誰かを助けたいと思ったことはありますか?
あなたにとって大切な人であったり、街で見かけた見ず知らずの困っている人であったり、はたまたテレビで見るだけの赤の他人であったりと、対象はまちまちです。
助けたいと思う精神は素晴らしいと思います。
助けたいと思うことができるあなたは、相手の痛みを理解することができる優しい人です。
助けたい人を助けてお互い幸せになる。素敵なことだと思います。助けるほうも満足しますし、助けられたほうも感謝すると思います。
でも現実はそんなに甘い話ばかりではありません。
助けたいを続けていくと必ず、自分では助けられない場面がでてきます。
完璧な人間なんていないので、自分の手には負えない状況というのにいつの日かでくわしてしまいます。
そのときに自分には無理だと簡単にあきらめられたらいいのですが、そうでなかったときは負の感情にとらわれてしまいます。
助けることができない自分に罪悪感、嫌悪感、無力感、といった感情がまとめてのしかかってきます。どれか一つだけでも苦しい感情が、束になってあなたにのしかかってきます。
心の負担になり、心が疲れてしまいます。
負の感情にとらわれてしまったときは、できていることに目がいきません。できていないこと、できなかったことにばかり目がいってしまい、自分の無力さに打ちのめされてしまいます。
この状態は自分に対する正当な評価もできなくなり、自分のことを過小評価してしまいます。自信をなくしてしまうんですね。
・・・
では、どうすればいいのでしょうか??
「助けなくていいです!!」
シンプルですよね。この一言です。
助けられないなら助ける必要はありません。
あなたが無理をしてまで、苦しんでまで、助けなくていいです。
助けられないのなら助けなくていい。当たり前のことですよね?そうやってあなたは今まで生活してきたでしょうし、なにも特別なことではないと思います。
テレビで海外の貧困にあえいでいる子どもの映像を見て、借金までして寄付をしましたか?『あの国の現状ではダメだ。私があの国を変えてやる!』と本気で思い、行動したことはありますか?
ないですよね??
それと同じです。
あなたにはその人を助ける使命も義務も責任もありません。
というか、そもそも、
あなたにその人を助ける力はありません。
その人を助けることができると思っているのならあなたの過信です。あなたにはそんな力はありません。
人を助けきるというのはそんなに簡単なことではありません。
それなのに助けられないと悩むのは傲慢です。
僕もこんなブログを書いていますが、本気であなたを助けられるとは思っていません。もちろん助けることができたら一番ですが、僕よりもずっと深い悩みを長年抱えている人もたくさんいますしね。僕が書いた内容に共感できた人の心をほんの一瞬だけでも軽くすることができればとは思っていますけど。
このブログを読んであなたは助かってくださいと言われても困るでしょ?
助けたいけど助けられないときはあきらめてください。
それしか方法はありません。
別にあなたが助ける必要もないし、助けなくても罪はありません。
溺れている人を泳げないあなたが助けに行っても一緒に溺れるだけ。要救助者が二人になるだけです。
気持ちだけでは助けられません。
夢のない話ですが。
助けるには力が必要です。
ですが、今のあなたには残念ながらその力はありません。
下手したら一緒に溺れて死んでしまいます。そんなことになったら悲しむ人もいるでしょう?
あなたが泳げないのなら泳げる人に任せましょう。
助けられる部分だけ無理せずに助けてあげたらいいです。
あなたにできることで助けてあげたらいいんです。
あなたにできないことは助けなくていいんです。
優しいあなた、助けたいと思うことは悪いことではありません。苦しい思いをしたかもしれませんが、それはあなたの心がとてもキレイだという証拠です。
あなたの助けられる範囲で助けて、あなたや周りを幸せにしてくださいね。
あなたにはその人を助けきることはできなかったかもしれませんが、あなたがいるおかげでその人が助かった部分は必ずあると思いますよ?
心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。
関連記事(一部広告):
助けたいのに助けることができない自分は②