痛みを知っている人間ほど人に優しくなれる!痛みで苦しんでいるあなたに・・・

このブログを読まれているほとんどの方は、なんらかのカタチで【痛み】を体験した、現在もしている方だと思います。

今が苦しくて、しんどくて、つらくて、もうヘトヘトで。

それでもがんばって生きている人だと思います。




世の中は平等なんかじゃないってことはわかっていたけど、『ここまで不平等にすることはないだろ!!』と思ってしまいますよね。

あなたがつらい想いをして、苦しんで、それでもなんとかがんばって生活をしている中で、何の悩みもなさそうな能天気な人が人生を楽しんでいる。

 

「みんながんばっているんだ!」、「つらいのはお前だけじゃない!」、「情けない!不幸面するな!」といった言葉もよく耳にしますが、これって本当なんでしょうか?

 

なんの悩みもない人、ほんとにいませんか?

 

なにもがんばっていない人、ほんとにいませんか?

 

あなたみたいにつらい人、ほんとにたくさんいるんでしょうか?

 

 

僕はね、なんの悩みもない時期、ありました。

まったくなにもがんばっていない時期、ありました。(がんばっていないというか惰性で過ごしている日常ですね。)

昔の僕は、未来の僕がこんなにも苦しむことになるなんて夢にも思いませんでした。

 

もちろん、色んな試練や問題などはたくさんありましたよ。人生を過ごしていたらいいことばかりじゃありませんよね。その度に『しんどいなー。』とか、「はぁ。」とため息をついたりしながら乗り越えてきました。

 

でも今からしたら昔の僕は恵まれ過ぎでした。

そして自分が恵まれていることに当時の僕はまったく気づきませんでした。

 

 

あなたはどうですか?

 

 

あなたにもそんな時代があったのではないですか?

 

最初から今の状態だったとしたら、あなたはこんなにも苦しんでいないと思います。

慣れというか、今の状態があなたにとっては当然の状態で、疲れることもそれほどなかったと思います。

周りの人と同じように普通の人生を過ごせていたと思います。

 

 

でもあなたはそうじゃないんですよね。

 

あなたは何か、痛みを経験しませんでしたか?

 

 

あなたは何か、すごくつらいことを体験したのではないですか?

普通の人ならあまり経験しなくていいものまで。

 

 

人生ってね、平等なんかじゃありません。

他の人が体験したことのないような幸運を体験する人もいれば、他の人が体験したことのないような不幸を体験する人もいます。

 

あなたが苦しんでしまったのは、今も悩まされているのは、不幸を体験してしまったからではないですか?

 

 

不幸の体験になりそうなものを書いていきますね。

 

自分の子どもが不治の病にかかった。
最愛の人が自殺をした。
事故に遭い、ベッドから出られない生活になってしまった。
先祖代々受け継いだ店を自分の代で終わらせてしまった。
息子がある日突然行方不明になった。行方は今もわからない。
数人の男にレイプされた。
10年間自分の子どもとして育ててきたのに、違う男の子どもだった。
連帯保証人になり、ある日数千万の借金持ちに。
あれだけ優しかったのに結婚したら暴力三昧。奴隷扱い。

 

 

どれもありがちですよね。

 

 

よく耳にすることです。

 

創作物では。

ニュースでは。

 

 

現実ではどうでしょう?





あなたの周りの現実では、こういう人たくさんいますか?

 

あまりいないんですよね。

現実では。

こんな体験をする人は。

 

こんな体験をする人はおそらく日本では少数派だと思います。

 

 

だけど、一定数の人は確実にこんな体験をしています。

 

 

なかにはどれか一つじゃなく、これを複数体験している人もいます。

 

 

そんな人に対してあなたは「つらいのはお前だけじゃない!!」って言葉が言えますか?

 

・・・
・・・

言えないですよね?

 

 

その人がどれくらいつらいかわかるから。

その人があなたの想像もできないくらいつらいことがわかるから。

 

 

でもね、これを言える人もいるんです。

 

 

それはこんなつらい思いをしたことがない人です。

 

 

上のいくつか並べた例、つらさの度合いからすればどれも最大級だと思います。

 

日常を一階として幸福な体験をすれば上の階に。不幸な体験をすれば下の階に行くとしたら、地下50階の住人になります。

地下10階以上に行ったことがある人なら「つらいのはお前だけじゃない!!」と言うことはできません。

 

つらさを理解しているから。

痛みを理解しているから。

 

 

でもね、「つらいのはお前だけじゃない!!」と平気で言える人もいます。

 

それは地下を体験したことがなく、ずっと地上にいる人間ではありません。

 

 

地下3階から4階あたりの人間です。

 

 

自分もつらいから『お前だけつらいと思うな!』と考えることができるわけです。

 

でもね、その人たちのつらさってあなたなら思うでしょうけど、すごく小さいんですよね。

『そんなのつらくもなんともない。』とか、『なにをそのぐらいのことで不幸自慢しているんだ。普通のことだろ?』と思えてしまうような、あなたからしたらちっぽけなことなんです。

 

痛みを理解できない人は「つらいのはお前だけじゃない!!」、「いつまで下を向いているんだ!!」、「みんな苦しくてもがんばっているんだ!!」と言ってきます。

 

 

すごい痛みと衝撃を受けて、もう立ち上がれないほど弱ってしまった人が、がんばっていなかったとでも?

 

 

下を見ている今はがんばっていないとでも?

 

 

あなたならわかりますよね。

痛みを理解できているから。

 

 

下を向いていたとしても、その人が今もがんばっていること、わかりますよね?

 

 

その人ががんばっていなかったら、もうその人はこの世界にいません。

その人ががんばっていなかったら、暴れまわって他人を傷つけまくっています。

その人ががんばっているから、その人が下を向いている状態ですんでいるんです。

 

痛みにがんばって耐えてくれているんです。

 

 

あなたならこのことを理解できますよね?

 

 

だからあなたは優しいんですよ。

 

相手を思いやることが人一倍できるんです。

 

 

ときにはね、それがあなたを苦しめることもあります。

優しさと思いやりがあなたの首を絞めてしまうこともあります。

 

こんな痛みなんか経験しない方が幸せだったかもしれません。

トラウマとして一生あなたの中に残るかもしれません。

 

 

でも、あなたのその優しさに救われている人はきっといます。

 

 

痛みなんかはっきり言って知らない方が人生を楽しく過ごせるんですよ。

痛みを知った人ほど人に優しくなれるなんてキレイごとです。

痛みが強ければ強いほど乗り越えることは難しくなりますし、人に優しくなれるのは痛みを乗り越えた後です。

それができないで何十年も苦しんでいる人もいます。

知らないですむなら知らないですませた方がよかったのは確かです。

 

 

ですが、痛みで苦しんでいる人を、本当の意味でわかってあげられるようになりました。

かすり傷で大げさに痛いと騒いで痛みを知っている気になっている人、机上で勉強だけして知識だけで知っている気になっている人ではありません。

 

あなたのその優しさが、誰かの救いになることは必ずあります。

 

あなたのその優しさが、めぐりめぐってあなた自身を助けてくれることも必ずあります。

 

あなたのその思いやりが、無駄なことで終わることはありません。

 

 

痛みなんか知らない方がよかったですが、それはあなたの人生においてマイナスだけをもたらしたわけではないはずです。

人間として、より深い人間にあなたを導いてくれると思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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皆さんは共感力が高いですか?

共感力というのは簡単に言うと他人の考えや思考に納得することです。分かり合える力と言ったほうが適切かもしれません。

 

映画館などで周りは誰も泣いてないのに、一人だけ泣いている人を見たことはありませんか?あなた自身にそういう経験はありませんか?

あれって共感力が高いから起こってしまう現象なんですよね。




共感力が高いことは一般的にはいいことだと思います。

 

相手の感情や気持ちを普通の人より理解することができ、温かい対応をすることができるからです。

逆に共感力が低いと相手の感情や気持ちを読みとることができず、場の空気が読めずに冷たい人となってしまいます。

 

 

ですが、この共感力、高すぎてもいいわけではありません。

 

 

共感力が高すぎると、必要以上に重く捉えるようになってしまいます。

相手のことなのにまるで自分のことのように感じてしまいます。

自分と他人の境界があやふやになるんです。

 

自分は自分、相手は相手と思えなくなってしまうんです。

 

悩んでいる人の相談にのると、相談相手よりも悩んでしまうような事態に陥ります。

相手の悩みなのに自分の悩みにしてしまいます。

 

 

自分のことは自分のこと、相手のことも自分のこととなり、普通の人よりも多くのものを背負った人生になってしまいます。

 

 

共感力が高いと感情移入もしやすくなってしまいます。

うれしいことや楽しいことなど、いいことばかりに感情移入ができたらいいのですが、感情移入は無意識に行います。

いい感情だけすくいとって、悪い感情をシャットアウトというわけにはいきません。

 

 

あなたには選ぶ権利はありません。

 

 

ただ出されたものは完食しないといけないということです。

好きな食べ物の場合はいいですが、自分の嫌いな食べ物の場合でも残すことは許されません。

 

つらいことや悲しいことなど、自分にとっては感情移入したくないものまで無意識で拾ってきます。

まるで自分のことのように。

場合によっては当の本人以上に。

 

 

感情移入できるのは、あなたがそれだけ色んな想いを体験しているからです。

 

 

楽しい、うれしい、悔しい、悲しい、怒りといった様々な感情を深いレベルで体験してきたからです。

あなたは普通の人よりも感情を深く感じることができ、味わうことができる人なんです。

 

 

また食べ物に例えますが、自分の許容量を超えた甘いものや辛いものを食べると、人は『甘い!』、『辛い!』としか感じることできません。

甘さや辛さが勝ってしまって、それ以外の味を感じることができません。

 

 

でもあなたは違います。

 

 

『甘い!』、『辛い!』と感じるのは同じなんですが、『甘い!けど、ほんの少し苦味もする。』、『辛い!でも、ほんの少しまろやかさもある。』といったように人より感情を深く味わえるんです。

普通の人なら気づかないような隠し味まで言い当てることができるんです。

 

 

共感力と感情移入なんですが、ある程度はあった方が人間社会ではうまくやっていけます。これが少ないと冷たい人、冷酷な人と判断され周りからは敬遠されます。

 

 

でもね、両方とも高すぎるのも問題なんです。





共感力が高すぎると、多くのものを受信してしまいます。普通の人なら受信できないような小さい音や高音域の音まで受信できてしまいます。

感情移入が強すぎると、その音に普通の人以上に敏感に反応してしまいます。当の本人よりもあなたが感じている気持ちの方が大きいかもしれません。

 

好きな感情だけ受信できて、それを普通の人より味わえるだけなら得ですが、受信する感情は選べません。

嫌いな感情も受信してしまい、それを普通の人より味わってしまうんです。

 

 

そうなると感情の降り幅が普通の人よりも大きくなります。

 

 

うれしい感情を共感できたらものすごくうれしいし、悲しい感情に共感してしまったらものすごく悲しいんです。

 

そりゃー疲れます。

 

自分の感情だけでなく他人の感情まで感じることができるのだから。

しかも、より美味しく、より不味く感じる味覚をあなたは持っています。

神の舌ですね。

普段の状態ならこれは長所として働いていると思います。

 

 

あなたは周りとよくコミュニケーションがとれる人ではないですか?

 

 

そこまでいかなくても、周りの人に不愉快な思いをさせることが少ない人ではないですか?

周りからの信頼も厚いと思います。

 

でもね、疲れちゃいましたよね?

 

 

共感力と感情移入能力が高すぎると本当に疲れます。

普通なら感じることのない感情を読み取り、それを自分のことのように、あるいは自分のこと以上に気持ちを揺さぶられるんです。

楽しい、悲しい、うれしい、悔しい、の吸収力が多く、感情の振り幅も大きいです。

 

疲れるに決まってます。

 

 

少しね、一人だけになる時間が必要なんだと思います。

 

自分一人のことに集中する時間が必要なんです。

周りをシャットアウトして落ち着く時間ですね。

 

この時間を定期的にとっていくだけでも疲れは全然違ってきます。

 

 

共感力と感情移入は弱くすることはできません。

 

 

そもそもね、これは弱くしなくていいと思うんです。

あなたが他人のことを思いやることができる人という証明なのだから。

 

ただ、いつもその状態だと心はすごく疲れてしまいます。

 

人の中にいるとあなたは人一倍疲れてしまいます。

定期的に少しの時間でもいいので自分だけの時間を作り、心を休ませていきましょう。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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誰からも認めてもらえないと感じたことってありますか?

自分は誰からも愛されない存在で、自分は誰からも必要とされていないんだと感じたことってありませんか?

 

これね、すごい恐怖です。





だってあなたなんかいてもいなくても同じ。むしろいるだけ邪魔だと思われているってことなんです。

世界からあなたはいらないって言われているってことなんです。

 

世界はあなたの味方ではなく、敵なんです。

 

なら、どうするか?

 

 

世界は敵だと拒否をする。

世界から認めてもらえない自分ではダメなんだと拒否をする。

 

この二択だと思います。

 

 

世界を拒否するか自分を拒否するかです。

 

 

どちらにしてもありのままを受け入れられません。世界か自分を拒否しています。

拒否というか、拒絶ですね。

強く否定するんです。怒りが混じってます。

 

『自分を受け入れてくれないこんな世界はダメだ!間違っている!』

『世界から受け入れられない自分ではダメだ!別人にならないと!』

 

負の感情しかありませんよね。

 

 

根本にあるのは怒りです。

苦しいです。

つらいです。

でも、誰からも認めてもらえないと感じているときは、この感情に心が支配されます。

 

 

そしてその間ずっと苦しみます。

 

 

この状況から一刻も早く抜け出したいです。

でもこの状況はなかなか好転しません。

 

 

すぐにあなたが変われるわけではありませんし、すぐに周りが認めてくれるわけでもありません。

 

 

あなたは必死でがんばります。

周りから認めてもらえるようになるように限度を超えてがんばります。

無茶をします。

暴走状態になります。

 

そこまでやっても、なかなか認めてもらえることはありません。

 

 

あなたの態度が普通じゃないから。

 

 

あなたの態度が恩着せがましくなってるから。

あなたの態度が普段より厚かましくなってくるから。

 

そんな状態の人を認めてくれるような人は少ないです。

 

 

そうなんですよね。

 

自然体のままのあなたじゃ認めてくれないし、必死にがんばっているあなたも認めてくれないんです。

 

一体どうしろ状態です。

 

 

一番は環境を変えることだと思います。

 

 

あなたの周りの人があなたを全然認めてくれないような状態なら、認めてもらおうと思って必死でがんばっても効果はありません。

できないから認めてくれないんじゃありません。

 

 

あなたがすることだから認められないんです。

 

 

周りは正常な判断力がなくなっています。

異常な環境にあなたは身を置いているんです。

環境を変えて周りの人間を変えると、あっさり認めてもらえることもあります。




とはいえ、なかなか環境を変えるというのも難しいものですよね?

ガチガチに固められてしまって離れることができない環境もあります。

 

その場合は適度にがんばりましょう。

 

周りの目を気にすることを減らして自分のペースでいきましょう。

絶対にがんばりすぎてはいけません。

絶対に無理をしすぎてはいけません。

これをしてしまうとあなたの苦しみは強くなる一方です。

 

 

そもそもね、他人はあまり深く考えていないものなんです。

 

 

自分にはできないことでもあなたには求めてきます。

自分の都合のいいようにいかないとあなたを責めてきます。

無神経で、しかもタチの悪いことに無責任。

 

そのときは酷く責めてきたのに、後になって「えっ!?私そんなこと言ったっけ?」とまったく覚えてないこともあります。

こちらばかりが言われたことを覚えていて、言った張本人は全然覚えてないんですね。

 

 

ひどいときには前に酷く責められたことがあったから、そのときに言われたとおりにやったら「なんでこんなことをした!どうしてああしなかったんだ!!」と怒ってきます。ああしたら責めてきたのがその人で、そのときにこうしておけと注意をされて、だからこそこんなことをしたのに。

『ボケてんのか?』と思ってしまうこともあると思います。

 

 

そうです。

 

ボケてるんです。

 

 

ボケと言ったら言い過ぎかもしれませんが、相手にとってはそんなことも忘れてしまうほど取るに足らないことだったんです。

相手の言葉を信じすぎないでください。

 

 

今いる場所が世界の共通認識だという誤解に気づいてください。

 

 

あなたを認めてくれる場所は、この世界にたくさんあります。

 

 

あなたはたまたま運悪く、あなたのことを認めてくれない小さな円の中に入ってしまっただけなんです。

小さな円の外には、あなたが想像している以上にはるかに大きな世界が広がっています。

 

 

人間はそのときの気分次第でいい加減なことを言います。

相手を選んで攻撃的な態度をとってきます。

しかもそういう人って自分の方が立場が上だと勘違いしている人が多いです。

言葉にも遠慮はなく、行動にも容赦はありません。

あなたがひどく傷ついていてもそれに同情してくれることはありません。

 

あなたのことを認めてくれない集団の中で生活をしているのなら、そのことを意識して生活していきましょう。

『どうして認めてくれないんだ!!』と嘆くよりも『認めてくれなくて普通なんだ。』と思って、その小さな円のグループの中ではあきらめて生活をしていきましょう。

 

あなたはあきらめたくないのかもしれませんが、あきらめるだけで心の負担はかなり軽くなります。

 

 

自分のことを認めてくれない人たちに自分のことを認めさせるのは、あなたが思っている以上に難しいことなんです。

 

それでもなんとか認めてもらおうとがんばり続けてきたから、疲れてしまったんです。

 

 

そんな効率の悪いことはもうやめにしませんか?

 

 

あなたのことを認めてくれる人は、あなたがなにもできなくても、あなたが能力的に普通の人よりかなり劣っていたとしても、うそのように簡単に認めてくれます。

 

あなたのことを認めてくれる素敵な人を探しに行きませんか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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過去にとらわれて何が悪い!過去を振り切れない時は大切にすればいい。

過去を振り切れないときってありませんか?

どうしても今の行動や思考に過去の悪い出来事がでしゃばってしまい、あなたを邪魔してしまうことはありませんか?

 

『過去は過去、今は今。』と忘れようと思ってもなかなか忘れられない、引っ込めと追い払ってもすぐに過去が顔を出してしまうことってありませんか?




忘れられないとしんどい、苦しい想いをする。

忘れられた方がよっぽど楽になれるのに、それが唯一の解決法だと思うのに、それすらできないってことはありませんか?

 

 

これね、実は忘れなくていいときなんですよ?

 

 

『忘れたい!』、『忘れたい!』と思っているときって、忘れたいときの光景がはっきりと頭に浮かんでいるでしょう?

忘れたい対象を頭の中で想像しているでしょう?

何度も何度も。繰り返し繰り返し。

飽きるほど。クタクタになるほど。

 

 

これってね、物を覚えるときの方法なんです。

 

 

頭の中で繰り返し対象をイメージして脳に語りかける。

短期記憶って言うんですけど、この方法と同じなんです。

 

そしてこの短期記憶を長期間繰り返すと、忘れられない記憶、長期記憶になります。

(僕は専門ではないので詳しくは書きませんが、気になった人は短期記憶、長期記憶で検索してみてください。多分、忘れたいと必死になっているみなさんがしていることと同じことが書かれていると思います。)

 

 

そう、実は皆さん、『忘れよう。』、『忘れよう。』として記憶を定着させているんです。

 

 

いつでも思い出せるように。

忘れようとして忘れないように記憶を定着させる作業をしているんです。

 

 

忘れられるはずないでしょう?

 

 

本当に忘れたいのなら、その過去を思い出さないことが重要です。

 

 

これが難しいんですけどね。

忘れたいほどの過去なのだから。

嫌でも意識してしまいます。

 

よく言われる「良いことはすぐに忘れるのに、悪いことはいつまでたっても覚えている」ってやつです。

 

 

こうなってしまうと過去にとらわれてしまいます。

 

 

ことあるごとに過去の忘れたい記憶がよみがえり、それがあなたの現在の人生の選択を決めてしまうようになります。

『あのとき無理だったのだから、今度も無理だ。』
『あのとき人を信じて酷い目にあった。人間は信用してはいけない生き物。』
『あの人と結婚していたら今頃幸せになれているはずだったのに、こんな人を選んでしまって幸せとはほど遠い生活になっている。』

 

どれも過去にとらわれていますよね?

 

もう修正することができないとわかっているのに。

人生にはリセットボタンがないことをわかっているのに。

 

過去の出来事が現在のあなたを支配し、未来にまで影響を与えます。

 

 

そのことをあなたもわかっているので、『なんとかしなくちゃ!』とがんばってしまうんです。

 

 

それが上にも書いたように、覚える手順になってしまうんです。

 

人間ってほんと不器用ですよね。

忘れたいと記憶はすぐに忘れることができて、いつまでも覚えておきたいという大切な記憶を鮮明に覚えておくことができたらいいのですが、現実は逆です。

 

 

忘れたい記憶ほど、いつまでも鮮明に覚えていきます。

 

 

鮮明に覚えておきたい記憶ほど、月日が経つごとに霞んでいきます。

 

 

そして記憶に縛られ、現在を生きられなくなります。





そのことをあなたも自覚しているんです。

過去に縛られている自分を。

過去を乗り越えられていない自分を。

 

だからなんとかそこから抜け出そうとしているんですよね。

でもできない。

長期記憶としてもうあなたの一部になっているから。

 

 

そんなに過去から抜け出すことが難しいのなら、今は抜け出さなくていいんじゃないですか?

 

 

むしろ過去があるから今の自分があるんです。

 

 

過去にとらわれていてもいいじゃないですか?

過去に縛られていてもいいじゃないですか?

 

 

過去を否定することは、現在の自分を否定することにもなるんです。

 

 

つらい過去だったのかもしれません。

それさえなければ、自分はもっと真っ当に生きてこられたのかもしれません。

 

取り返しのつかない過ちを犯したのかもしれません。

その罪でずっと苦しめられているのかもしれません。

 

すごく幸せな過去だったのかもしれません。

もう自分には手に入らないものだとわかっているのに、どうしても夢を見てしまいます。

 

 

その過去が大きすぎて振りきれないかもしれません。

 

 

なら、それでいいじゃないですか?

 

過去にとらわれていても。

過去に縛られていても。

 

過去にとらわれる、縛られるって世間一般では悪い印象だと思います。

現在に向き合っていないとか、未来のことを見ていないとか、否定的な意見の方が多いと思います。

 

 

あなたもそうなのではないですか?

 

 

だから過去を振りきろうと必死になってるんですよね。

 

でも、振りきれない。

 

 

なら、振りきらなくていいじゃないですか?

 

 

振りきれないと思ってイライラして焦るくらいならどっしりとかまえましょう。

過去にとらわれてしまうのもあなたです。

 

 

そんなあなたごと受け入れてあげましょう?

 

 

過去を振りきれないのもわたしだと。

否定することなく、受け入れてあげましょう。

 

 

実際ね、

 

過去の出来事をなかったことには絶対にできません。

 

 

幸せだった過去をなかったことにできません。

大きな過ちを犯した過去をなかったことにはできません。

それがハンデとしてあなたに重くのしかかってくることもあります。

 

今まで何度も思い出してきたかもしれません。

将来忘れることなく毎日思い出すかもしれません。

 

ですが、そんな自分を否定しないでください。

 

 

過去に縛られるようなことがなければ、今のあなたはもっと幸せな生活を送れていたかもしれません。

こんなに苦しい思いをしているあなたなんて存在していなかったかもしれません。

 

 

でも、こんな苦しい思いをしているあなたは、今、実際に、現実に、存在しています。

どんなに苦しくてもがんばって生きています。

 

そんなあなたをどうか否定しないでください。

 

 

過去に縛られてしまうとそれをほどこうとするのですが、それができないときもあります。

どうしても縛られてしまうような過去に遭ってしまった人もいます。

 

そんなときは思いっきり開き直りましょう。

 

『過去に縛られて何が悪い!!自分はそれでがんばってきたし、それが自分の人生だ!!』と。

 

過去を振り切れないときは無理に振り切ろうとしなくていいです。

今のあなたは精一杯がんばって生きてきた過去の結晶なんですよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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皆さんは運命って信じますか?

『この人は運命の人だ!』、『将来一緒になるならこの人しか考えられない!』といったような運命を感じたことはありますか?

 

実際そのままゴールインして最期まで幸せに暮らせるカップルもいます。

ですが、途中で別れてしまうカップルも多いんですよね。




恋人のときはうまくいくと思っていたのに、結婚してみると全然うまくいかない。

運命の恋かもと思っていたのは自分だけで、浮気をされて結婚までいかずに破局。

 

どれもよくある話です。

 

 

『運命の相手と出逢えた!』と思うってよっぽどのことだと思います。

 

 

出会う人、出会う人に運命を感じることはありません。

出会った人の中でも、あなたの人生で特別な意味をもたらした人に運命を感じます。

そんな特別な人と最期まで一緒にいられたら幸せなのでしょうが、人生ってそんなに簡単なものでもないんですよね。

 

 

運命の人との別れが待っている場合もあります。

 

 

運命の出逢い、運命の道筋を通ってきたはずなのに、結果がお別れです。

運命のお別れです。

 

 

ほんとね、運命の出逢いをわざわざ用意したのなら、ハッピーエンドの結果までしっかり用意しろです。

運命の出逢いを用意して運命の別れまで用意するなんて、神様って性格悪いですよね?

運命の出逢いを用意するなら途中で放棄せず、ハッピーエンドのシナリオまで用意してくれと思います。

 

 

この運命の出逢いなのですが一般的には、より好意を持っている人が相手に向けて発するものです。

相手の好意よりあなたの好意の方が上のときに運命を感じやすくなります。

 

ひどい場合には盲信やこじつけレベルで、相手との関係を運命のものとしてしまいます。

 

ですが、別れが訪れてしまいました。

 

運命の人であったはずなのに。

絶対離れることがない人であったはずなのに。

 

あなたが運命だと思っていた人は、あなたのただの勘違いだったのでしょうか?

 

 

あなたの運命の人は、あの人じゃなかったんでしょうか?

 

あの人の運命の人は、あなたじゃなかったんでしょうか?

 

 

『嫌だ!そんなことあるわけない!』

 

 

二人の絆が強ければ強いほど、過ごした時間が長ければ長いほど、運命の相手じゃないということを否定します。



運命の人かどうかなんてもう、関係ないんです。

 

 

運命の人じゃなくても一緒にいてほしい。

運命の人じゃないとしても一緒にいさせてほしい。

運命なんて言葉に締め付けられるくらいなら、そんな幻想を打ち壊してでも共に行動したい人なんです。

 

運命の出逢いを用意してくれたのに、ハッピーエンドを迎えさせてくれないなんて、神様もいじわるですよね?

『こんなことなら出逢わなければよかった。』と思ってしまうかもしれません。

 

 

でもね、

 

運命の相手って別に一人じゃないと思うんです。

 

 

20歳~25歳のときはAさんが運命の相手でした。

Aさんと別れて27歳のときにBさんと運命の出逢いをしました。

Aさんとの交際がなかったら、Bさんは結ばれなかった人です。

 

次にCさん、Dさんと運命の相手と別れて運命の相手と出逢います。

 

 

なんかこう書くと軽い人とか運命の安売りに思えるかもしれませんが、あなたにとっての運命の人って一人とは限りません。

 

本当に奇跡的な出会いをした運命の人。

あなたのことを初めて理解してくれた運命の人。

あなたが困っているときにあり得ないくらい助けてくれた運命の人。

一目見たときから身体に電流が走り、直感でこの人だとわかった運命の人。

 

 

あなたとその期間一緒にいてくれる運命の人だったんです。

 

 

だけど、お互いにその役目を果たしてしまったから、別れがくるんです。

 

 

次の運命の相手に引き継ぎができるように。

 

 

運命の相手と出逢って別れたから、次の運命の人と出逢えるんです。

 

 

Aさんが運命の期間をこえてもあなたから離れなかったら、Bさんとは運命になれませんでした。

Bさんと運命になれなかったから、Cさん、Dさんとも運命にはなれません。

 

ちゃんと次の運命の人を好きになれるように、運命の人は期間をすぎたら離れていくんです。

 

 

運命と書きましたが、人との縁ですかね。

 

その人と過ごした期間はあなたに影響を与えています。

その人と過ごした期間があったから、次の人に出逢えたし、好きにもなれたんです。

縁を積み重ねていったものが運命なのかもしれませんね。

 

 

一番最初の運命で幸せになれる人もいます。

別れを体験することなく、少女漫画のようなストーリーを続けられる人もいます。

 

 

ですが、一番最初の運命では幸せになれない人もいます。

 

 

そのときは縁という形であなたの中に残ります。

 

 

あなたがその人と過ごした時間は無駄ではありません。

 

あなたがその人と過ごした時間はなかったことにはなりません。

 

 

幸せな想いが色褪せてしまったように感じるかもしれませんが、その人もあなたの運命の人でした。

ひどい想いもたくさんしたかもしれませんが、その人もあなたの運命の人でした。

その運命の人との出逢いと経験を得て、あなたの今があります。

 

 

一人でも欠けていたら、今のあなたにはなっていません。

 

今のあなたじゃないと最後まで結ばれる運命の人には出会えません。

 

 

出会えたとしても運命の愛と気づかずにスルーしてしまいます。

 

 

運命とも思ってしまうような人と別れてしまうのは本当に苦しいものですが、その出会いがなければ、あなたと最期まで共にする運命の人とは一緒になれません。

 

その人がよかったのかもしれません。

 

あなたがなりたかったのかもしれません。

 

 

でも、

 

 

その人の役目は終わりました。

 

あなたの役目は終わりました。

 

 

悲しいことですが、それが現実です。

恨みをもってもいいですし、感謝をしてもかまいません。

少しずつお互いは役目を果たしたことを受け入れていきましょう。

 

 

その人よりいい人なんてあなたは望んでいないかもしれませんが、執着しすぎてしまうと悲しいお別れで終わってしまうかもしれません。

運命の人だったことを受け入れて、運命のお別れも受け入れて、一歩ずつ、少しずつ、前を向いて歩いていきませんか?

 

二人が一緒に過ごした時間がこれからのお互いの力になると思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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『何もかも自分が悪い。』、『自分が迷惑ばかりかけている。』、『自分が大切な人たちを苦しめている。』、『自分さえいなければ平和なのに。』と考えてしまったことはありますか?

 

自分の存在が大切な人たちにとって邪魔者のように感じてしまいます。

自分さえいなければ物事はもっとスムーズにいくのに、自分がややこしくしているように感じてしまいます。

 

こうなってしまっては大変です。





自分が生きていることが迷惑のように感じてしまうんです。

自分が存在していること自体がいけないことのように感じてしまうんです。

 

この考えがエスカレートすると周りはなにも思っていないのに、自分は責められているように感じます。

ただの普通の日常会話でさえ、拡大解釈をしてしまい、自分が責められているように感じます。

 

 

頭ではね、わかっているんです。

 

 

相手に自分を責める意図はないって。(本当に相手に責める意図がないときです。)

だけどね、心が責められているように感じてしまうんです。

 

 

こうなってしまってはどうしようもないんですね。

 

 

被害妄想だとわかっているのに、ひどく傷ついてしまうんです。

そうなると誰もあなたの味方はいない状態になってしまいます。

あなたの周りは敵だらけです。

人と関わるのが怖くなってしまいます。

 

 

これね、逆の立場だとものすごく鬱陶しいんですよね。

 

 

「ごめんなさい!」、「すみません!」、「わたしが悪いんです!」と連呼されても、全然そんなこと思ってないように感じるんですよね。

「おいしーい!」と言うのと「おいしいおいしいおいしい。」と言うのと、どちらが本当においしいと思っていそうですか?

何回も言うことで感情が薄れるというか、嫌味たらしく聞こえてしまうんです。

 

 

でも、あなたは本気です。

 

 

本当に自分のせいだと思っていて、そのことで相手に不快な想いをさせていると思っています。

どうにか許してほしいと思っているのですが、自分にはたった一つしか許してもらえる方法がありません。

 

 

それが謝罪なんです。

 

 

口から出任せに言ってるんじゃありません。

本当に許してほしいから連呼してしまうんです。

 

それが聞いている方には嘘臭く聞こえるんです。




うつ病の人を車に乗せたことがあるんですけどね、赤信号で止まる度に言われるんです。

「あぁー、赤になってしまった。ごめんなさい。すみません。わたしの責任です。」って。

 

なにも僕が「くそー!また赤か!なんで今日は赤信号ばかり引っかかるんだ!?」と言ったわけじゃありませんよ?

ごく普通に日常会話をしていても、赤信号になってしまったら会話をストップしてでも言ってくるんです。

 

最初は「別に気にすることじゃないですよー。」とか、「○○さん、気にしすぎ。大丈夫だから安心して。僕、そんなに怖い顔してますか?笑。」という感じでスルーしてたんですけど、それが10回、20回と重なってくると、、、ねぇ?

なんだか『赤信号に止まるんじゃねーよ!もっとスピード出して青信号で行け!』と言われているようにも感じてくるんですよね。

 

そして次に信号機が見えたら僕も緊張するんです。『赤信号にならずにこのまま行けるだろうか?まだちょっと距離あるな。スピードあげた方がいいか?げっ、歩行者用信号点滅してるし。』

赤信号に止まります。

 

その人は「あぁ~、また赤になってしまったー。ごめんなさい、すみません。わたしがいけないんです。」と言ってくるわけです。

『いや、あの、運転してるの、僕なんですけど。。。』、『さっきはああいう風に答えたし、今度はどうしよう?』

 

こっちも軽いパニック状態です。

 

会話が少し止まってしまいました。

『あ、まずい。』と思ったときには遅かったです。その人の手がすごく震え出すんです。震えというより振戦というか、痙攣レベル。それで謝り続けるんです。

 

冷静に考えたらホラーですよね?

 

でもね、実際にこのレベルまでいってしまう人がいます。(その人にはしっかり対応しましたよ。おさまるまで3時間ぐらいかかりましたが。)

普通に生きている人からしたら考えられないですよね?知らない人が見たら「早く救急車を呼ばないと!」レベルだったと思います。

 

でもこれがその人にとっては日常なんです。

 

 

車が赤信号で止まってしまった。僕は急いでいるかもしれないのにどうしよう?機嫌が悪くなって怒鳴られたりしないかな?殴られたりしないだろうか?

どうすればいいんだろう?

そうだ!まずは謝ろう!謝って許してもらおう。

 

「私が一緒に乗っていたから赤信号になってしまったんです。ごめんなさい。すみません。」

これがその人の最善の言葉なんです。

 

 

そしてその人も、これが面倒くさい言動だということも理解しています。

 

 

苦しいことを言っているのも理解しています。

だから身体に異常が出てくるんです。

『自分にできる最善のことをしたのに、状況はさっきより悪化しているんじゃないか?』と震えだすんです。

 

この状態は本当になったことがない人にはわからないと思います。

 

僕もそのときは心が健康だったので知識としては理解していても、あの人の気持ちが全然わかっていませんでした。

 

心が弱ってからは気持ちがわかるようになったんですけど、『あの人、よくこんな怖い状態で我慢できていたんだな。』と思いました。

 

 

この状態になってしまったらすぐに解決はしません。

 

長い期間苦しみと向き合っていかないといけません。

 

 

でも、あなたはちゃんと苦しみと向き合っていますよね。

 

 

こんな被害妄想というか誇大妄想というか、こんなに苦しい状態でもがんばっています。

周りからは「なにを言ってるんだこの人?」と理解されないことも多いかもしれません。

 

 

この言葉を今あなたに贈ってもあなたには届かないかもしれません。

だけど書かせてください。

 

あなたは何も悪くなんかありません。

 

 

あなたがいなければ困る人も必ずいます。

もし今いなかったとしても、将来必ず現れます。

 

あなたはこの世界に必要な存在です。

 

 

今はまだ難しいとは思いますが、自分を責めるのはほどほどにしてくださいね。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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『やめるわけにはいかない。』と思ったことってありますか?

『やめるわけにはいかない!』、『がんばらなくちゃいけない!』と思ったこと皆さん一度はあるんじゃないですか?

 

これね、

 

あなたはやめたいんですよ。

 

あなたの心はもうやりたくないんです。





やめるわけにはいかないと思ってしまった時点で、あなたの心はやめたくてやめたくて仕方ないと思っています。

実際にこの思いが強くなりやめてしまうこともありますが、なかなかそうは言ってもやめられないものなんですよね。

 

やることが自分の義務や責任であったり、使命、あるいは脅されているといったケースはなかなかやめられません。

やめることによって自分にも不利益をもたらされるから。ダメージが来るから。

 

なかなかやめるという選択ができません。

気軽にやめるという選択はできません。

 

 

やめたくてもやめることができない環境の中に身を置き続けるって、あなたが想像している以上に心を疲弊させていくんです。

 

 

心に気合を入れて、身体にムチを打って、根性で乗りきって、終わった後にすごくクタクタになって、それでもそんな生活を続けて。

ゴールも見えなくて、心が折れてしまいそうになって。

 

 

それでもやめるわけにはいかないから、がんばります。

 

 

ストレスもすぐに溜まり、発散させても追いつかない。

ストレスを発散させようとする気力もなくなり、毎日がだるい。

 

こんな状態になってもやめるわけにはいきません。

こんな状態になっても続けていかないといけません。

 

 

やめるわけにはいかないということは、そんな苦しい状態をずっと続けないといけないということです。

 

 

ゴールまではまだまだ遠いのに、すでにもうヘトヘトです。

だけど立ち止まるわけにはいかないんです。

 

この状態ってすごく疲れます。

『いつやめてもいいんだよ。』と許可を与えられないときって、心にプレッシャーがかかります。

あまりに思い詰めてしまうとそのプレッシャーに押し潰されてしまいます。

 

 

人間ってね、自分の自由にできればいいのですが、立場が邪魔をすることがあります。

あなたがその選択をすることを、周りが許してくれないことがあります。

「赤の他人は黙ってろ!」

「周りは出しゃばるな!」

で終われたらいいのですが、人間って多くの人が出しゃばりです。




オリンピックの金メダル最有力候補があなたです。

まだオリンピックが始まってもいないのに、周りはもう金メダルを取ったかのようにあなたをもてはやします。

テレビでもあなたはよく特集されています。

 

あなたはインタビューでは「今回は金メダルなんて取れないと思います。」なんて弱音は言いません。「任せてください。必ず取って見せます。」とか「金メダル以外価値はないです。」と自信満々に発言します。

 

ところが実際はスランプに陥っています。『勝たなくちゃ!』、『絶対に金メダルを取らなくちゃ!』という想いが強すぎて、身体が硬くなっています。

あれだけ楽しいと思っていた練習も、最近は全然楽しくなくなりました。

練習も時間が経過するのが長く、疲労ばかりが残り、ちっとも上達した感じがしません。

 

それでも国民は期待しています。

あなたがオリンピックで活躍することを。

 

 

そこを「すみません。気がのらないんで今回は出場を辞退します。」と言えますか?

 

 

言えませんよね。

怪我とかならともかく、理由は気がのらないから。そんなこと言えるわけがありません。

 

もしその理由を正直に言ったとしたら大バッシングですよね。

ワイドショーでは関係もない人に毎日叩かれ、同じ日本人というつながりだけであなたの人格等を否定されます。さらにあなたの関係のない過去にまで話題が広がり、世間はあなたに失望したモード全開です。

街頭インタビューでは評論家気取りの素人が口を出してきます。無責任だとか、もっとメンタル面を鍛えるべきだとか。もっともらしく。

 

能力があるのにそれをしないのは怠慢だという認識が広がります。

 

 

あなたの気も知らないで。

 

 

やめたいのにやめることができない環境でいることは、心に想像以上の負担がかかっています。

続けることが段々と苦痛になっていき、楽しさを感じられなくなってしまいます。

楽しさがなくなりプレッシャーしか残らないと、心の余裕を極端に奪っていきます。

 

 

ここは一度冷静になりましょう。

 

 

一度休息期間を設けましょう。

そして今後のことをゆっくりと考えていきましょう。

 

やめられない環境?

休めない環境?

 

そんなの関係ありません。

 

 

どんなに期待を込められる立場であっても、どんなに責任をとらないといけない立場であっても、あなたが壊れてしまう代償に比べたらそんなものありません。

 

 

自分を一番に考えてください。

 

 

周りのことなんか気にしないでください。

 

 

あなたはそれができない人だからプレッシャーに押し潰されそうになっているんです。

 

 

『やめるわけにはいかない!!』、『成功させないといけない!!』

 

そんなことはないんです。

 

別にやめてもいいんです。

別に失敗してもいいんです。

 

あなたの責任や使命はあなたが決めることです。

 

他人が決めることではありません。

 

 

プレッシャーに立ち向かうのは人間を成長させてくれますが、強すぎるプレッシャーで苦しんでいるときは投げ出していいんです。

必ずしもプレッシャーと戦い続けることが正しいとはかぎらないものですよ?

 

あなたの自由にしてみてはいかがですか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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他人の迷惑などは全然考えず、自分のことばかり主張する、その主張が通って当たり前と考えているわがまま人間に頭を痛めたことはありませんか?

 

今回はそんなトラブルメーカーとの付き合い方について書いていきます。




まず、世の中は大別して二種類の人間にわかれます。

 

わがままな人と思いやりのある人です。

(厳密に言えばわがままだから思いやりがないとは限らないし、思いやりがあってもわがままな人もいますが、今回はわかりやすく区切ります。)

 

子どもの頃はわがままな人の割合の方が多いのではないかと思います。お母さん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃんに甘やかされて育ちます。

 

あなたはただ生きているだけでなにもしなくても相手はニコニコと笑顔になってくれるし、「これほしい!!買ってー!!」と言えばよほど高価なものやまだ年齢的に早いもの以外は買ってくれるのではないかと思います。

お母さんやお父さんがそういったことに厳しい人で買ってくれなかったら、おばあちゃん、おじいちゃんに頼ります。孫が一番かわいいと言われているように、自分の子どもには厳しかった人も孫には甘くなりがちです。で、あとでおばあちゃん、おじいちゃんがお母さんやお父さんに怒られるんです。「そんなに甘やかさないで!」と。

 

ここがわがままが生まれる基点です。

 

 

幼少期にどれだけ甘やかされて育ったかで、わがまま度が違ってきます。

 

 

逆にしつけが厳しすぎたり、虐待といった家庭で育った子どもは、わがままになることは少ないです。

 

子どもから見たら大人は脅威です。

身長も高く、身体もがっちりしている、威圧感がすごいです。

にらまれようものなら、その眼圧で足がすくみます。

怒鳴られようものなら、その頭の上から聞こえる大声に身をすくめます。

暴力をふるわれようものなら、自分の身体なんて簡単にとんでいきます。

 

そのために子どもがとれる予防手段といったら、大人の機嫌を損ねないように相手の顔色を必死で伺い、どうすれば機嫌よくいてくれるのかを観察することなんですね。

大人よりも身長が高くなることはないですし、身体もでかくなることはありません。

大人より威圧的になれない子どもにとって、大人に屈するのが身を守るための最善の生き方なんです。

 

 

幼少期はわがままで育ってきた子どもも、いつまでもわがままでいるわけにはいきません。

小学校に入ると団体行動をしないといけません。

 

今までは自分の好きな子とだけ砂場やブランコで遊んでいたらよかったのに、好きな子も、嫌いな子も、同じクラスで一緒に授業を受けないといけません。

その授業も算数は嫌いだから出ない、体育は嫌いだからやらないという選択肢はありません。

 

 

「嫌いでもやれ!!」と押し付けてくるんですね。

 

 

でもね、稀に生き残れる人もいるんです。

 

ずっと甘やかされて育ってきたり、親の権力がすごく坊ちゃん、お嬢様といったタイプの人もいます。

わがままであることを許された人間ですね。

 

そういう人の周りには常に、わがままを許してくれる人がいました。

周りの人間は自分を立ててくれるために存在します。

それが常識で、自分のことをわがままだとも思っていない人たちです。

 

逆に自分の主張が通らない相手にぶつかると、相手のことをわがままな人だと主張します。

 

ド天然のわがままです。

 

 

それとは別にもう一つのタイプがあります。

 

 

養殖されたわがままです。





仕事で高い地位にいる人がなりやすいです。

会社でしたら重役クラスですし、職業でしたら先生と周りから呼ばれる人に多いかと思います。

いずれにしても立場の上の人間です。

 

こちらが特に何もしなくても相手の方からご機嫌をとってきます。「先生、今日はよろしくお願いします。」と相手の方から頭を下げてきます。

初めのうちは自分のことを尊重してくれることに戸惑いもあるかもしれませんが、人間慣れてきます。

何年も何年もそんな環境で暮らしていると、こんな思考が出てきます。

 

 

『この人たちが自分にペコペコ頭を下げているのは、人間として自分の方が優れた存在だからだ!』と。

勘違い人間の出来上がりです。

 

 

この人たちの厄介なところは、ド天然のわがままな人たちと違い、わがままだということを自覚しています。

 

 

自覚したうえで、相手のことを見下すために、自分の方が上の立場にいることを確認するために、わがままなことを言ってきます。

 

 

丁寧に言ってくれたらまだいいのですが、勘違いわがまま人間は人を見下すことで優越感を得る人が多いです。

乱暴な口調やぞんざいな態度でわがままを遺憾なく発揮します。

わがままを言い、それに従わせることに快感を覚える人種が多いです。

 

 

変態さんです。

 

 

そんな困った人たちなんですが、この人たちって、能力的に優れている、または普通の人よりも要領がいい人たちが多いです。

 

ドラえもんのスネ夫くんを思い浮かべてください。
いつもジャイアンの腰巾着というか後ろに立って、わがままなジャイアンのご機嫌を伺います。ジャイアンに気に入られ二番手ポジションをキープしています。

ジャイアンがいないときはすごい強気で仕切りたがりますよね?
のび太くんに対しての態度もきついです。

 

ちょっと偏見も入っているかもしれませんが、わがままだと自覚している人はこういう人だと思います。

 

 

自分より弱い立場の人間にしかわがままは言わず、自分より強い立場の人間にはペコペコします。

 

 

無自覚わがままは直りますが、わがままを自覚している人は直りません。

 

 

その人が直そうと思わない限り。

あなたが直してもらおうと努力をしても無駄です。

その人はわがままを言って自分の地位を確かめることが生きがい人間なんです。

生きがいを奪うことは誰にもできません。

 

 

とはいえ、あまりにもわがままがひどいようなら話し合いは必要だと思います。

相手はあなたのことをのび太くんだと思っています。

自分より下の人間だと思っています。

 

 

あまりにもわがままがひどすぎるときは、一度、その勘違いを修正してあげませんか?

 

 

一度わからせてあげると、相手の方も少し距離をあけてくれますし、今よりも丁寧に対応してくれるようになると思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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嬉しいと楽しいの違いって何?嬉しいよりも楽しい重視の生活を!

皆さんは嬉しいと楽しいの違い、わかりますか?

両方とも喜びの感情の一つですが、この二つには明確な違いがあります。

 

これをわかっていないと、人生が苦しいものに変わってしまうかもしれません。




嬉しいときって対象の相手や出来事があると思います。

 

あの人にほめてもらえた。嬉しい。

あの人に認めてもらえた。嬉しい。

あの人に喜んでもらえた。嬉しい。

あの人に告白された。嬉しい。

あの人に期待された。嬉しい。

出世した。嬉しい。

就職の内定をもらった。嬉しい。

大学に合格した。嬉しい。

大会で良い成績を残せた。嬉しい。

 

 

嬉しいというのは外部からの刺激によって発生する感情です。

 

過去の感情です。結果によって左右されます。

 

している時点では喜びがないんです。

 

 

 

楽しいは違います。

 

あの人と会うのは楽しい。

歌を歌うのは楽しい。

走るのは楽しい。

食事をするのは楽しい。

勉強をするのは楽しい。

ゲームをするのは楽しい。

仕事をするのは楽しい。

テレビを見てゴロゴロするのは楽しい。

 

 

楽しいというのは外部からの影響を受けません。自分の内側から発生するものです。

 

現在進行形の感情です。結果なんて関係ありません。

 

している時点で喜びがあるんです。

 

 

 

嬉しいのは外部からの影響、楽しいは自分の内面からの感情です。

 

嬉しいの対義語は悲しいですが、楽しいの対義語は悲しいではありません。

楽しいの対義語はつまらない、苦しいです。

 

嬉しいと楽しいの違いがわかっていないと、大変なことになってしまうかもしれません。

 

 

人間は楽しいを軸にして生活しないといけません。

 

 

嬉しいを軸にして生活をしていると、いつか壊れてしまうかもしれません。

 

 

この二つは似ているようでまったく異なる性質を持ちます。

 

楽しいを軸にして生活できる人は、人生を謳歌できます。

嬉しいを軸にして生活している人は、人生に疲れてしまうかもしれません。

楽しいを軸に生活している人は自分軸です。

嬉しいを軸に生活している人は他人軸です。

自分が喜ぶことをして、楽しいんです。

相手が喜ぶことをして、嬉しいんです。

 

嬉しいだけで生活をしていくと、いつか大きな壁にぶつかってしまうかもしれません。

 

嬉しいだけで生活をして、満足感を得られているときはさほど問題はありません。

生きづらさを感じることもあるかもしれませんが、充実感で心が満たされます。

問題は嬉しい生活だけで満足感を得られなかったときです。

 

 

楽しいと違い、嬉しいには対象の人や物があります。

 

自分の内側から発生するものではないので、結果に左右されます。

自分の期待していた結果が出なかったら、満足感なんて出てきません。

 

満足感を出そうとさらにがんばります。

それで結果が出ればいいのですが、それでも結果がでないこともあります。

そうなると『報われない。』と感じてしまいます。

 

報われないと感じてしまうと疲れやすくなってしまいます。



嬉しいと楽しいはまったくの別物です。

 

 

人生が苦しいと感じているのなら、それは嬉しいを軸にして生活しているからです。

 

苦しい人生から抜け出すためには、楽しいを軸にして生活しなければいけません。

 

 

嬉しいを軸にしてしまうと自分にとってつらいこと、苦しいこと、しんどいこと、嫌なことでも進んでしてしまうようになります。

結果に期待して。

相手が喜ぶと思って我慢してでも行動していきます。

 

ですが、あなたは万能ではありませんし、対象があることなので必ずいい結果になるとは限りません。

喜んでもらえると思ってしたことが相手を怒らせてしまったり、悲しませてしまうことすらあります。

 

ただ喜んでほしかっただけなのに。

喜んでさえしてくれたら満たされるのに。

 

それさえしてくれない。

 

してあげたのに怒られた。

やってあげたのに悲しまれた。

 

 

あなたが期待していた反応と正反対の反応をされ落ち込んでしまいます。

心がざわざわと騒ぎ立てます。

感情が乱されます。

 

 

嬉しいはね、期待をしたらダメなんです。

 

クリスマスプレゼントをもらえるだろう。嬉しい。

誕生日プレゼントをもらえるだろう。嬉しい。

プロポーズを受け入れてくれるだろう。嬉しい。

 

全部あなたの推測でしかないんです。

 

 

それが外れたときは、

 

クリスマスプレゼントをもらえなかった。悲しい。

誕生日プレゼントをもらえなかった。悲しい。

プロポーズを断られた。悲しい。

 

嬉しいが悲しいに早変わりします。

 

 

さらに悲しい状態が続くと、悔しいという怒りの感情へと変化していきます。

 

期待していたからです。

嬉しい結末を期待していたのに、その結末にたどり着かなかったから、悲しくて悔しいんです。

 

 

嬉しいは裏切られることがあります。

 

 

こんなことが何度も続くと疲ればかりを感じるようになり、性格も歪んでいきます。

 

 

楽しいは裏切ることはありません。

 

あなたが現在進行形で感じている気持ちだから。

楽しいはあなたの心にゆとりと癒しを与えてくれます。

だから疲れもほとんど感じません。

 

楽しい時間程速く時間が経過すると言われていますが、なにかに夢中になり、時計を見たら『うわっ!』って驚いたこと、一度はあるでしょう?

すごく熱中してそのことばかりが頭にあって、声をかけられても気がつかなかったということ、一度はありませんか?

 

楽しい時間というのはね、その時間自体があなたにとって天国のような時間なんです。

 

悩みを忘れることができます。

落ち込んでいても徐々にやる気が出てきます。

集中しているから疲れる状態のはずなのに、全然疲れなんて感じません。

食事をするのも忘れて。

寝るのも忘れて。

不眠不休でもすることができます。

 

 

嬉しいと楽しいってこうやって考えると全然違うでしょう?

 

 

嬉しいは疲れがたまりやすいです。

楽しいは疲れがたまりにくいです。

 

あなたが生活をするのに疲れを感じているのならそれは、楽しいではなく嬉しいがベースになっているのかもしれません。

嬉しいではなく、楽しいに重点をあてていきませんか?

 

一度きりの人生なのか転生があるのかはわかりませんが、貴重な一回を苦しいに当ててしまうのはもったいないですよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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自分の芯がない!流されてばかり!意思がない!ブレない軸がほしい!!

優しすぎるあなたが苦しいと感じているのなら

期待に応えられない自分は

期待に応え続けるのに疲れてしまったら

どうして自分だけこんな目に。悲劇の主人公になってしまったら?

『どうして俺だけこんな目に。』、『どうして私だけこんな目に。』と思ったことはありませんか?

 

人生がうまくいかなくて、なんとかしようと努力して、それでもうまくいかなくて、さらに方法を考えて、また失敗して、、、

周りはうまくいっているように見えるのに、自分だけがうまくいかないように思う。

最後は根性論に頼るしかなくなってしまったのに、その根性すらもはや尽きかけて。

もう打つ手がないところまできているのに、それでも譲ることができなくて。




最高の結果を目指してがんばるも、現実は残酷。

現実は残酷だから、さらにがんばって努力する。

 

何度も何度も何度も挫折を味わって、それでも望む結果までたどり着いたことは一度もない。

 

こんな浮かばれない状態にあなたはなったことはありますか?

 

 

まさに、理想を目指していくらがんばっても報われない、悲劇の主人公の誕生です。

 

 

人間ってね、報われるからがんばれると思うんです。

 

 

報われないがんばりを続けることほど、しんどいことはありません。

結果を追い求めて、いつかは報われると信じて、精一杯努力もして、弱音を吐きそうになっても歯を食いしばって必死にがんばり続けます。

気力を振り絞ってがんばり続けます。

 

でも、一度も報われません。

 

理想が高すぎて。

現実が残酷すぎて。

 

せめて一度くらい報われてくれたら前に進むことができるのに、現実はその一度の機会さえ与えてくれません。

たった一度でも報われたのなら浮かばれるのに、そのたった一度さえゆずってくれません。

 

がんばって歩いているはずなのに、前に進まず足踏み状態です。

 

 

この積み重ねがあなたを悲劇の主人公にしてしまいます。

 

がんばりすぎて疲れ果ててしまったんです。

 

 

それとは別に、もう一つ悲劇の主人公になる方法があります。

 

 

それは幸せだった人です。

 

 

その幸せがずっと続けばいいのですが、幸せがいつまでも続くとは限りません。

 

ある日突然、あなたの幸せを破壊する出来事が起こってしまいます。

幸せだった生活が一変してしまいます。

幸せだった日常が戻ってこないことがあります。

 

 

父親がある日、事故にあって死んでしまった。

妻がある日、突然自殺をしてしまった。

息子がある日、難病で寿命が少ないことがわかった。

自分がある日、痴漢の冤罪で会社をクビになった。

 

 

幸せだった生活が崩れ去ります。

 

 

これね、あなたじゃなくてもいいじゃないですか?

こんな珍しい、まるでドラマのようなことがわざわざ自分に起こらなくてもいいじゃないですか?

こんなことが起こらずに一生を終える人の方が多いのに。

 

よりにもよって、自分の身に起こらなくてもいいじゃないですか?

普通でよかったのに、それすらも許してくれないときがあるんです。

 

確かにね、生きていたら色んなことを経験します。

それは良いことばかりするわけではなく、ときには悪いこともしたと思います。

むしろ悪いことばかりで、良いことをしたことが少ない人も多くいると思います。

 

でも、こんなにもつらい想いをするほど、バチが当たるほどのことをしたんでしょうか?

そんなに悪いことをして人生を歩んできたのでしょうか?

 

 

多くの人は違うと思います。





ここまで天罰のようなことがくだるほどの悪さをしていた人は少ないと思います。

でもね、あなたはそんな状況におちいってしまいました。

 

それが偶然なのか必然なのかはわかりません。

それがたまたまなのか運命なのかは誰にもわかりません。

 

 

でもあなたが選ばれました。

 

 

選ばれるのは少数の人だけなのに、その少数の中に入ってしまいました。

 

どうしてあなたなんですかね?

なんであなたがこんなにもつらい目にあわないといけないんですかね?

こういうときはあなたが望みすぎているだけで、不幸を気取っているだけだと言いますが、本当にそうなのでしょうか?

 

あなたはそんなにも大それたことを望んでいたのでしょうか?

ただ、普通の生活ができるだけでよかったのではないですか?

 

 

その普通さえもあなたには望みすぎなことなんでしょうか?

 

普通の幸せを理解していない人間がしんどいと不満を言っている中で、普通の幸せの大切さを理解したあなたが普通の生活をしたいと望むのは、本当に望みすぎのことなんでしょうか?

 

 

悲劇的な思考しかできないから不幸なことばかり起こるんだという人もいますが、これって最初から悲劇的な思考しかできなかったわけじゃないんですよね。

最初は誰もがポジティブというか楽観的な思考ができていたと思います。

 

 

でもね、その思考ではいられなくなってしまったんです。

 

 

つらいことを体験することによって。

実際に不幸なことが現実に起こって。

現実にあらがおうとして現実に押し潰されて。

楽観的な考えすらできないくらいズタズタにされて。

 

まともな思考のままでは頭がどうにかなってしまいそうだから、悲劇の主人公になったんです。

悲劇の主人公は、自分が壊れないようにするためにあなたにできる最大のことなんです。

 

 

悲劇の主人公思考はなっている本人自体も嫌悪してしまうものなのですが、

 

悲劇の主人公思考は今のあなたを守ってくれているんです。

 

 

悲劇の主人公思考にまでなってしまったときは、すぐに直さなくていいですよ。

 

 

そこまで苦しい想いをしてきたのだから。

 

そこまでつらい想いをしたのだから。

 

 

今は悲劇の主人公に浸るべきときなんです。

 

 

娯楽として悲劇の主人公を気取る人もいますが、あなたは違うでしょう?

 

悲劇の主人公の自分に酔っているだけの人なら、ここまで読んでくれていません。

悲劇の主人公から抜け出したいと思っているあなただから、ここまで読んでくれたんです。

 

そんながんばっているあなたでも抜け出せないのなら、今はまだ抜け出せる状態になっていないのだと思います。

あなたは『もっとがんばらないと!!』と思っていると思いますが、もう十分がんばっていると思いますよ。

 

前を向こうとしているあなたなら必ず、悲劇の主人公から脱出できます。そのときがまだ来ていないだけです。

 

悲劇の主人公は疲れてしまいますが、あなたは少し焦りすぎなのかもしれませんよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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