自分が情けなくなるのは頑張っている証拠!恥ずかしいことじゃない!

皆さんは自分が情けなくなることってありますか?

 

僕はめちゃくちゃ多いんですよね。自分が情けなくて仕方ないってときが。

自分が情けなくて憎いと思うときがよくあります。

 

自分が情けなくなるときってどうしてそうなるのかわかりますか?



自分に期待していたからです。

 

 

そしてその期待に自分が応えられなかったからです。

 

 

『自分ならできる!』と思っていたことがうまくできなかった。

 

『これぐらいなら簡単だ。』と思っていたことにつまずいた。

 

『これなら僕でもなんとかできるだろう。』と思っていたことさえできなかった。

 

 

自分の期待を自分が見事に裏切ってくれたときに自分のことが情けなくなります。

 

 

ようは自信過剰の人が身の丈に合わないことをして勝手に落ち込むんです。

恥ずかしいやつです。

 

 

でもね、あなたは責任を他人に押し付けない自分に厳しい人なんですね。

 

 

そして負けず嫌いなのではないですか?

 

 

情けないという気持ちってすごくモヤモヤしますよね。なんと表現したらいいかわからないくらいしんどい気持ちになります。

 

説明するのも難しい気持ちですが、情けないという気持ちに一番近いのは悔しさじゃないですか?

 

 

あなたはできなくて悔しいんですよ?

 

 

自分が思っていた以上にできない人間で悔しいんです。

 

 

『自分は万能だ!』と思っていたのに、そうじゃなかったから悔しいんです。

 

『人並みにできればいい。』と思っていたのに、人並み以下で悔しいんです。

 

『せめてこれだけは!』と思っていたのに、それすらできなくて悔しいんです。

 

 

情けなくなるということは、もっといい自分でありたいという欲望の裏返しなんです。

 

 

つまりは向上心があるということなんです。

 

 

とはいえ、自分のことを情けなく思っているときにそんなことまで考える余裕はありません。

 

『なんでこんなにも俺は・・・』と情けなくなって落ち込んでいるときに、『これは向上心がある前向きな性格だから情けないと思っているんだな。えらいぞ!』なんて思えるわけがありません。

 

情けないときは泣きたくなるのを我慢するので精一杯です。

 

自分をほめる場所からは対局の位置にいます。

 

 

だからこそ悲しいんです。

 

 

自分をほめてあげることができないから。

 

本当は自分をほめてあげたいのに、ほめる部分が見えなくなってしまっているから。

 

スパルタ監督になってできていないところにばかり目を向けてしまうから。

 

ほめたいのに欠点ばかりに目がいってしまうんです。

 

ここまで書いたらわかるかと思いますが・・・



あなたは本当は自分が大好きなんです。

 

 

自分が大好きなのにそれを認めることができず、自分をののしってばかりいるんです。

 

好きな人から責められたら誰だってすごく落ち込みます。好きな人から責められて落ち込まない人間なんていません。

 

他人に対しては甘やかすして優しいのに、自分に対しては厳しくてとことん責めるんです。

 

あなたの心はすごく不器用なんですね。

 

 

【自分のことを情けなく思うのは自分の期待にあなたが応えられなかったからです。】と書きましたが・・・

 

 

人間ね、好きでもない人間に期待なんかしません。

 

 

期待なんかしないし、仮に期待してそれを裏切られたとしてもがっかりなんかしません。

 

期待をしてしまうし、期待に応えてくれなくてがっかりしてしまうのは好きな人に対してなんです。

 

 

あなたは本当は自分が大好きなんです。

 

 

もちろんいい意味での大好きです。自己愛の塊ということではありません。

 

自分が大好きすぎて他人のことが好きになれない人とは違います。

 

 

自分が大好きで、それと同じくらいかもしくはそれ以上に他人を大好きになれる人なんです。

 

 

他人を大好きになれる人だから他人の期待に応えたくなるし、他人の意見を尊重もします。

 

人が困っていたら助けたくなるし、助けないことに罪を感じます。

 

 

他人が大好きだからこそ、あなたは自分が万能であることを求める機会が増えるんです。

 

 

自分が大好きなだけなら万能であることなんて求めません。無能である自分そのものを好きなままでいられます。

 

他人も大好きだから、それに応えるためには無能のままではいけないんです。

 

だから大好きな自分にムチを打ってでも鬼軍曹になり、万能であることを求めてしまいます。

 

自分が情けなくなることが多いのは、それだけ自分に求めているものが大きいということなんです。

 

 

自分のことを情けなく思うことは決して情けないことではありません。

 

 

ただ自分に求めているものが大きいと、それだけに要求に応えていくのが難しくなるのも事実です。

 

自分自身のプレッシャーに押し潰されそうになりながら生活していかないといけないようになってしまう可能性もあります。

 

 

『自分が情けない。』という気持ちは、自分が無能であることを許せないときに出現します。

 

すごく大きな気持ちなのでこれが現れると精神がすごく疲れてしまいます。

 

その機会が他人が大好きなあなたは人一倍多いのかもしれません。

 

 

もう少しだけできない自分を認めてあげてはいかがですか?

 

人間出来ることなんて限られています。

 

あなたは万能でもなければなんでもできる人間ではありません。

 

そのことをどうか許していただけたらと思います。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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これ以上今の状況で生活を続けていたら自分が壊れてしまうとわかる。

本当に真剣に自殺を考えるようになり、または実行し、それでも生き残ってしまったような状態になってしまったことはありませんか?




これね、あきらめることができない心がそうさせているんです。

 

 

強い心、強すぎる心を持っているからなんです。

 

 

この言葉を聞くとほとんどの人が疑問を持ちます。

 

 

「自分の心が弱かったからこんな病気になってしまったんだ。」

 

「自分は心が弱かったから自殺をしてしまったんだ。そして不様にも生き残ってしまった。」

 

「もっと自分の心が強かったらこんなことにはならなかったんだ。」

 

 

こういった言葉を返されるのがほとんどです。

 

 

人生を一度はあきらめかけてしまった心を弱いと思い、自己嫌悪が大きくなります。

 

病気になってしまったことや自殺未遂をしてしまったこと、後遺症が残ってしまいさらに状況が悪化してしまったことなど、『すべては自分の心が弱かったのが原因だ。』と自分を責め続けます。

 

 

でもね、これって本当にそうなんでしょうか?

 

 

病気になったから弱い心?

 

自殺を考えているから弱い心?

 

自殺を実行したから弱い心?

 

 

たしかにね、世間一般の割合でいくと少数派になります。

 

ストレス社会でそういうことになる人が増えてきたと言っても、50%に達しません。

 

割合の数字だけを見るとあなたは半分以下の人間に分類されます。

 

 

でも、本当にあなたの心は弱いのでしょうか?

 

 

本当にこういうこととはまったく縁もなく生きている人もたくさんいます。

 

悩みとは無縁で毎日が充実して楽しい生活をしている人がいます。

 

ストレスに頭を悩まされながらそれでもそういうことになることはなく、毎日を一生懸命がんばっている人もいます。

 

生活になんの刺激もなく、もはや惰性で生きているだけの人もいます。

 

それでもあなたみたいに心の病気にかかることもなく、『自殺をしたい。』と実行することもなく生きている人が半数以上なんです。

 

 

あなたもそれは知っているんですよね。

 

 

というか、それを知っているからこそ、『自分の心が弱い。』と思っているんですからね。

 

 

『普通に皆がやっていることが自分はできなかった。』

 

『できなかったのは自分の心が弱かったからだ。』

 

『人並みの強さがあったらこんなにつらい状態になっていないはずだ。』

 

『もっと強い心が自分にあれば、こんな状態になっているはずがない!!』

 

 

これって実はあなたが勘違いしているのかもしれませんよ?





できなかったから弱い心と思っているのかもしれませんが、あなただからこそあきらめずにそこまでがんばれたのかもしれません。

 

普通の人だったらつらさにここまで耐えきれず、あっさりとあきらめていたかもしれません。

 

あなたの心は本当は弱くなんかなかったのかもしれません。

 

 

あなたは本当は強い心の持ち主かもしれませんよ?

 

 

あきらめることってときには大切です。

あきらめなければ絶対にいい結果がくるというものでもありません。

 

あきらめないことは最初は楽しさもあります。わくわくと挑戦状態で燃えることもあります。

 

それが続くとあきらめないことは日常になります。楽しさを感じなくなります。

 

それでも続けるとあきらめないことは苦しさへと変化していきます。

 

 

その苦しさとあなたはずっとつきあっているのではないですか??

 

 

あきらめられていないから。

 

 

苦しさを十分にわかった上で、それでもあなたは今よりも生きやすくなるようにあきらめていないんです。

 

もがきながらも、泣きながらも、嫉妬しながらも、必死で今よりも上の自分を目指しているんです。

 

 

そんなの弱い心にできるはずがありません。

 

 

弱い心だったのならこんなに苦しい思いをする前にとっくにギブアップしています。

 

弱い心だったとしたらもっと早く自分をあきらめることができて、苦しみから解放されていたはずです。

 

仮にあなたの心が弱い心だったら、そんなにボロボロになるまで闘えていません。軽傷の時点でギブアップをして、そんなにも重傷になっていません。

 

 

強い心だったからここまで耐えられたんです。

 

 

あなたは自分をあきらめることができない強い心を持っています。

 

 

それは自信を持っていいことだと思いますよ?

 

 

けれどあなたの心は少し強すぎるのかもしれません。

 

 

普通の人が立ち上がることができないダメージで立ち上がっているのかもしれません。

 

でもそんなあなたでもさすがに動くことはできません。立ち上がるので精一杯です。

 

あなたは周りの人たちが平然と動いているのを見て、自分だけ心が弱いと思い込んでしまったのかもしれません。

 

周りの平然と動いている人と同じダメージなら、あなたも平然と動けることに気づかずに。

周りの人が弱音を吐いているときでも、あなたなら弱音を吐くことなく普通にこなせるのに。

 

 

あなたは自分のダメージが周りの人と同じだと誤解しているのかもしれません。

 

 

あなたはね、自分が思っているよりもずっと強い心を持っているんです。

 

 

あなたの周りの人はあなたのダメージを知らず「もっとがんばれ!!」、「これくらい我慢しろ!!」、「こんなことぐらいで逃げ出すな!!」などと言うかもしれませんね。

 

でもね、あなたはとっくにそれらをやってきたんです。

それらをやってしまったからこそ、あなたは自分の心が弱いと勘違いしているんですしね。

 

周りを疑ってください。

 

自分を信じてください。

 

あなたの苦しみやつらさはあなた以外の人間にはわからないものなんですよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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皆さんは人に騙されたことはありますか?

 

小さい体験なら誰でもあるかと思います。

いわゆる小さな嘘ってやつですね。この場合は騙されたことに気づかないことも多いです。そもそも気づかないので騙されたとは言えないかもしれないですが。

 

では大きな体験はどうでしょう??




心の底から信頼しきっていた人に騙された体験はあるでしょうか?

 

心が壊れるほどの大きな裏切りを受けたことはありますか?

 

 

この体験があるかないかによって、騙す方と騙される方のどちらがいいかの答えが決まってきます。

 

 

僕の答えは騙す方より騙される方がいいなんて嘘ッパチです。

(そもそも騙す騙されるなんて考えたくもないことですが・・・)

 

絶対に騙されるより騙す方がいいです。

 

近寄りたくない人間ですね。

 

 

でもね、ほんとにひどい騙され方、大きな裏切りを受けた人は、誰よりも騙される恐ろしさと怖さを知っています。

 

 

騙すより騙される方がいいなんて、ほんとに信頼しきっていた人から裏切られたことがない人のきれいごとです。

 

それか、元々そこまで人を信用したことがない人か。

 

 

本当に信頼しきっていた人から、悪意を持って騙されていたとわかったときは、人生終わります。

 

 

心なんてボンッと弾け飛びます。壊れます。

 

世界なんて一瞬で暗転します。

 

今まで信じていた価値観が消し飛びます。

 

あなたの現実が一瞬で消えてなくなります。

 

 

もう一度そこから人生をリセットですよ?

 

 

しかも二度と純粋さは取り戻せません。

 

 

疑いや恐怖を完全に払拭することは不可能です。

 

例えは汚いですがぞうきんと同じです。

 

新品の汚れのない真っ白なぞうきんを想像してください。

 

汚れている部分をぞうきんで拭きとります。そのぞうきんを見ると真っ黒になっています。この黒い部分があなたが受けたダメージです。

 

汚れたぞうきんを洗うことにします。(他に手段はなくバケツで水洗いを想像してくださいね。)バケツに入れると水が一気に濁ります。その水でゴシゴシとぞうきんを洗います。

 

洗い終えたぞうきんを広げて見てみます。

 

 

真っ白な状態になっているでしょうか??

 

 

なってないんですよね。

 

色は薄くなっていますが、どうしても黒ずみが残ります。

 

新品の真っ白だった頃のぞうきんには戻れません。

 

 

新品の真っ白だった頃のぞうきんが騙される前のあなた。

 

汚れを拭いた直後の真っ黒なぞうきんが騙されたことがわかった直後のあなた。

 

洗い終えて黒ずみが薄くなったぞうきんが騙されたことを経験とすることができたあなたです。

 

 

本当に「騙す方より騙される方がいい。」、「騙すくらいなら騙された方がマシだ。」なんて言えますか?





僕はどうしてもそう言えません。

 

二十代の頃は僕も騙すより騙される方がいい派でした。でも今ではそれはきれいごとのように思います。

 

騙すより騙される方がいいなんてのは、本当に自分が死にたくなるほど、相手に殺意がわくほど騙されたことがない人が使うきれいごとです。

 

 

できればきれいなままでいたかったですけどね。

 

 

そもそもそこまで信頼してもらっている人を騙せるなんて、罪悪感を感じない詐欺師のようなどこか壊れた人ですしね。

 

でも、そういう人に騙されてしまう人もいます。

 

そういう風にこちらの善意につけこみ騙す人と、この人が騙すわけないと信じる人は絡み合います。

 

 

騙す方からすればいいカモです。

 

 

人を心から信じさせることが一番難しいのに、その一番難しい過程を省略させてくれる人なのですから。

しかもあなたの方から進んで。

 

罪悪感が欠けている人が多いのですが、あまりにもあなたが信用しすぎると張り合いがないと思ってしまうかもしれません。

そこでテストをすることもあります。

 

どこまであなたが自分のことを信じてくれるかを。

あなたの信用を試すんです。

 

本当になめくさっています。

 

そしてあなたは無事そのテストに合格してしまいます。

 

 

そして相手はよけいにあなたのことを楽勝だと思ってしまうんです。

 

 

創作ものでは大抵、こういった人たちには天罰がくだります。それか、騙していることに罪悪感を感じて更正なんてこともあります。

 

でもね、真に騙すことができる人って、そんな感情とは無縁なんです。

 

 

相手を『バカだ笑』と楽しむことができるんです。

 

そして天罰が起こることもなくバチすら当たりません。

 

あなたが絶望している間にその人はあなたのことなんか忘れてしまいます。

 

 

信用していればいるほど、信頼していればいるほど、騙されたとわかったときには強いショックを受けます。

 

なにを信じていいのかわからなくなり、人間不信、対人恐怖になってしまう人もいます。

 

 

騙されたときはね、相手を狂うほど恨んでいいです。

 

周りの人が誰一人信用できなくなってもいいです。

 

 

あなたはそのことを嫌悪しているのかもしれませんが、気持ちを否定しなくていいです。

 

 

あなたは一度殺されているんですよ?

 

前のあなたは裏切られたとわかったときに死んだんです。

 

それほどのことをされたんです。

 

 

裏切られたのに恨みがない人なんていません。それじゃただのロボットです。

 

人間には感情があります。

 

あなたが人間なら恨みの感情を否定しないでください。

 

世の中には実行してはいけないことはありますが、心の中で思ってはいけないことなんてないと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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信頼していたのに裏切られた!心に穴が開いたときは?

信じていたのに浮気、不倫された。ずっと騙されていた。裏切られた。

頑張って生きてきた結果がこれ?周りが羨ましくて妬ましい。

生きているのが辛い。誰か助けて下さい。自分を抑えられない。

気が狂いそうになるほどの理不尽。怒りをコントロールできない時は?

人との交流が怖い!傷つけられるのが嫌!引きこもりになった時は?

知らない方がよかったことを知ってしまった。過去に戻りたい。

屈辱的なことをされた。尊厳を傷つけられた。自尊心を破壊された時は?

何度も浮気をされて、何度も不倫をされて。それでも信じて傷ついて。

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別れたいけど脅されて別れられない。脅してくる恋人と別れるには?

皆さんは恋人と別れたいときに特に問題なく別れることができたでしょうか?

 

別れることって相手によってはすごく難しいときがあるんですよね。

 

その難しい理由の一つとして、相手が脅してくる場合があります。



普通なら信じられないことですが、別れ話を切り出すと別れたくないがために脅してくる人がいます。

 

 

「キミがいないと生きていけない!別れるなら自殺する!」

「家族や会社に不倫関係だったって伝えていいの?こっちは別にかまわないけど?」

「この写真や動画、ネットに簡単にアップできるから。」

「お前の家(実家)の住所も知っているし、会社も知っているし、友人も知っているけど?」

「別に捕まることなんて怖くない。裏切ったら必ず復習する。」

「あのことを警察に言おうか?そしたらあなた捕まると思うけど?」

「交際していたことを黙っていてほしかったらお金を渡せ。」

 

 

常軌を逸していますよね。

 

 

でもこういう姑息な手段を使ってくる人間が一定数社会にはいます。

 

 

『そんなことするわけないだろ。』と思って相手にせず別れて、実際にそうなってしまったケースも少なからずあります。

 

あなたが脅されて別れられないということは、あなたはその人なら本当にやりかねないと思っているんですね。

 

 

そして実際にやるかどうかはこちらにはわかりません。

 

 

あなたの行動ではなく相手の行動になるからです。

 

 

相手が別れたくなくて口から出まかせに言ったことだとしても、何回も発言をすることによって相手のブレーキは壊れていきます。『絶対にやったらいけないこと。』という認識から『別にやってやってもいいこと。』という認識になり、『別れるなら絶対にしてやる!』という認識になってしまうこともあります。

 

何度も発言をすることによって、相手の『やっはいけないこと。』という気持ちが薄らいでいきます。

 

それどころか発言をすることによって言葉が力を持ってしまい、『絶対にやらないといけないこと!』という最初と正反対の認識になってしまうことがあります。

 

 

それに例えごくわずかな可能性であっても、あなたにとってその脅しが致命的なものなら無視できません。

 

 

実行されてしまったらあなたの人生が崩壊してしまうようなものを、実行させるわけにはいかないんです。

 

でもそれをするのは相手次第。相手の気分次第。

 

 

あなたはその万が一の最悪ケースを回避するために、別れたいけど別れられない生活をするようになります。

 

 

あなたは相手のことを怖く思います。

 

そしてこの相手の機嫌を損ねてはいけないことを強く認識します。

 

相手の発言力の強さが増し、あなたはなかなか反論できないようになります。

 

相手のご機嫌とりをする言動が増え、嫌なことでも断るということができなくなり、半分言いなり状態にまでなってしまいます。

 

その状態をいいことにさらに相手の要求がエスカレートすることもあります。

 

もちろんそんな生活は楽しくないし、何よりも疲れます。

 

 

そんな気持ちにさせる相手と別れたいという願望がますます大きくなります。

 

 

でも別れることができません。

 

 

『今、こうしている時点でもバラされているんじゃないか?』、『これで別れてもし自殺されてしまったらわたしは殺したようなもの?わたしのメンタルで関係ないと割り切れる?』、『あそこまで怖い人だとは思わなかった。本当に何をされるかわからない。警察に相談する?でも警察は何か起こらないと動いてくれないって言うし・・・』などなど考えてしまいます。

 

 

どんどん悪いことを考えるようになり、楽観視できなくなってしまいます。





そんなことをさせないための方法は別れないことなんです。

 

我慢をして、自分を殺して、相手との関係を続けることなんです。

 

 

でもね、それは当然疲れます。

 

 

脅してくるような相手と一緒にいるんです。

 

機嫌を損ねたらいつ実行されるかわからない相手と一緒にいるんです。

 

相手の顔を伺い、理不尽な目にあわされても文句も言えず、一緒にいる間は終始相手に従います。

 

 

そんなの疲れないわけがありません。

 

 

脅してくるような相手との時間を楽しめるわけがありません。

 

精神も不安定になります。

 

相手の要求に耐えられなくなったとき、事件を起こしてしまう危険性もあります。

 

 

一度でも人に脅されたことがある人ならわかってもらえると思いますが、脅されるのってものすごく怖いんです。

 

相手が自分と同じ人間に見えなくなります。

 

 

脅されていることは人に相談しにくいんですよね。

 

 

どうして脅されているのかの説明もしないといけないから。

 

どんなひどい目にあなたがあわされているかを伝えないといけないから。

 

脅されている原因となっている秘密を打ち明けないといけなかったり、人には絶対に話したくないひどい目の内容もあるんです。

 

 

脅してくる相手以外に秘密を知っている人間を増やすことになってしまうんです。

 

 

しかも相談相手がそれをネタに脅してくるかもません。

(脅された経験がある人は人間不信になっていることが多いです。)

 

相談したところで有効な手立てもない。

 

 

一人で抱え込んでしまい、心を壊してしまうことも多いです。

 

 

あのね、それでも誰かに相談してみましょう。

 

知り合いが信じられないときは弁護士さんでもいいです。

 

あなたは大事にしたくないと思っているかもしれませんが、それはかなり難しいです。

だって脅してくるのは犯罪です。

 

 

あなたはいま、犯罪行為の犠牲者になっているんですよ?

 

 

ほんとにね、当人同士の話し合いで別れ話はするものだと思いますが、相手があなたを脅してきた時点で話が変わります。

 

絶対に周りにばれないという方法もありません。

 

そこはあなたも覚悟が必要になるところです。

 

 

そんな相手と交際してしまい、本当につらいですね。

 

そんな相手を選んだ自分が情けないし、相手が哀れで仕方ないですね。

 

最後に交際したことを後悔する恋愛、記憶から消し去りたい恋愛になってしまいましたね。

 

 

脅された場合はいつまで従っていても一向に改善しません。

 

 

相手が「これでスッキリしたー!満足したー!!」ということが少ないからです。

どんどん脅してきます。要求も高くなります。

 

あなたと相手の二人ではこの問題は解決しません。

第三者をあなたと相手の中に入れてください。

 

相手と戦う覚悟を決めてください。

 

脅してくるような人間を相手にあなたが心を壊してしまうのは、それはあまりにももったいないことだと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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もうどうすればいいかわからない。人生の分岐点・解決策に迷ったら?

皆さんはもうどうすればいいかわからない状態になってしまったことはありますか?

 

なにか頭を悩ませる問題や選択肢があって、それにどう対処すればいいかわからないときはありませんか?

 

もうどうすればわからない状態になるときって二つのパターンがあると思います。




一つは選択肢がいくつかあってそれのどれかを選ばないといけない。どの選択にもそれぞれ利点と欠点があって、どれが自分にとって最適解なのかわからない。それぞれの選択肢からなる未来を想像し迷ってしまい、悩みこんでしまう。多くの選択肢からたったの一つを選ばないといけない場合。

 

もう一つは解決しなければいけない問題があって、自分の思い浮かぶ選択肢を片っ端から試している。効果があらわれやすいと思うものから次々と全力で行動しているが、問題が全然解決できていない。他の選択肢がもう出てこないようになり、本当に八方塞がりの場合。

 

 

未来への大きな分岐点に将来を考え悩みこんでしまうか、やることはすべてやっているのに現在の解決しないといけない問題への結果がついてこない。

 

 

そんなときに『もうどうすればいいかわからない!』と頭がパニック状態になってしまいます。

 

 

どちらの場合も、いくら考えても答えが出ません。

 

次に自分がどう動くべきかわかりません。

 

 

前に進まないといけないのに自分の進むべき方向が定まらないときに、人は『もうどうすればいいかわからない!』となってしまいます。

 

 

これが続くと『もうどうでもいい。』と思考を放棄するようになってしまいます。

こうなってしまわないようにするのが大事なのですが、人生の迷子状態になってしまう人もたくさんいるんですよね。

 

人生の迷子状態になってしまうとそこで立ち往生をしてしまいます。

立ち往生しているからといって楽になるわけではなく、時間が経過するにつれてプレッシャーが大きくなります。

精神をどんどん削っていきます。

 

悩むことってあなたが思っている以上に心の力を使うんです。

 

 

選択肢が多くて一つにしぼれないケースでは周りの力も借りましょう。

 

 

複数の選択肢で迷っている人は、誰かに相談をしましたか?

 

もし誰にも相談できずに一人で悩んでいるのなら、誰かに相談をしてみてください。

 

それもなるべくたくさんの人に。

他人の意見を聞きまくってください。

 

人生の分岐点で悩んでいるときは、人の数だけ意見があります。

 

同じ選択をあなたに勧めてくる人たちでも、その理由が全員同じということはありません。それぞれの理由があります。

 

相手の答えではなく、その理由にしっかりと耳を傾けてください。

 

きっとあなたが思ってもいなかった意見を言ってくれる人がいるはずです。

 

 

それら多くの人の意見を聞いた上で、最終的にはあなた自身が決断してください。

 

 

『え?それじゃあ人に相談をする意味がないんじゃ?』と思う人もいるかもしれませんが、最終的には他人の意見より自分の意見です。

 

それに一人で悩んでいた頃と比べてあなたの視野は広がっています。

前のあなたでは気づかなかった可能性にも気づくし、賛成意見と反対意見の両方を知ることにより、より客観的な事実に近づけます。

 

一人で悩み込むのと、複数の人に話を聞いてもらって悩むのでは、雲泥の差があります。

 

多くの意見を取り入れて、その上で悩んでみてください。

そこまでくればあなたが選ぶべき道が見えてくるはずです。



やるべきことをやっているのに結果がついてこなくて悩んでいる人は、少し休息が必要です。

 

 

やるべきことをやっているあなたなんですが、休息はとっていないんじゃないですか?

 

 

やるべきことをやっていて『もうどうすればいいかわからない。』となってしまうときは、あなたが疲れすぎているときです。

 

疲れていなければあなたはやるべきことを継続するし、他の方法もさらに模索します。

それすらできない状態になるほど、疲れきってしまっているんです。

 

頭につめ込みすぎるとまともな思考ができなくなります。

いままで一心不乱に行動してきた反動で急激な疲労感が襲ってきているはずです。

 

身体と心が重たいでしょ?

 

 

それでもあなたはまだ休もうとしていないんじゃないですか?

 

 

『休んではダメだ!次にうつらないと!まだ倒れてないし大丈夫!!』と自分を追い込んでいるんじゃないですか?

 

 

仮に少し休んだとしても、次のことばかり考えているんじゃないですか?

 

『何日から行動再開するからそれまでには最低でも3つの案を出しておかないと!』と身体は横になっていたとしても、フル思考をしているんじゃないですか?

 

そして仮にいい案が思い浮かんだらその時点で休むことをやめ、行動に移っているんじゃないですか?

 

 

そんなのは休息とは言いません。

 

 

今は考えることもやめ、自分が楽しいと思うことだけに没頭するべきです。

 

 

とはいえ、それができないほど大きな問題なのかもしれませんね。

 

メリハリをつけられないくらいあなたは不器用なのかもしれませんね。

 

 

どうしてもいい解決方法がない場合は、その問題をポイ捨てしてもいいんですよ?

 

 

あなたはこのままいくと壊れてしまう可能性があります。

 

あなたが壊れてしまう以上に大切な問題以外には、距離をあけてもかまいません。

 

あなたよりもっと早くに投げ出している人もたくさんいます。そしてその人たちの方があなたより充実した時間を過ごせています。

 

逃げることは悪いことと思っているのかもしれませんが、逃げるのは悪いことではありません。

というかあなたくらいがんばっていれば、それは逃げではありません。

 

あなたは逃げ遅れて避難しないといけない状態なのかもしれませんよ?

 

自分を大切にしてくださいね。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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励まされても元気になれない。気休めの言葉はいらない。落ち込むだけ。

皆さんは落ち込んでいるときに他の人から励まされたことはありませんか?

 

落ち込んでいるときに励まされるのはありがたいことですよね。

勇気づけられますし、自分のことを心配してくれていることがわかり心が温かくもなります。

 

でも、そういう風に感じないという体験をしたことはありませんか?




励まされても勇気づけられることはなく元気にもならずに、穏やかな気持ちよりも怒りの気持ちが強く出てきてしまったことはありませんか?

 

励まされても怒りの気持ちが強く出てきてしまったときは、その励ましの言葉が爆弾であった可能性があります。

 

 

いわゆる気休めの言葉です。

 

 

このブログもできる限り気休めの言葉は使わないようにとは思っているのですが、意識せず使っていることもたくさんあると思います。

 

 

「お前ぐらいの年齢の子にはよくある悩みだ。」

「大丈夫!絶対治るよ!」

「わたしもそういうこと経験したから大丈夫だよ。」

「そのうちなんとかなるよー。」

「大丈夫だよ。そんなこと。みんな悩んでいるのは同じだから。」

「そんなに落ち込む必要ないよ。たかが◯◯じゃん!」

「悩んでいるのはあなただけじゃないよ。元気出して!」

「ほら!元気出して!いつまで落ち込むつもり?」

「そんなことでクヨクヨしてどうするんだよー。」

 

 

若干違うのも混じっているかもしれませんが、これらの言葉を言われたときあなたはどう思いましたか?

 

 

少し落ち込んでいたり、少し悩んでいるくらいならその言葉によって救われますよね。

 

励まされて心が少し軽くなります。

 

『みんな僕と同じなんだ!』、『わたしももっとがんばらないと!』、『そうだよな!いつまでも落ち込んでいられないよな!』とやる気も出てきます。

 

ありがとうという感謝の気持ちが湧き、元気も出てきます。

 

 

でもそれが、あなたが本当に悩み苦しみ、つらすぎて落ち込んでいたときだったら?

 

 

励ましの言葉ではなくただの気休めの言葉になってしまいます。

 

 

あなたにとって最も残酷な言葉になってしまいます。

 

あなたにとっても最も無神経な言葉になってしまいます。

 

あなたにとって最も無責任な発言になってしまいます。

 

 

ありがとうという感謝の気持ちなんて出てきません。

 

 

『気休めの言葉なんか言うんじゃねー!』、『どうにかなる?治る?責任もとれないのにそんな言葉を使うな!』、『あんたなんかのつらさとわたしを同じレベルで考えるな!』、『お前に言われるまでもなくこっちは元気を出そうとしてるんだ!それなのにまだ言うか!?これ以上どうやって元気を出せばいいんだよ!』と怒りがこみあげてきます。

 

そんな気休めの言葉を言われても不安なんか解消されないんです。

 

むしろ『わかったようなことを言うな!』という気持ちが出てきます。

 

 

同じ言葉なのに、あなたの状態によってはまったく違う反応になる言葉なんです。




普段なら励まされる言葉でも、あなたが一定以上がんばって疲れていたら、一番イライラする言葉になります。

 

 

気休めの言葉って『そんなの大したことないよ。』と同じ意味になってしまうんです。

 

 

あなたはこんなにも疲れ果てているのに。

 

あなたはこんなにも苦しんでいるのに。

 

 

それを理解してくれずに、わかったようなことを言われるんです。

 

 

本当に爆弾発言です。

 

 

あなたの疲れや苦しみを、より一層大きくしてしまう言葉になってしまいます。

 

 

だって、気休めの言葉を言ってきた相手には、あなたのつらさが理解できていないのだから。

 

むしろ理解から最も遠いところにいるのだから。

 

それで勝手にあなたのことをわかったつもりになって判断をされているのだから。

 

 

勝手に誤解をされて、大したことない認定されて、ひどく弱い人間扱いをされるんです。

 

 

正直たまったものじゃありません。

 

「見当違いもいい加減にしろ!」って言いたくもなります。

 

こっちとしては『ほっといてくれた方がマシだ。』とも思ってしまいます。

 

 

でもね、残念なことに相手に悪気は全然ないんですね。

 

 

相手はあなたを怒らそうとして気休めの言葉を言っていません。

 

あなたを励まそうとしてくれているんです。

 

あなたを元気づけようとしてくれているんです。

 

 

このお互いの認識のズレがお互いにイライラを加速させます。

 

 

あなたは励ましてくれた相手に怒りをぶつけてしまったかもしれないし、相手はせっかく励ましたのに元気にならないあなたの様子を見て憤りを感じるかもしれません。

 

 

でもね、それでいいんだと思いますよ?

 

 

気休めの言葉を言われるのって、本当に苦悩している人からしたら失礼以外のなにものでもないんですよ。

 

そんな失礼なことをされたのだから怒りの気持ちが出てきて当然です。

 

皆さんは八つ当たりをしてしまったと思っているかもしれませんが、別に八つ当たりでもありません。

 

 

あなたのことをよく見ていない人が、あなたの今の状態を把握もせずに、あなたを怒らせてしまう発言をしただけです。

 

 

元気になれなくて当然ですし、怒りが出てくるのも当然です。

 

そんなことを言われたら、より落ち込んでしまうのも無理はありません。

 

 

だからね、気休めの言葉を言われたときのあなたの反応は自然なんです。

 

 

相手に罪悪感を感じる必要もありません。

自分に嫌悪感を感じる必要もありません。

 

優しい人ほどそんな自分に戸惑ってしまうものですが、気にしすぎなくてもいいと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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約束を全然守らない人間、最初から守る気がない人に約束を守らせるには?

皆さんは知り合いの中に約束を守らない人っていませんか?

 

こっちはちゃんと相手との約束を守ろうとするのに、あの人はそんなことを微塵も思っていないんじゃないかと感じてしまうような人間はいませんか?

 

人間って面白いもので、しっかりと約束を守る人(守ろうとする人)、全然約束を守らない人(最初から守る気がない人)にわかれるんですよね。



約束を守らない人って、他人に対してはめちゃくちゃ厳しくないですか?

 

 

僕の知り合いだけの傾向かもしれませんが、約束を守らない人は他人が約束を守れないとめちゃくちゃ責めます。

普段からしっかりと約束を守る人以上に。

 

自分は約束を守らないくせに、他人に対しては鬼の剣幕で怒るんですね。

 

自分のことは棚にあげて待ち合わせ時間から5分遅刻するだけでも許せないんです。(仮に自分はいつもは30分以上遅れてやってくる人であったとしても。)

 

自分は約束を雑にただの挨拶のように扱っているのに、他人に対しては誓約書をもらったかのような扱いになるんです。

 

自分は約束を守らなくても「ごめん。」の一言もないのに、相手に約束を守ってもらえないと「ごめんですむと思ってるのか!?」と「ほんとに悪いと思ってるのか!?」と怒鳴り散らします。

 

 

自分は約束を守らなくてもよくて、他人は約束を守ることが当然と思っているんですね。

 

 

約束を守ってもらわないと自分がなめられていると感じるそうです。

 

ほんと、いい性格してます。

 

 

約束を守らない人って、他人のたった1回が許せないんです。

 

 

その人との約束を100回守っていても、1回でも約束を守れなかったら『この人は約束をやぶる人だ。』、『この人は約束を守ってくれない人だ。』という認識にされてしまいます。

 

反対に自分に対しての認識は甘々で100回中5回でも約束を守ると『わたしは約束を守る人間だ。』と認識するようです。

 

 

ほんとにいい性格してますよね。

 

 

反対に普段から約束をしっかりと守る人は、他人が約束を守らなくてもほとんど責めない気がします。

約束を忘れられていた場合でも鬼のように怒鳴ることはなく、「そんなに気にしなくていいよ。」と笑って許せる人が多い気がします。

 

 

さて、そんないい性格をしている約束を守る気がない人に約束を守ってもらう方法なんですが、、、

 

 

ありません!!

 

 

この人は約束を守らない人だからと認識して、その人とは約束をしないで生活していくのが無難です。

(相手はあなたに約束を強要してくるかもしれませんが、断れるなら断ってください。相手が約束を守る気がないのに、あなただけが約束を守ろうとする必要なんてありません。)

 

最初から約束という言葉の認識が甘い相手に、約束を守ってもらおうと思っても無理です。

 

 

約束を守る気もない相手に約束を守らせる方法なんてありません。




無条件では。

 

 

どうしても相手と約束をする必要があるし、それを守ってほしいと思っているときは【条件】が必要になります。

 

無条件では約束を守ってくれることはないので、条件をつけることで相手の行動をこちらが管理するんです。

 

 

その条件には2つのタイプがあります。

 

 

報酬と罰です。

 

 

「この約束を守ってくれるのなら、あなたにこれだけいいことがあります。」という報酬を相手に伝えるんです。

 

「この約束を守ってくれないのなら、あなたにこんな悪いことが起こります。」という罰を相手に伝えるんです。

 

 

この二つのどちらかを相手にすることによって、約束を守ってもらえる可能性は高くなります。

 

 

「この約束を守ってくれるのならこんないいことがあるけど、もし約束を守ってくれなかったらあんな酷いことが起こるからね。」と、二つを合体させることも可能です。

 

実際二つを合体させた方が約束を守ってくれる可能性は高くなります。

 

 

・・・

・・・

でも約束ってそんなものじゃないですよね?

 

 

これじゃただの交換条件、これじゃただの子どものしつけと同じです。

 

 

約束ってお互いの信頼関係の上で成り立つものだと僕は思うんです。

条件をつけるなんてそれは、信頼関係なんてまるでないと言っているのと同じことです。

約束って言う言葉を使ってはいけないような気がします。

 

だから最初に「約束を守る気がない相手に約束を守らせる方法はない。」と書きました。

守らせる方法はあるけど、それはもう約束と言っていいものじゃない気がします。

約束よりも契約という言葉の方が正しいものになるかもしれません。

 

 

約束をいつも守ってくれない人にどうしても約束を守ってもらいたいときは、条件を付けくわえてください。

 

 

相手にとっての報酬や罰が大きければ大きいほど、約束を守ってくれる可能性は高くなります。

 

報酬とは簡単に言えば「いい子にお留守番していればお菓子を買ってきてあげるよ。」です。

罰とは簡単に言えば「今度のテストで今回みたいな悪い点数をとったら、お父さんに叱ってもらうよ。」です。

 

これを相手の年齢層や性格などによって変えていくだけです。

簡単ですよね。

 

 

これは約束を守ってくれない相手から約束事を持ち掛けられたときにも使えます。

 

 

「約束は守るよ。ただし今回は条件として約束を守ったら○○してもらうよ。」と条件を追加できます。

 

条件は相手ではなくてあなたが自由に作ることができます。

 

一つの条件を追加するだけで約束の重みも増し、相手は約束を守らないことに無条件のときよりも抵抗があります。

 

主導権をあなたが握るわけです。

 

 

個人的には約束とは無条件の上でお互いの信頼関係の元に成り立つと思っているのですが、一方的にこちらが約束を守ってばかりのときや、どうしても約束をしてほしいときなどに、条件を追加するのもありだと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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様々な不安要素を抱えていて、仕事に行くことが怖くなってしまったことはありませんか?

長期間働いていなくて、働きに行くことが怖くなってしまったことはありませんか?

 

働くのが怖くなってしまったら大変なんですよね。




人間大人になると働かないと生活できないんです。

 

養ってくれる人がいたり、パートナーが高給の場合は別ですが、それ以外の人は働かないと生きていけないんです。

 

 

お金がないから。

 

生活を続けられなくなってしまいます。

 

 

働くことが怖くても、働かないと生きていけないんです。

 

 

「働くことが怖い」と一言でいっても色んな種類があります。

 

 

毎日毎日上司や先輩に叱られてばかり。同僚や後輩も完全に自分のことを馬鹿にしているのがわかる。みんながわたしのことをよく思っていないのが態度からわかる。『今日はどんな嫌な目にあうんだろうか?』と朝から不安。

 

長い間心の病気で働いていなかった。もう復帰をしてもいい頃だとお医者さんには言われたけど、せっかく心も落ち着いてきたのに、『また逆戻りするんじゃないか。』と思うと怖い。職場で『前みたいにいじめられたりするんじゃないか?』と不安。

 

長い間身体の病気で入院していた。職場はかなりの肉体労働が必要なところ。『はたしてこの落ちてしまった体力でこなせるのか?』、『職場の人たちの迷惑になるんじゃないか?』と不安。

 

大事な仕事を任されてしまった。あきらかに自分には荷が重い。ちゃんとできる自信がない。『誰か代わってほしい。』、『自分よりも適任者は何人もいるのにどうして自分が選ばれたんだ?』とこの仕事をこなせるか不安。

 

採用されるなんて思いもせずに面接で自分のことをいいようにアピールしすぎた。あのときは「できます!」って答えたけど、本当はそんなことできない。『採用されたもん勝ちだ!初日までにできるようになってればいい!』と思って喜んでいたけど、想像していた以上に難しい。というか、独学では無理。面接でできると言ってしまっただけに、どういう反応をされるのか不安。

 

こういった理由があるかと思います。

 

これらに共通することってなにかわかりますか?

 

 

そう。不安なんです。

 

 

不安だから働くのが怖いんです。

 

働くというリスクをおかすことで、自分にとって災いが降りかかるんじゃないかと不安なんです。

 

なぜ不安なんでしょうか??

 

 

自分に自信がないからです。

 

 

自分にその仕事をしっかりとこなせる自信がないからです。

 

自分にその職場環境の中で適合できるか自信がないからです。

 

 

期待や自信の大きさよりも、心配や恐怖の大きさが勝っているから仕事に行きたくなくなるんです。




あなたは以前に人間関係のトラブルにあったことがあるんじゃないですか?

 

 

あなた一人だけ除け者にされたり、責められたり。人間関係の輪から異分子として扱われたことがあるんじゃないですか?

 

そしてそうなることへの怖さをよく知っている。

 

そうなった場所での居心地の悪さをよく知っている。

 

そうなってしまう原因の一つとして仕事ができないことが考えられるんですよね。

(実際はそれが原因じゃない場合も多いですが、仕事ができないから除け者にされると考えてしまう人もたくさんいます。ただあなたのことがなんとなく気にくわないだけというよりも、明確な理由がほしいのが人間ですしね。『仕事ができないから除け者にされるんだ。』であってほしいんです。)

 

 

仕事ができるできない自体よりも、その結果によって職場で一人だけ仲間外れにされることがすごく怖いんじゃないですか?

 

 

人間は敵にはどこまでも残酷になれます。

 

当人が思っている以上に敵に対してはひどいことを平然としています。

 

しかも酷いことをしたという自覚はまったくなく、悪いのは自分ではなくてそんなことをさせてしまうあなたになるんです。

 

それが集団になるとそれはもう恐ろしいものになります。

 

体験したことがない人が想像している何倍もひどい空間です。

 

 

集団の団結力って時にものすごい力を発揮します。

 

 

10+10=20ではなくて10+10が50にも100にもなります。

 

集団が団結力を発揮したとき、一人ひとりが単体の自分では発揮することができないような力まで引き出します。

 

いい方向に団結力が発揮できたときは、およそ不可能と言われていたものまで可能とするし、奇跡と呼べるべき結果まで叩き出すこともあります。

 

それほどまでに集団の団結力ってすごいんです。

 

 

でももちろんいい方向で団結力が発揮することもあれば、悪い方向で発揮されてしまうこともあります。

 

 

その一つが特定の人間に敵意をむけるものです。

 

 

あなたがそこにいること自体が目障りで仕方ないというように、なにをやっても邪魔者扱いをされます。

 

集団を円滑に維持するためには共通認識が必要なんですが、それの生贄に選ばれてしまうんです。

 

 

そんな生贄にされてしまうことがあなたは何よりも怖いんです。

 

 

過去に似たような経験があるから。

 

 

全然過去にそういう経験がなかったら怖さは感じません。

 

そういうことがあること自体知らないからのんびりしていられます。

 

初めてそこで体験してしまい、心を壊してしまう人もたくさんいます。

 

 

集団から仲間外れにされる圧力は、精神に多大な負担をかけます。

 

あなたの認識そのものを変えてしまうこともあります。

 

 

それほど恐ろしいものです。

 

 

働かなくても生きていける人間なんて極少数です。

 

あなたもその枠に入れていないのではないかと思います。

 

でもね、【そこで】、【その場所で】、働かないといけない理由は、あなたが心を犠牲にしてでも守らないといけないものですか?

 

そこから離れることは決して逃げではありませんよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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人を死なせてしまった恐怖。大きな罪悪感。犯した罪に殺されそう。

皆さんは人を死なせてしまったことはありますか?

自分の対応がしっかりとできなかったせいでその人を死なせてしまったり、自分が手を差しのべれば救えていたはずの命を見捨ててしまったことはありますか?

 

僕も今までに何人もの人を死なせてしまった人間なんですが、これって本当に大変なんですよね。




年数が経った人のことでもいまだにはっきりと覚えています。

 

遺族が鬼の形相で泣きながら僕のことを「人殺し!」と叫んでいたことも、その表情も鮮明に覚えてます。

 

その人たちの命日がくる何日か前には、毎年体調を崩して精神が不安定になります。

 

 

罪悪感に殺されそうになります。

 

 

命の重さを知っていれば知っているほど、制御しきれない罪悪感が襲ってきます。

 

そしてそれに堪えられなくなってしまい、実際に自殺をしてしまう人もいます。

 

 

人を死なせてしまった罪悪感は、その人にとって世界で一番重い罰かもしれません。

 

 

そんな人の死に関しての罪悪感なんですが、最近増加しているようです。

元々は医療や福祉、消防やレスキューといった命に関わる分野で仕事をしている人が、人を死なせてしまったという罪悪感で心を壊してしまうというケースが多かったです。

 

 

病気に気づけなくて殺してしまった。診断をもっと正確に行えていたら助かったのに。

 

夜間の巡回がいつもより遅れてしまって、亡くなっていた。いつも通りの時間に巡回していたら異変に気づけたかもしれないのに。

 

火事で逃げ遅れている人を見殺しにした。助けを求める声が聞こえたのに自分は見捨ててしまった。

 

遭難者を発見するのが遅かった。一日発見が早かったら助けられていたかもしれないのに。

 

 

救えなかった命に対する後悔と責任に押し潰されてしまうんです。

 

 

最近は新たなカテゴリーで人を死なせてしまった罪悪感に襲われてしまう人が増えています。

 

その一つとしてコロナ感染があります。

 

自分がコロナに感染して、そのコロナを家族にうつしてしまった。

 

そして自分は生き残ったのに、その家族は死んでしまった。

 

 

僕自身はまだコロナでそういうことになった人を担当したことはないのですが、その人を担当している人が言っていました。

 

「後悔の念が強すぎる。自分を人殺しだと信じ抜いている。誰に否定をされても自分のことを悪だと決めつけている。とにかく自分を責めまくっている。こっちが引きずられてしまいそうになるほど痛々しい。」と。

(本当はもっと長文になるのですが、要点だけ書いてます。)

 

 

殺人やほんとに自分があり得ないことをして起こった事故はともかく、『それは仕方ない。』と思えるようなことでも罪悪感に苦しめられてしまう人がいます。

 

そんなに責任を感じないでほしいと思うくらい自分の責任にして、誰よりも自分を責めまくります。

 

『復讐する相手は自分自身だ。』という考えを持っています。



命の重さを誰よりも知っていて、『もし自分が◯◯をしていたら。』、『もし自分が◯◯をしなかったら』と、【もしも】を考えて苦しみ続けます。

 

 

【もしも】を選ぶことがそのときには最善ではなかったことも忘れて・・・

 

そのときはその【もしも】が選択肢の時点でなかったことも忘れて・・・

 

いくら考えてもどうにもならないことなのに【もしも】をやることを怠ってしまった自分を責めます。

 

世の中、自分の責任逃れをする人も多い中、わざわざ自分の責任にしてしまう人もいるんですね。

 

 

それほど命が消えたことに関してのショックが強すぎるんです。

 

 

本当にね、『自分が人を死なせてしまった。』と考えると恐ろしいです。

 

 

汗が大量に吹き出します。

 

身体がガクガクと震えます。

 

頭を『人殺し!』、『お前はなんで生きている!』、『つぐなわないのか!』、『あの人の人生を奪ったんだぞ!』、『本当は許してもらいたいと思ってる!醜い!』と心の声が聞こえてきます。

 

 

『相手の命を奪ったのに、なんで自分は生きているんだろう?』と自分の声が響いて、いつまで経ってもおさまりません。

 

 

「あなたのせいじゃないよ。」と言われると、涙がこぼれてしまいます。

 

『救われた気になってはいけないのに。』

 

『許されていい罪ではないのに。』

 

罪から解放されたいと願っている自分がいることに醜悪さを感じます。

 

 

あのね、あなたはそんな風に感じなくていいんですよ?

 

 

罪から解放されたいと思ってもいいし、それを思うことが醜い人間だとは思いません。

 

そもそもあなたは周りから言われているでしょう?

 

「あなたのせいじゃない。」って。

 

 

あなたに対しての慰めではなく、それが事実だから周りもそう言っているだけです。

 

 

本当にあなたのせいなら周りの人間はあなたに冷たい態度になります。

『いや、わたしが死なせてしまったのはあなたではないでしょ?』って思ってしまうくらいあなたのことを責めまくります。あなたが泣いていようが怒ろうがとめることはなく、最初から最後まで徹底的にあなたのことを仇として許しません。

 

両者が和解できることなんてありません。

 

話し合いで解決なんてこと、ありえません。

 

一生恨まれ続けます。

 

 

もしあなたが、そういう状態になっていないのならそれは、本当にあなたのせいではないからです。

 

人の命を失ってしまうのを誰かのせいにしたかったのかもしれませんね。

 

そしてあなたの一番近くにいる相手があなただった。

 

 

あなたはまだ自分を許すことができないかもしれませんね。

 

でもいつの日かあなたがその罪を許すことができればと思います。

 

あなたは責任を感じて当然と思っていると思いますが、本当に自分の責任なのに責任転嫁をして他人に罪を押しつける人もたくさんいるんですよ?

 

『あなたにそれくらいの図太さがあればよかったのに・・・』とも僕は思ってしまいます。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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行動が不安定なのは双極性障害かも?うつ病よりもしんどいって本当?

皆さんは双極性障害という病気を知っていますか?

 

うつ病と似た面もあるこの病気なんですが、知名度的にはまだまだ低いんですよね。

病気にかかったことがある人なら知っていても、世間ではうつ病という言葉は知っていても双極性障害なんて聞いたこともないという人もたくさんいます。




双極性障害とは以前は躁うつ病と呼ばれていました。

 

躁病とうつ病が合体したのが双極性障害です。

 

お得なことに躁病とうつ病の両方のしんどさを味わえます。

 

 

ふざけた病気ですよね?

でも、この病気にかかっている人、あるいは診断が出てないから気づいてないだけの人もたくさんいるんです。

 

 

うつ病の症状といったら皆さん、色々と連想できると思います。

 

しんどい、無気力、感情表出が少ない、だるい、涙がとまらない、動けないといったような沈むイメージだと思います。

 

 

では躁病といったら皆さん、何を連想しますか?

 

 

うつ病と違って躁病はまだ浸透されていないと思います。

 

躁病は気分が高揚するんです。

 

爽快感があるんです。

 

宙に浮かんでいるかのようなハイテンション状態になるんです。

 

うつ病の沈んだ状態と正反対になると思ってもらっても差し支えないかもしれません。

 

 

双極性障害はうつ病と躁病、この二つの症状が現れるんです。

 

 

この二つの症状を繰り返すのが双極性障害なんです。

 

 

『なんだ。うつ病と違って元気なときもあるのか?それならうつ病だけよりもよっぽど楽じゃん!?』と思われる人もいるかもしれませんが、一概にそうとは言い切れません。

 

 

コイツ、波がすごく激しいんです。

 

 

うつ病や躁病だけならしんどいですが波はまだ比較的小さいです。普通とは違う状態ですが、一定の状態である意味安定はしています。

 

同じしんどさなんです。

 

 

でも、この双極性障害は激しい波です。うつ病の状態から躁病の状態までのしんどさを味わえてしまうんです。

 

まったく性質の異なるしんどさが襲ってきます。

 

 

外気温で例えると、躁病は真夏の35度の気温だとします。

 

暑くて汗もダラダラと出て疲れますよね。

そんな日がずっと続きます。

 

普通の人なら服を薄着にしたり、冷房を入れたりである程度暑さをコントロールしますが、躁病の人はそんなことできません。

暑さとの真っ向勝負しかできないんです。

 

真夏の部屋でエアコンもつけず、服を脱ぐこともなく暑さを全面から味わいます。

 

・・・

やばい状態ですよね。

 

でも、まだなんとか耐えられるんです。

 

『今日も暑い日だ!』という認識があるから。

 

覚悟を決められるんです。



うつ病は反対に真冬のマイナス5度の気温です。

 

寒くてブルブル震えて動きも鈍くなりますよね。

そんな日がずっと続きます。

 

普通の人なら服を着込んだり、暖房を入れたりである程度寒さをコントロールしますが、うつ病の人はそんなことできません。

寒さとの真っ向勝負しかできないんです。

 

真冬の部屋でエアコンもつけず、服を重ね着することもなく寒さを全面から味わいます。

 

・・・

やばい状態ですよね。

 

でも、まだなんとか耐えられるんです。

 

『今日も寒い日だ!』という認識があるから。

 

覚悟を決められるんです。

 

 

長い日数その状態が続けば慣れや順応も少しずつしていきます。『昨日は少し寒い日だった。』とか、『今日は昨日より少し温度が高いみたいだなー。』と比較することができます。

 

 

でもそれがコロコロ変わるとしたらどうでしょう?

 

 

気温が一昨日はマイナス5度で昨日は35度。

今日がマイナス3度で明日が37度。

 

外気温は何日も何カ月もかけて緩やかに変化しますが、

 

 

双極性障害は緩やかに変化するとは限りません。

 

 

一日で何回も激しい変化をするときもあります。

 

 

こんなの絶対体調を崩します。

しんどくないわけがないです。

 

双極性障害はこの温と寒のような波があることで、よけいにそれぞれの病気のしんどさを際立たせてしまうんです。

 

憎たらしいことに強弱や緩急といったメリハリをつけてきます。

 

 

双極性障害という病気は意地が悪い病気です。

 

 

せめて一月単位ごとに変わってくれるのならいいのですが、双極性障害は基本は不定期で変わります。次に自分がいつ躁状態になるか、自分がいつうつ状態になるかの判断はできません。

 

 

この双極性障害なんですが、実は自分がそれにかかっていると認識していないケースも多くあります。

 

 

うつ病と診断された人が沈んでいる日のことばかりを問題点として捉え、躁状態のときは問題視していない。当然お医者さんにそのことを話すこともないし、ひどく気が重くて動けなくなった状態のことばかりを報告します。

 

普段はうつ症状の強い人が軽い躁状態のときに元気だからと病院へ行きます。お医者さんはその人が双極性障害だということは気づかずに、軽いうつ症状がある人とみなしてしまいます。

(双極性障害でもないのに『自分はこれに違いない!』と思い込んでしまう人もいます。)

 

診断が難しい病気の一つです。

 

 

もし自分が躁状態になることに心当たりがある場合は、まずはお医者さんに相談をしてみてください。

 

 

うつ病と診断されていたのに、いつの間にか病名が双極性障害に変わっていたということも少なくないそうです。

 

うつ病と双極性障害とでは薬も違ってきます。

 

あなたの相談によって治療効果がよくなることもあるかもしれません。

 

ひどく落ち込んでいる状態だけではなく、気分が高揚しすぎている日はないか注意してみてもいいかと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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