

 

『誰も俺が勝つなんて思ってない。むかつく。一波乱起こしてやる!!』

 

負けん気丸出し全開の人です。

 

 

僕もスイッチは奥にあるんですが、一度スイッチが入ってしまうと、負けたくないという思いがめちゃくちゃ出てきます。

多分人一倍負けず嫌いな性格です。

知人からは「すごくおっとりしていて競争ごとには無縁そうね。」と言われるのですが、親しい人からは「お前って、その外見の癖にめちゃくちゃ負けず嫌いだよな、実は。火がついたらギャップがありすぎる。」とよく言われます。




・・・
話を戻しますが、オリンピック金メダリストと陸上部の高校生。能力差はあきらかです。

 

でも高校生の子が本気で『勝ちたい!』と思ったらどうすればいいでしょう??

 

 

そう、心です。

 

 

心技体の技と体で負けているのなら心で勝つしかありません。

根性論です。

 

 

心を燃やすしか勝つ方法はありません。

 

 

金メダリストのペースが速くても必死でくらいついていきます。

技と体は悲鳴をあげていても、それは心で補います。

技と体が限界近くになればなるほど、心をメラメラと燃やします。

 

 

格上の相手に本気で勝とうとしたら、心で負けてしまったら話にならないんです。

 

 

そしてここが心の良さというか悪さというべきか、心は一番実力以上のものを発揮できるものなんです。

技と体は急成長はありませんが、心には急成長があります。

長い期間練習する必要はありません。

 

心は火事場の馬鹿力を自分の意思で出すことができます。

限界を超えやすいんです。

だから実力が足りていなければいないほど、僕たちは心に頼ります。

 

技と体で届かなければその分、心を燃やすことで補います。

そして心が強い人ほど、燃やせる心の量は多いんです。

 

スポーツなどでは実力が同じくらいなら心の強い方が勝つとよく言われています。

心は技と体を刺激する加速装置なんです。

悪い言い方をするなら薬を使わないドーピングです。

多少の実力差なら覆すことができます。

 

 

わりと使うことが簡単なので、僕たちは実力が足りなければすぐに心に頼ります。

 

 

でもね、心は無制限に使えるということはないんです。

当然容量というか限度はあります。

 

使いやすいからといっていつも使っていると、いつかはなくなってしまいます。

 

 

なくなった後はね、はっきり言って空っぽです。

 

 

ポカーンと穴があき、何もやる気になれず、何をしてもすぐに疲れてしまいます。

 

心ってね、使いやすさは一番です。

気軽に使えて実力以上のものを発揮します。

 

ですが、当然リスクもあります。

心は回復がなによりも遅いんです。

 

 

技よりも体よりも、ゼロになってしまったら回復に時間がかかります。

 

 

それこそ年数がかかります。

 

一週間で完全回復!!

・・・ありません。

 

一か月休めば完全回復!!

・・・ありません。

 

 

そんな短期間で回復するようなものじゃありません。

 

 

勝つためには、結果を求めるためなら、最後は心に頼らないといけない場面というのも人生には何度かあると思います。

 

だけど燃えすぎないでください。

能力が上がるからといって燃やしすぎないでください。

 

 

心はね、自分が求めているうちは応えてくれます。

 

それこそ残りわずかになってしまっても、勢いを緩めることなく燃え上がります。

 

 

だからこそ注意してください。

 

 

心に頼りすぎてしまうと、あなたが思っている以上に代償が大きくなるかもしれませんよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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無駄な努力で時間を捨てた。努力が全て水の泡になってしまった時は?

『無駄な努力をしてしまった。』と思ったことはありますか?

『今までの努力が水の泡だ。』と思ってしまったことってありますか?

『今まで一体なにをやっていたんだろう。』と嘆いてしまったことはありますか?

 

これって本当、大変ですよね。

 

今までの人生を無駄にしていたんです。





今までの何百時間、何千時間、何万時間を捨ててしまったのと同じことなんです。

取り返しのつかない時間を過ごしてしまったんです。

 

 

泣き叫ぼうが喚こうが時間は戻りません。

 

 

無駄な努力にしたくがないために、あなたはがんばって、かんばって、がんばったのに、その結果が無駄な努力でした。

時間を捨てました。

他に色んなことができていたはずなのに。

違うことをしていたらある程度の人生を過ごせていたのかもしれないのに。

でもあなたは、無駄な努力に費やしました。

 

 

この世に無駄な努力などないと言う人もいますが、(もしかしたらこのブログでも書いたかもしれませんが。)そんなのきれいごとです。

 

 

この世に無駄な努力はあります。

 

 

無駄な努力というか、やらない方がまだよかったという努力はあります。

複雑なケースなんですけどね。

 

無駄な努力というのは、現実として存在します。

 

 

この無駄な努力になってしまったときが大変なんです。

 

 

だって、あなたが報われようとしてこれまで費やした時間が、そのまま無駄な時間に変身するのですから。

やっても意味がなかった時間、もっというなら時間を無駄に捨ててしまいました。

 

 

時間ってね、人間がいくらがんばっても取り戻せないものなんです。

 

 

どんなに優れた人でも、時間だけは誰にも取り戻せないんです。

普段はそんなに意識してないと思いますが、ある意味絶対に取り返しのつかないことは、この時間なんです。

許す、許されるの問題ではありません。

 

 

過ぎ去った時間は二度と戻ってきません。

 

だけどあなたは、その大切な時間を捨ててしまいました。

 

 

これ、どうしましょう?

 

得るものも確かにあったと思います。

まったくの無駄だったと思っているかもしれませんが、まったくの無駄なら努力などしていないと思います。

 

その当時は報われることを目指して努力しているわけです。

その当時は、それにかけて、得られるものがあったはずなんです。

 

でも今は、そんなのガラクタになってしまったんですよね。

 

 

得るものもあったのかもしれませんが、失ったものが大きすぎます。

 

 

ちょっとお金で例えますが、あなたは500万円を得ようとした代償に、1億円をとられました。

損失9500万円です。

これで『やったー!500万円もらえた!!』とはしゃぐ人はいますか?

 

 

完全なバカですよ?

 

 

でも、周りはあなたにバカになることを求めるんですよね。

 

 

「気にしすぎているから、そんなに落ち込んでいるんだ。もっとポジティブになろう!!」と。

その人が9500万円を立て替えてくれるわけじゃないのに。

 

自分がその立場になったら「ギャー!9500万円損したー!!ふざけるなー!!復讐してやる!!」と大きな声で言うのに。

あなたには『仕方ないことなんだから黙っていろ。』と強制します。

 

 

ほんとね、

無駄な努力だとわからなければどれほど幸せなことか。





努力ができていた頃がしんどくても、どれほど幸せな時間であったかを自覚します。

自分がしていたことが無駄な努力であったとわかったことほど、虚しいことはないかもしれません。

 

 

まさに絶望的です。

 

 

あなたががんばっていた時間が長いほど、あなたが無駄な努力に費やしていた年月が長いほど、ダメージは大きいです。

生きる気力さえなくなってしまう人もいます。

 

無理もないですよね。

 

努力して、一生懸命がんばって、報われるという結果の代わりに、お前がしていたことは時間をただ捨てていただけだと理解させられるんです。

 

 

現在の自分によって、過去の自分が否定されるんです。

 

 

こんなときに「無駄な努力なんかこの世にない!」と言われても、全然頭に入りません。

むしろ『じゃああんたが自分自身で経験してみろ!』と思ってしまいます。

 

 

挫折しそうになったことなんか一度や二度じゃないですよね?

それだけの時間を費やしたのなら必ず、もうやめた方がいいんじゃないかという苦悩を何度も抱えたはずです。

 

 

やめた方がいいこともわかっていたでしょう?

 

 

でも、その度にあなたは信じることを選んだんですよね。

 

 

報われると思って精一杯努力した。

 

報われると信じて全力でがんばった。

 

 

報われなくてもせめて、最低限の結果だけはほしかった。

 

 

なのに、結果は時間を無駄にしていただけという最悪の結末。

 

 

もっと早くにあきらめるのが利口だったんでしょうね。

もっと前に気づくチャンスはいくらでもありました。

それでも、最後まであきらめないという選択をしました。

 

バカですね。

 

賢くなれなかったから、こんな地獄に来てしまったんですよ。

そして得られたものが自分がバカだという証明だけ。

 

ほんとバカですよね。

 

多くの人がバカをやっていると途中で気づくのに、あなたは気づけなかった。気づきたくなかった。

 

バカが勝つと証明したかった。

 

 

だけど結果は『自分はバカだった。』という証明です。

 

ほんと、なにやってたんでしょうね。

ほんと、どうしてそんなバカをやっていたんでしょうね。

 

たしかに無駄な努力ではなかったかもしれません。自分がバカだということがわかったのですから。

・・・
・・・
そんなのわかりたくもなかったですけどね。

 

 

とりあえず今は、ゆっくりと休みませんか?

 

 

なるべく頭を空っぽにして。

 

あなたは今、自分が思っている以上に疲れていると思います。

あなたは今、自分が思っている以上に世界を恨んでいると思います。

 

ボーっとしましょう。

考えすぎては悪い方向に進んでしまいます。

 

 

無駄な努力をしてしまったあなた、いくら嘆いても時間は戻りません。

 

 

時間を費やしたほど、真剣だったほど、ダメージは大きいです。

立ち直るまでには時間がかかると思います。

 

ですが、そこまでがんばることができたあなたです。

あなたなら無駄な努力をバネにして強く成長できるはずです。

 

ただ、焦らないでくださいね。

ゆっくりといきましょう。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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主従関係のある恋愛は続かない!対等に見てくれない傲慢な相手には?

主従関係のある恋愛ってしたことはありますか?

僕自身は恋愛って対等なものだと思っているのですが、この主従関係のある恋愛になってしまうと大変なんですよね。

 

一方が主人で、もう一方が従者です。

対等な関係ではありません。




この恋愛の主従関係なんですが、相手のことをより好きな方が従者の立場になってしまいます。

あまり好きでない相手の方が恋愛の主導権を握ってしまいます。

 

 

この対等じゃない関係って、恋愛ではかなり致命的なんですよね。

 

 

だって、好きな相手には自分のことを対等な存在としてみてほしいから。

お付きの人ではいたくないんです。

 

自分の方が相手より低いと納得できていたのならまだいいのですが、相手の方から勝手にあなたの方が下だと見下されていることもあります。

 

 

こうなると危険です。

 

 

相手には『付き合ってやってあげているんだから。』、『あなたみたいな人は他に誰からも相手にされないんだから。』、という勘違いをさせてしまいます。

 

『わたしの方があなたよりレベルははるかに上なんだけど、仕方がないからあなた程度の相手と付き合ってあげているんだ。』となってしまいます。

これが増長すると『あなたごときのレベルでは本来、わたしと付き合うことさえ許されない存在なんだから、わたしが付き合ってあげていることに感謝して!』となってしまいます。

 

 

ものすごく傲慢です。

 

 

一体何様なんですかね?

 

 

でも相手はそれが傲慢なことだとは思いません。

 

事実なんだから。

当たり前のことなんだから。

 

対等な関係ではないので、力関係も違います。

わかりやすくいうなら上司と部下ですね。

 

部下は基本、上司の言うことに従わないといけません。

「この仕事をやってくれ。」と頼まれたら、「嫌だよ。面倒くさい。あんたが自分でやれよ。」とは言えません。

あなたは「はい。わかりました。」と答えます。

 

 

断る選択肢はあなたにはありません。

 

 

それがかなり難しいことでも、無理をしてでもあなたは従います。

 

それでできたとしても相手は特に何も思いません。やってもらって当然のことなんだからありがとうという気持ちもありません。感謝の気持ちすら出てきません。

それでできなかったら相手は怒りをあらわにします。「どうしてできないんだ!」、「どうしてしてくれないんだ!」、「わたしはあなたなんかと付き合ってあげているんだから、これぐらいのことしてくれて当然だろ?」、「そんなにひどいこと望んでる?」となります。

 

 

もうね、同じ土台に立っていないんですよね。

 

 

相手にとってはやって当たり前。それがあなたの存在意義。してくれなかったら自分のことをぞんざいに扱っている。あなたごときが。

あなたにとってはどうしてこんなことやらないといけないんだ。一生懸命やっても感謝もない。失敗しようものならまるで親の仇のように大激怒してきます。

 

 

全然立場が違います。

 

だけどその立場の違いを考えることができません。





相手も麻痺していますし、あなたも麻痺をしていきます。

あまりにも自分と相手の立場が違うから、相手の本当の気持ちをお互いに理解できません。

 

『どうしてしてくれないんだ!』、『どうしてしないといけないんだ!』、お互い相手に正反対のことを望みます。

 

 

お互いに不満が溜まってしまいます。

 

 

ここで別れることができたらいいんですけどね。

悲しいお別れですが、お互いに未来に進むことができます。

 

別れる選択をしないときは、あなたはさらにつらい想いをするかもしれません。

そうなると相手は『あなたなんかのためにこんなに我慢してあげているのに。それなのにどうしてあなたは何もしてくれないの?』とさらに傲慢になります。

 

 

恋愛の主導権は相手が握っているので、その傲慢な考えを我慢しません。我慢している状態が苦しいから、あなたに言葉で、態度で、思いっきりぶつけてきます。

 

あなたはあなたで『こんなにしてあげているのに何が不満なんだ?ここまでしてあげられるのはわたしぐらいしかいないのに!』となってしまいます。

だけどあなたは恋愛の主導権を握っていません。そんなことを我慢せずに言ってしまったら、相手は鬼の形相で怒ってきます。家来が逆らってきたんです。そんなことを許せるわけがありません。徹底的にあなたを叩き潰します。

 

 

主従関係のある恋愛はお互いに相手に求めます。

 

 

相手はわがままをきいてほしいですし、あなたは相手にお礼を言ってほしいんです。

 

 

お互いに求める状態になり、与える状態がなくなっていきます。

 

 

与える状態が少なくなるから『思いやりがない。』、『わたしのことが好きじゃないんだ。』となってしまいます。

 

その想いを否定したくてお互い、相手にさらに求めます。

 

 

理想と現実の差はますます大きくなり、しんどい恋愛になってしまいます。

 

主従関係のある恋愛は長く続きません。

 

 

ですが、主従関係になってしまう前の交際期間が長いと、愛着や依存ができ別れることに躊躇してしまいます。

『しんどいけど、なんとかして続けたい。』と思ってしまいます。

その方法にあなたは我慢という手段を使っているのかもしれませんね。

 

 

その方法は間違いです。

 

 

あなたが我慢をすれば解決するものではありません。

 

 

一度徹底的に話し合ってみてください。

怖いかもしれませんが、現実と向き合ってください。

 

我慢は先延ばしでしかありません。

あなたと相手が、より重症になるだけです。

 

理解してくれないかもしれません。

別れないといけないことがわかってしまうかもしれません。

 

 

でも、あなたが倒れて自然消滅よりは、話し合いという手段を選んでみませんか?

それを避けてはスッキリしない終わり方になってしまうかもしれませんよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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皆さんは『自分が憎くて憎くて許せない!!』と思ったことはありますか?

これって大変なんですよね。

 

ことあるごとに『どうしてわたしは!』、『なんで僕はいつも!』と自分を責めてしまうようになります。

その回数が増えていくと、ますます自分を憎むようになってしまいます。

これがエスカレートすると、自分が生きていることすら許せなくなってしまいます。



自分が憎くて許せないと思っている人は、あなたが思っている以上に重症です。

 

このままではあなたは生きる意味を失い、ただ消化するだけの人生になってしまうかもしれません。

あるいは憎しみが強くなりすぎて世界に恨みを持ち、殺人や自殺といったところまでいってしまうかもしれません。

 

 

自分ならできるはずだったのに、怠けてしまって、最悪の結果になってしまった。

 

 

『自分がもっとがんばっていれば、こんな結果にならなかったのに、どうしてもっとがんばらなかったんだ!』

なんとかしようとがんばっているのに、望む結果までの距離が遠すぎる。

『どうして自分はこんなこともできないんだ!みんな当たり前のようにやってるのに!』

 

 

自分を憎むようになるときって、結果が最悪で後悔したとき、がんばっているのに結果がついてこないときです。

 

自分の期待に自分が応えられないときです。

 

自分の不甲斐なさを実感したときです。

 

 

人間ってね、なんでもかんでもできるようにはできていません。

 

 

一人一人に得意不得意があり、そもそも人間の性能自体にも限界があります。

そう考えると人間て、できることよりもできないことの方が多いのかもしれませんね。

 

そこを『まあ、仕方ないやー。』で終われたらいいのですが、『仕方ないやー。』で終われないケースにぶち当たってしまう人もいるんです。

元々の性格が完璧主義者であったり、人一倍プライドが高かったり、絶対に認めてしまったら許されないケースであったりと、原因は様々です。

 

けどね、共通して言えることは、

 

自分を憎むようになってしまったら、生きていくことが苦しくなります。

 

 

つらいのに、我慢して生きていかないといけないような状態になります。

毎日『死にたい。』と思いながら無理をして生きていくことになります。

 

 

そんな人生なんか楽しくないですよね?

 

どうせなら楽しく生きたいですよね?

 

 

人生をものすごく楽しそうに過ごしている人を見たら腹が立ちませんか?

 

『自分はこんなに苦しいのに!』って。

 

自分を憎んで、恨んで、失望して、それでも生きないといけなくて。

こんな人生になってしまったら、人生損をしてしまいます。

 

 

こうならないためには、

 

自分への期待値を落としてみましょう。

 

自分へのハードルを下げてみましょう。

 

 

自分を憎むようになっているのは、自分ががんばればできるはずだと思っているからです。

 

 

それなのに、結果はついてこない。

『結果がついてこないのは自分ががんばっていないからだ。』

『自分のがんばりが足りないから結果がついてこないんだ。』

こんなことを思っているからです。

 

 

自分のがんばりが足りなくて、本当はもっとがんばれるのに、がんばれば結果を出せるのに、それなのに、それを自分がしないから憎いんです。





ここではっきりと言います。

 

あなたのこの考え方は、勘違いです。

 

 

ひどい言葉で言いますが、

 

単なるあなたの思い上がりにすぎません。

 

 

あなたがいくらがんばっても、あなたの望む結果にはなりません。

あなたには力がありません。

 

 

あなたはね、想いが人一倍強いのだと思います。

その想いと実際の能力の差で、あなたはいま苦しんでいるんです。

 

 

よーく思い出して下さい。当時を。

 

あなたは、本当に、がんばっていませんでしたか?

 

 

あなたにはまだ、余力が残っていましたか?

本当は余力なんて残らないほどがんばっていたのではないですか?

 

 

よーく考え直してみてください。現在を。

 

あなたは、本当に、今がんばっていませんか?

 

 

あなたにはまだ、余力が残っていますか?

まだ余力が残っていると言い聞かせているだけで、余力なんてとっくに空っぽじゃないですか?

 

 

答えを言いますね。

 

あなたは当時、がんばっていました。

余力なんて残らないほどに。

 

あなたは現在、がんばっています。

余力なんて空っぽなのに。

 

 

そうじゃないと、自分をここまで憎めません。

 

 

がんばっていなかったから、自分を恨んでいるんじゃありません。

がんばっていないから、自分を許せないんじゃありません。

 

全力でがんばったけど、限界まで、いえ、限界以上に自分の力を発揮したけど、それでも結果が出なかったから憎んでいるんです。

全力でがんばっているけど、限界まで超えて力を出そうとしているけど、それでも結果が出ないから憎んでいるんです。

 

 

自分を。

 

あなたは、責任感の強い完璧主義者です。

 

 

普通ならね、ここまでがんばっても報われなかったのなら、原因を世界に求めてもいいと思うんですよ。

『世の中不公平だ!』、『こんな世界なんて大嫌いだ!』、『こんな理不尽認められるか!』と世界を憎んでもいいと思うんです。

 

そこまでがんばったのだから。

 

そこまでがんばっているのだから。

 

 

でも、あなたは、それができない人なんですね。

 

 

世界のことを優しい世界だと信じているから、自分に憎しみがいくんです。

世界に向けて発散できないから、自分の中でため込むんです。

 

それがどんなに苦しいことであっても。

もう許容量なんて超えていても。

 

 

まずはね、あなたが責任感の強い完璧主義者だということを認めてあげましょう。

 

 

案外ね、このことに気づいてない人も多いんです。

普段の日常は無責任に生きていて、完璧主義者とは無縁のズボラな生活をしている人も多いから。

 

自分が責任感の強い完璧主義者だと気づいてないから自分を責める量も多いんです。

 

自覚してない人は一点突破型の完璧主義者なのかもしれません。

他のことはどうでもいいけど、このことだけは絶対に譲ることができないという芯を持っている人です。

グラフにすると他の部分の数値は20前後なのに、そこの部分の数値だけは100あるんです。

そこへのこだわりは異常に強いんです。

自分を憎むようになったのは、その数値の部分をおかされているからかもしれません。

 

自分を憎むようになってしまったら、すごく苦しいですよね。

ことあるごとに頭に浮かんで消そうと思ってもなかなか消せない。

不快な想いだけがたまっていきます。

 

 

そしてそんな不快な感情をわたしにさせる自分が嫌いになります。

 

 

人間なんです。できないことなんて山のようにあります。

生きているんです。受け入れられないことに遭ってしまうかもしれません。

 

 

それでも、

自分を憎むのはやめましょう。

 

 

自分を憎んだところで苦しむだけです。状況は変わりません。

自分を憎んだところでしんどいだけです。あなたがヘトヘトになってしまいます。

 

急に自分を憎むことをやめるのは無理だと思いますが、少しだけそれを意識して生活していきませんか?

それだけでも精神的な負担はかなり違いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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