何もできない自分が情けない!向上心がない自分に怒りが湧く!!

何もできない自分を情けなく思ったことってありませんか?

他の人が当たり前のようにしていることであっても自分はできなかったり、他の人が簡単にこなしていることでも自分はイチイチ時間がかかる。

 

他の人と比べて自分はあきらかにできることが少ない。

要領も悪く、学習能力が著しく低い。

今まで特に感じてなかったことでも、自分の無能さをヒシヒシと感じるようになった。




これって大変なことなんですよね。

 

自己否定が始まってしまうから。

 

『なんで僕は』、『どうしてわたしは』、こんなことばかり考えるようになってしまいます。

他の人より劣っている自分が許せないんですね。

 

 

自己否定が始まってしまうと、人生は地獄へと変わります。

 

 

何をやってもダメな自分、出来損ないの自分と毎日生活をしていかないといけません。

ダメな自分から離れたくても、出来損ないの自分から卒業したくても、なかなかできません。

 

 

これがね、がんばれているうちはまだ問題がありません。

 

少しでもできる自分になろうと努力をできているうちは問題ありません。

むしろ成長でき、いいことではないかとも思います。

 

だけどこれをやり過ぎてしまうとダメなんです。

 

 

やり過ぎてしまうとあなたは、自分の無能さを今まで以上に感じるようになってしまいます。

 

『あれもできるようにならないと!』、『これもできるようにならないと!』と自分に課題を出します。

 

それもかなり短い期間で。

急激な変化を求めます。

 

自分が嫌いだから当然の心理なんですけどね。

 

 

何もできない自分が情けなくて嫌いだから、すぐにできるようになるようにムチを打つんです。

『何をやってるんだ!サボってる時間がお前のどこにある!まだまだクリアしないといけないことが山のようにあるんだから、こんなもん、今すぐできるようになれ!』と。

 

かなり厳しく自分に怒鳴りつけます。

 

 

それができないと鬼のように自分にダメ出しをします。

 

 

でもね、この急激な変化ができる人ってごく少数なんですよね。

元々要領のいい人、物覚えのいい人が、今までさぼっていてやってこなかった場合だけなんです。

 

その人たちだけが自分の過剰な要求に応えることができます。

それ以外の人たちは自分の過剰な要求に応えることができません。

 

 

急な変化を求めてしまったらダメなんです。

 

 

何もできない自分からすぐに何でもできる自分にはなれません。

 

変化をするには時間がかかります。

 

 

なのにその変化をすぐに求めてしまうと、自分のダメさ加減がさらによくわかるんですよね。

『こんなこともできないのか?』、『変わることすらできないのか?』と自己嫌悪が襲ってきます。

 

 

いや、

 

こんなこともできませんよ?

 

変われなくて当たり前ですよ?

 

 

あなたが何歳なのかはわかりませんが、今までそれで生きてきたんです。

何もできない情けない自分と。




何もできないというのは誤解なんですけどね。

 

 

今回、何もできないと感じてしまったということは、今まであなたが生きてきた人生の中でする必要がなかったことです。

だからできないんです。

 

 

10年、20年、30年、40年、50年、60年する必要がなかったことなんです。

成長を続けて変わってきたのがあなたなんです。

 

 

今まで生きてきて変わる必要のなかった部分を変えていくんです。

 

 

3日で変われるわけがありません。

 

1ヶ月で変われるわけがありません。

 

 

何もできない情けない自分とあと何年間かは、最低でも一緒にいないといけません。

 

 

その間に自分の無力さを思い知りながら。

本当に何もできないということを確認しながら。

情けない自分を責め立てるスパルタ教師の時間となります。

 

 

苦しいですよ?

 

自分を認められないということは。

 

 

つらいですよ?

 

自分を無能だと思い込んでしまうことは。

 

 

本当に心の底から何もできない自分を情けないと思っていると、世の中疲れることばかりです。

 

しんどいことばかりです。

 

 

周りがあなたの変化に気づき「最近よくがんばってるね。」、「どうしたの?人が変わったみたいだね!」と反応を示してくれたらモチベーションも保てますが、あなたの変化に気づかないこともあります。

 

あなたはがんばってもがんばっても、誰も「がんばってるね!」、「あまり無理するなよ。」と言ってもらえないんです。

 

こんなにがんばっているのに。

こんなに無理しているのに。

 

 

こんな生活想像するだけで疲れちゃいますよね。

 

 

実際にこの生活をされている人は、その想像以上に疲れています。

 

 

そしてその疲れた生活をずっと続けていかないといけません。

 

 

そんな生活をあなたも続けているのではないですか?

だからこそこの記事を読まれているのではないですか?

 

何もできない自分が嫌だから、皆さんとっくに行動されているんですよね。

できるようになる方法を本やネットで調べたり、友人や知人、家族などに聞いたりして。

 

そこで何もできない自分と卒業できたような人なら、今この記事を読まれていないと思います。

変わることが楽しくて夢中になって、悩みなんか吹きとばしているような状態だと思います。

 

 

この記事を読まれている人は、何もできない自分が嫌で、既にもう行動をしていて、いまもまだ変わろうとしているのに、一生懸命がんばっているのに、そこまでしても変われていない人だと思います。

 

 

でもあなたは、本当に何もできませんか?

 

 

あなたは生まれたときから寝たきりで、常に介護を受けないと生きていけない状態ですか?

 

何もできないと思い込んでしまうと、自分のことをものすごく過小評価してしまいます。

本当は何もできないことはないのに、上だけを見て『あれもできない。』、『これもできない。』と自己嫌悪に浸ってしまいます。

 

 

こういう書き方は誤解を招くかもしれませんが、

 

あなたの下はたくさんいます。

 

あなたよりできない人間なんかごまんといます。

 

 

むしろ人よりもできる部類の人も多いです。

 

 

上だけを見つめてつらい思いをするよりも、たまには下を見てみませんか?

あなたが『これぐらいできて当たり前。』と思っている常識は、世間一般の常識とズレているかもしれませんよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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笑えなくなったのは心のSOS!泣けなくなったのは心の死!!

皆さんは笑えなくなってしまったことってありますか?

笑えなくなってしまったというか、最近笑っていないことに気づいたことってありませんか?

 

前はもっと笑ったり、楽しんだりしていたのに、最近笑った記憶がない。

愛想笑いはよくしているけど、全然楽しくない。愛想笑いをするのにも力を使うようになってしまった。

出てくるのは乾いた笑いだけ。

 

心の底から笑ったのは最後はいつだった?

 

 

これね、かなりの危険信号です。





笑えなくなっているということは、自分に余裕がなくなっているということです。

笑えなくなってしまったということは、それだけあなたが追いつめられているということです。

 

 

でもね、それに気づけただけでもあなたはすごいんです。

 

 

最近自分が笑わなくなっている、笑えなくなっていることに気づけない人も多いんです。

笑えなくなっていることに気づかないうちに、次のステージにまで行ってしまう人も多いんです。

笑えなくなっていることに気づけただけでもすごいんです。

 

笑えなくなったことに気づけた時点で、予防をすることができます。

 

 

笑えなくなっていることに気づいたときって焦りますよね?

 

『一体いつからだ!?』、『どうして笑えないんだ!?』と思ってしまいます。

『このままじゃ、ヤバイ!!!』と怖くなってしまいます。

 

自分が壊れてきているように感じます。

 

 

自分が好きだったことをしても、全然楽しくないんです。

自分の好きな映画やテレビを見ても、全然のめり込めないんです。

笑うという感情が自分の中でなくなっている、死んでしまったんじゃないかと焦ります。

 

 

でもね、これ、焦ってもどうにもならないんです。

 

 

逆に焦れば焦るほど笑えなくなってしまいます。

 

 

笑えなくて焦っている人に残酷なお知らせです。

 

笑えなくなったときって、何をやっても笑えません。

せいぜい愛想笑い、乾いた笑い、苦笑いくらいです。

 

 

心からの笑顔はでません。

 

 

あなたの心は笑いたくなんかないのだから。

笑う元気さえ出ないほど、消耗しているのだから。

『まだ大丈夫だ!笑える!』と自分を安心させることもできないくらい心が疲れています。

 

 

一度ゆっくり休みましょう。

 

あなたはがんばりすぎです。

 

無理のしすぎです。

 

 

これ以上がんばってしまっては、心が平坦化してしまう危険があります。

 

 

ところで、

 

あなたは泣くことができていますか?

 

 

笑えなくなっても泣けているうちはまだいいです。

 

最終的には泣くこともできなくなってしまいます。

 

 

楽しい、悲しいを感じることが麻痺してしまい、生きていても現実感はありません。

 

 

どこか自分を他人事のように見てしまうようになってしまいます。

あなたの人生なのに、現実感がわかないようになってしまうんです。軽い夢の中にいるという感覚が一番適切ですかね。

 

感情が鈍化してしまいます。




笑えなくなるのはその第一段階だと思います。泣くこともできなくなる前に対応していきましょう。

 

笑えなくなってしまったときの対応なのですが、

 

無理して笑おうとしなくていいですよ。

 

 

・・・
・・・
冗談でもなんでもなく笑えないときの対応は、笑おうとしなくていいです。

無理に笑おうとしてしまうと、笑えなくなってしまった自分に焦りを感じます。

その焦りがさらに心に不安を与えます。

 

笑えなくなってしまったときは『うわ!俺、いつから笑えていないんだろ?そこまで疲れてるんだからまあ仕方ないか。』で終わりにしないといけません。

 

だけど笑えなくなっていることがわかって焦りが出てくると『笑えない!?なんで!?まだまだもっとがんばらないといけないのに!!病気?そんなのになってる暇なんかない!まだ笑えるよね?笑え!笑え!』となってしまいます。あなたの心をさらに追いつめてしまいます。

 

 

この期間なんですが、簡単に笑えるようにはなりません。

 

 

だって楽しいと感じる機能が故障するほど、疲れ切っている状態ですから。

楽しいと感じる機能を修復しないと、笑えるようにはなりません。

 

・・・で、肝心の修復方法なのですが、

 

ゆっくりと休むことです。

 

 

自分が今どんな感情を抱いているかに焦点をあてることです。

 

 

ここまで来てしまう人は自分の気持ちに無理をさせすぎてしまって、自分の心がわからなくなってしまっている人が多いです。

自分のしたいことをするのが本当は一番早い回復法なのでしょうが、自分が何をしたいかもわからなくなってしまっていると思います。

 

 

でもね、確実に言えることとして、

 

 

今現在、あなたはかなりの無理をしています。

 

 

そうじゃないと笑えなくなることはありません。

大したことないように捉えている人もいるかもしれませんが、笑えなくなることって普通はありえないことですよ。

異常なことなんです。

 

・・・
・・・
焦らなくていいと言いつつ煽ってしまいましたが、危機感が全くない人は少し危機感を持ってください。

 

自分は今、危険な立ち位置にいると。

でもね、これが絶望的な位置じゃまだないんです。

まだ回復できる位置に立っています。

 

 

その方法が焦りすぎないこと、ゆったりとかまえることです。

 

 

笑えなくなってしまうまで無理をしてしまったあなたは、無理をすることが習慣になっています。

逆に無理をしないでグウタラしていると罪悪感を感じるかもしれません。

 

でもね、

 

たまにはグウタラ生活もいいものですよ?

 

 

笑えなくなってしまったのなら、笑えるようになるまでノンビリしてみたらいかがですか?

気を楽にして自然体で過ごしましょう。

いつか自然な笑みが出てくると思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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身体的なものだけではなく精神的なものが原因で、大切な人が見ていられないほど苦しそうにしているところを目撃してしまったことはありますか?

 

これね、すごく大変なことなんですよね。





あなたの大切な人が苦しんでいるわけです。沸騰した鍋の中に入れられてグツグツと煮られているわけです。

最初は悲鳴を出していましたが、今では悲鳴を出す元気さえありません。沸騰した鍋の中で「熱い!」と声を発することもなくグッタリとしています。

 

まるで『半分死んでいるんじゃないか?』と錯覚してしまうほど生気がありません。

 

 

この場合あなたはどうしますか?

 

 

鍋の火を止められるのなら、もちろんすぐに止めますよね。

でも、火を止めることができない状況なら?

 

あなたは沸騰した鍋に飛び込むんじゃないですか?

 

 

あなたはあなたの大切な人を助けるために覚悟を決めて鍋に飛び込むます。

飛び込んだ直後はあまりの熱さに声が出ません。感覚も麻痺します。

そして数瞬後、ものすごい熱さが身体を襲います。熱さというより、もう痛さですね。全身を針で刺されまくったかのような激痛が身体を走ります。そこで初めて声が出ます。「ぎぃやゃゃゃぁああぁぁ!!!」と叫び声が。あなたも大切な人と同じ環境に身を置くことになります。

 

大切な人は自力では脱出できないほど弱っています。

 

「こっちへ!」と手を差しのべても反応すらしません。相手の耳には入っていますが、自分の声が相手の心にはまったく響かないんです。

相手からの反応がないなら自分から近づくしかありません。グツグツと沸騰した鍋の中を障害物を掻き分けながらゆっくりと進みます。

 

その度に激しい痛さを感じ、身体と心が悲鳴をあげますが、それを『絶対に助けるんだ!!』、『絶対に救ってみせる!!』と、意志の力で押さえつけます。

やっとのことで相手のところまでたどり着くんですが、そこで問題が発生するんですよね。

 

 

何もできないんです。

 

 

相手がグッタリしていて引っ張っても動かないし、持ち上げようとしても力がないんです。

相手の場所まで行ったのはいいのですが、そこからは何もできません。グツグツと沸騰した鍋に一緒に煮られるだけです。

 

 

そこであなたは絶望をします。

 

 

助けてあげたいのに、自分には力がないことに気付きます。

相手を助けようと言葉にしても、相手には届きません。

相手を助けようと行動しても、一向に思う結果までたどり着けません。

 

 

相手が以前のように笑って暮らせる場所を用意したいだけなのに、自分にはその場所を用意する力すらないんだということを実感します。

 

 

無力な自分に絶望します。

何もできない自分に怒りと悔しさが襲ってきます。

助けたいと思っているのに、助けることができません。

 

相手への罪悪感でいっぱいになってしまいます。




これね、

 

助けなくていいんですよ?

 

 

薄情に聞こえるかもしれませんが、あなたの問題ではなく相手の問題なんです。

相手が対処しないといけない問題なんです。

 

あなたは自分の時間をかなり削ってまで助けようとしていませんか?

 

あなたは自分の生活を壊してまで助けようとしていませんか?

 

あなたは相手を助けるために色んなものを犠牲にしてきたのではないですか?

 

あなたは相手を救うために自分の人生を壊していませんか?

 

 

相手の人生を救うことがあなたの生きる意味ですか?

 

相手の人生を救うことがあなたの存在理由ですか?

 

 

 

本当に??

 

 

救えていませんよ、大切な人。

助けられていませんよ、大切な人。

 

あなたはただ、意地になってるだけじゃないですか?

 

『俺しか相手を助けられる人間はいないんだ!』
『わたしがあの人を救わないといけないのに!』

 

でも、助けられないんですよね?

その人はあなたが救えるような人じゃないのではないですか?

 

たしかにあなたに力があったら助けられたかもしれません。

 

 

でも残念ながらあなたにはその人を助ける力がないんです。

 

 

このままではあなたの方が引きずられてしまいます。

脱出できなくなってしまいます。

 

というか、もう、その状態ではないですか?

 

救えない自分のあまりの無力さに、精神が不安定になっていませんか?

助けられない自分のあまりの無能さに、自分を殺したいほどの怒りがこみ上げていませんか?

 

大切な人が苦しんでいるのに、自分にできることはもう何もないんですよね。

ただ近くにいて相手が回復してくれるのを待つことだけなんです。

 

 

でもね、その間ははっきり言って地獄です。

 

 

『わたしは大切な人一人助ける力もないんだ。』、『僕がもっとこういう人間だったらあの人を救えたかもしれないのに!』という思いを延々と抱え込みます。

相手がいるときは「大丈夫だよ。俺のことは気にしないで、自分のことだけ考えて。」と演技ができるのに、相手がいないときは怒りと悲しみと苦しさで壊れそうになってしまいます。

 

 

あなたにはその相手を助ける使命も責任もありません。

 

あなたは一人で逃げ出してもいいんです。

 

 

それは卑怯でも臆病でもなく当たり前のことです。

人間は自分を一番大切にしないといけません。

他人を一番にしてはいけないんです。

 

それにね、あなたは自分の無力さを呪っているのかもしれませんが、あなたがいることで相手が助かっていることは多いはずです。

 

あなたが思っている以上に相手の力になっていると思います。

 

それでも、自分ではどうにもならない状態になってしまったときは、自分を一番大切にする選択をしてください。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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好きになった時点では無謀な相手だとは思わなかったけど、交際を続けていくうちに『無謀なんじゃないか?』と思ってしまったことはありませんか?

 

既婚者で将来がないとわかっている相手。
ものすごく年上で世間一般の常識では考えられない相手。
自分にすごく雑な扱いをして暴力をふるってくる相手。
生活も文化もまったく違う外国人。
身分や地位が違いすぎる相手。

などなど無謀な相手は様々です。




とにかく、誰かに話をすると『えっ!?』と驚かれる相手です。

あなたの家族や親友に話すと「何を考えてるの?正気?」と反対される相手です。

周囲がすんなり受け入れてくれることはなく、違う相手にした方が簡単に結婚できるような相手です。

 

この人たちと一緒になるには、他の人たちよりも高いハードルをたくさん乗り越えていかないといけません。

 

そしてそのハードルを乗り越えたからといって、あなたが幸せになれるとは限りません。

 

 

既婚者と結婚するにはまず、相手に家族と別れてもらわないといけません。相手の家族が素直に応じてくれるとは限りません。慰謝料や養育費といったものを別れた家族に払っていかないといけないときもあります。相手に離婚してもらってもすぐに結婚というわけにはいきません。ある程度時間をあける必要があります。あなたが相手から家族を奪ったと思っている人には、あなたは冷たい目で見られるでしょう。陰口や噂もたくさんあります。子どもがいる場合、あなたと暮らすことになるかもしれません。まったく馴染んでくれず、ずっと敵意をむき出しにされるかもしれません。相手もあなたに「自分はお前のために離婚までしてやったのに!」と恩着せがましくなるかもしれません。

 

50歳年の離れた相手と結婚すると打ち明けると『金目当てか!』と思われます。50歳離れていると親よりも祖父、祖母ですよね。まず相手の方が先に死にます。歩けなくなったり、寝たきりで介護が必要になります。下の世話をしたり、お風呂に入れてあげたりしないといけません。相手が認知症になり、あなたのことを忘れてしまうこともあります。

 

暴力を振るってきたり、あなたのことをまるで考えない人と一緒にいようとすると、周りは引き離そうとします。「それは愛じゃない。依存だ。」と。あなたのためを思って引き離そうとします。

 

外国人と結婚するということは、どちらかが国を離れないといけません。住み慣れた環境や習慣とは全然違うところで生活をしないといけません。あるいは相手にさせないといけません。その環境に適応するのは簡単なことじゃありません。

 

身分や地位が違いすぎる人を手に入れようと思ったら、今よりももっともっと努力する必要があります。この職業では認められない。親や兄弟の経歴まで足を引っ張ってくることもあります。相手の親が子どもの結婚相手を勝手に決めていることすらあります。

 

 

普通の相手と結婚するよりも乗り越えないといけないことが多いですし、幸せになれるかといったら怪しいです。

 

乗り越えて『やっと手に入れた!』と思っても『あれ?この人とは合わないな。』と後になって気づくこともあります。

 

無謀な恋愛をするよりも、身の丈に合った恋愛をする方があなたの生活は楽でしょう。

 

・・・

・・・

でも、

 

それでも、なんですよね?

 

 

そんなことはわかっているし、自分たちが乗り越えられるかわからないけど、それでも、その人がいいんですよね?

反対されることもわかるし、リスクが高いこともわかってる。他にリスクが少なくて皆から祝福される人は別にいます。

わざわざそんな、いばらの道を歩く必要もないのに、それでも、なんですよね?




それなら行くしかないですよね。

前途多難でも。

祝福されないとしても。

 

 

ただ、その道を歩く覚悟がほしいんじゃありませんか?

 

何かを失くしてしまうリスクと恐怖に打ち勝つ、覚悟がほしいんじゃないですか?

 

 

冷静に考えるとそこまでする必要はないことなのかもしれませんね。

 

こんなことで、まだスタートもしていないのに覚悟が必要になるなんて、将来なんかとても無理と思うかもしれませんね。

あなたが無理をして相手に合わせすぎているのかもしれませんね。

 

でも、それでもと思ったのなら、それでいいんじゃないですか?

 

そこまで思えるだけでもすごいことなんですよ?

 

 

ただ執着しているだけですか?

ただ依存しているだけですか?

 

こんなことぐらいで悩むのなら、それは愛ではないですか?

 

 

あなたは十分愛も持っていると思いますよ?

 

 

執着や依存だけでここまで悩みますか?

 

本当に好きだからこそ悩むんです。

本当に愛しているからこそ悩むんです。

 

 

利益だけを考えているのならここまで悩みません。

 

とっくに違う相手に乗り換えています。

 

 

違う相手に乗り換えることができていたら、あなたは今幸せな生活ができていたのかもしれないのですから。

執着や依存だけで、こんなにも自分にとって都合の悪い相手を選びません。

 

そこには必ず愛が影響を与えています。

 

 

そこまで思える相手と巡り会えたのは奇跡ですね。

あなたみたいな大恋愛、一生せずに終える人も多いと思います。

まるでドラマや映画のようですね。

だけどね、現実は映画やドラマのようにうまくいくとは限りません。

むしろ、『こんなことぐらいでうまくいくなら自分たちもうまくいったはずだ!』と創作物に怒りさえ持つかもしれません。

 

相手と一緒にいたいのなら、高いハードルは必ず乗り越えないといけません。

遠くで見ていたら越えられそうなハードルだと思っていても、近くに来ると自分の身長の何倍も高いなんてこともあります。

挑戦してみて初めて、越えられないと気づくこともあります。

 

でも、それでも好きなら挑戦をしてもいいんではないでしょうか?

 

皆があきらめろと言っている中で、あなたはあきらめていません。

奇跡を起こすことができるとしたら、そんな強い想いを持ったあなたしかいないと思います。

その愛情でハードルを乗り越えられたらいいですね。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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自分なんか死んでしまえ!自分なんか消えてしまえ!自分が憎い!

なんか記事タイトルからして重たい雰囲気というか、読みたくなくなるようなタイトルですが、『自分なんか死んでしまえ!』、『自分なんか消えてしまえ!』って思ったことはありますか?

 

なにかすごく嫌なことがあって一時的なものなら、飲んで食って、歌って愚痴言って、ボーっと風呂に入ってからおやすみなさいすれば、翌日には結構発散できると思います。

でもね、これの回数が増えてくると大変です。

 

発散が追い付かなくなるんです。





常時『死にたい。』、『消えたい。』と思うようになるんです。

 

そしていつかは、本当に命を投げ出してしまうかもしれません。

 

それが数日後なのか、数年後なのかはわかりませんが、本当に自分のことを殺してしまう日がくるかもしれません。

 

 

『自分なんか死んでしまえ!』、『自分なんか消えてしまえ!』と思ってしまうということは、それだけあなたは自分のことが嫌いなんです。憎いんです。

 

『よくそこまで自分のこと嫌いになれるよな?』とか『そんなに死にたいのなら早く死ね!』みたいな感じですが、こうなってしまうこと本当にあります。

口から簡単に言ってるだけじゃないときや、ちょっと自分を傷つけて満足するといった状態ではなくなってしまうときがあります。

 

本当に死と隣り合わせの精神状態になってしまいます。

 

 

この『自分なんか死んでしまえ!』、『自分なんか消えてしまえ!』思考なんですが、心にすごくダメージを与えます。

自分を全否定しているんだから当たり前ですよね。

 

 

でもね、

 

皆さん、死ぬことができないんです。

 

 

この記事を読まれている皆さんは、まだ死ぬことができていないんです。

 

 

死にたいほど苦しんでいるのに、それでもまだ生きているんです。

死んでこの苦しみから解放されることができないんですね。(僕は死んだことがないので、死んだら苦しみから解放されるかはわかりません。)

 

でもね、生きている間はこの苦しみは続きます。

簡単に『生きててよかった!』にはなりません。

そんな軽症ではありません。

 

 

『自分なんか死んでしまえ!』って思ってしまうことは、あなたが思っている以上に重症です。

 

 

自分が憎くて、世界が憎くて、生きているのが苦しくて、情けなくて、悔しくて、悲しくて、こんな気持ちが複合した状態です。

 

この苦しさってなかなか理解されません。

 

周りからは精神異常者とうつります。

 

 

あなたのつらさは誰にもわかりません。

 

 

あなたにしかわかりません。

 

 

というか、あなたも、自分の本当のつらさをわかっていないのかもしれません。

 

 

理解者がほしいんですよね?

 

 

こんなにつらい自分を理解してくれる人が。

『自分なんか死んでしまえ!』と思っているわたしを、認めてくれる人がほしいんです。




でもね、そんな人がなかなか現れてくれないんですよね。

心の底から『自分なんか死んでしまえ!』という思考になっている人を理解してくれる人なんてなかなかいません。

「じゃあ、死ねよ。どうせ死ぬ気もないくせに。」みたいな感じでわかってくれません。

 

周りから見たらあなたは、ただのかまってちゃんになってしまいます。

 

 

そして理解者がいないまま孤独だと思い込んでそのままブレーキをかけられず・・・なんてことになってしまう可能性があります。

そうなってしまっては最悪です。

 

あなたは死んで満足かもしれませんが、残された人はどうなりますか?

 

・・・

・・・

あなたもそう考えているのかもしれませんね。

 

自分一人だけの問題ならとっくに命を投げ出しているけど、自分が死んでしまったら困る人がいる。迷惑をかける相手がいる。悲しませてしまう人がいる。

そう考えているから踏み切れないのかもしれませんね。

 

 

『自分の命だから自分の好きなようにすればいい。』とは思えないから死ねていないんです。

 

 

僕はそれでいいと思いますよ。

死ねなくて。

 

だって『自分の命だから自分の好きなようにすればいい。』と考えていたなら、あなたは今死んでいますから。

生きていませんから。

 

あなたがそういう思考じゃなくてよかったと本当に思います。

 

 

『自分なんか死んでしまえ!』、『自分なんか消えてしまえ!』と思ってしまったときって、周りの人が想像している以上に苦しいです。

自分を憎んでます。

世界を恨んでます。

殺意満々です。

 

 

その殺意に理性で強引に蓋をしているからすごく苦しいんです。

 

 

人間自分の好き勝手に生きたらいいと言われていますが、ここで欲望に理性が負けてしまったらあなたの世界は終わってしまいます。

負けてしまったら自殺してしまいます。

負けたら殺人を犯してしまいます。

 

 

この欲望にだけは絶対に負けたらいけないんです。

 

だからフルパワーです。

 

 

ただ生きているだけでフルパワー生活。それ以外のことなんかしようとは思えません。

ただ生きているだけで苦しい生活。楽しい情報なんかスルーしてしまいます。

この状態を続けていかないといけません。

理性を総動員して。エネルギーを全力で注ぎこんで。

 

 

たまにはね、弱音を吐いてみましょう。

 

ここまで来てしまう人は一人で抱え込んでしまった人が多いです。

 

誰かに話を聞いてもらいましょう。

 

 

理解者がいないのなら理解者が見つかるまで。

知り合いじゃなくてもいいんです。見知らぬ人でもいいんです。

「60分1万円で付き合ってください。」と怪しい人になってもかまいません。(警察に通報されたらしっかり事情を説明してください。)

電話の相談窓口でもかまいません。片っ端から電話をしてみてください。

ネットの掲示板でもかまいません。書き込んでみてください。

 

 

とにかく誰かに今のあなたの状態を説明し、共感してもらってください。

 

 

反対意見とかは華麗にスルーしてください。

あなたは今、命が危険な状態にいます。

 

死ぬや殺すよりも、周りを巻き込むを選んでください。

その行動力がもはやないのかもしれませんが、死ぬよりは簡単なことではないですか?

 

 

ここまであなたは一人でがんばったんです。

 

 

もうそろそろ周りを巻き込んでもいいのではないですか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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幸せになれないのは不幸になる運命?世界を恨むようになった時は?

皆さんは運命ってあると思いますか?

僕は青臭いですが、運命ってものはあると思います。

 

人と人が縁でつながっているのも運命の一種、一部だと思っています。

 

この運命なのですが、幸せになるのならいいのですが、必ずしも全員が幸せになるわけではありません。

幸せになれる人の椅子には限りがあります。





全員分の椅子は用意されていません。

 

ということは椅子に座れない人たちもたくさんいるということです。

その人たちは幸せの椅子に座れないのだから、立っているしかありません。

幸せを感じることも不幸を感じることもなく、日常を繰り返していきます。

 

 

これだけで終われればいいのですが、

 

運命とはほんとに厄介なもので、不幸の椅子まで用意してくれます。

 

 

もちろん、この不幸の椅子にも限りがあります。全員が座れるほど用意できていません。

 

だけど、確実に、不幸の椅子は用意されています。

その椅子に座らないといけない人が一定数出てくるんです。

 

 

あなたが恨むようになってしまったのは、この不幸の椅子に選ばれてしまったからなのかもしれません。

 

 

世界は一定数の幸せの人間、多数の普通の人間、そして一定数の不幸の人間へと分類をします。

幸せの人間とそうじゃない人間とだけの分類でいいのに、わざわざ不幸の人間の席を世界は確保しています。

 

ほんとによけいなお世話です。

 

 

このね、不幸の椅子を用意されてそこに座らされた人はどうすればいいんでしょうか?

 

幸せの椅子に座っている人には心情をまったく理解されません。「努力もせず、口だけ一人前の負け犬が!」となってしまいます。

幸せの椅子にも不幸の椅子にも座っていない、つまり立っている人からは「あなただけがしんどいんじゃないんだ!みんなしんどいんだ!それでも弱音を吐かずにみんながんばっているんだ!」となってしまいます。

 

 

不幸の椅子に座っている人の心情は、不幸の椅子に座っている人にしかわからないんです。

 

あなたのことを理解してくれる人は少ないかもしれません。

 

 

しかもね、不幸の椅子に座っている人って欲張りな人が多いんです。

 

 

『自分さえ幸せになれればそれでいい。』と思えない人たちが多いです。

 

 

あなたの大切な人にも不幸の椅子には座ってほしくないんです。

あなたの知人にも不幸の椅子には座ってほしくないんです。

あなたの目の届く範囲の人には普通に立っていてほしいんです。

あなたの特別な人には幸せの椅子に座ってほしいんです。

 

 

そんな考えの思考の人ほど、不幸の椅子に座ってしまうようになるんです。

 

 

目の届く範囲の人に不幸の椅子に座れないようにする!

特別な人を幸福の椅子に座らせる!

 

そんなこと、できると思いますか?

 

あなたにそんな力、ありますか?

 

 

そんなことアンパンマンでも無理ですよね。

バイキンマンをアンパンチで吹き飛ばして、めでたしめでたしで終われるヒーローなんですから。

あなたはバイキンマンを吹き飛ばしてめでたしめでたしで終われるほど、単純な性格ではありません。あなたはもっと複雑な、ひどい言い方をするならもっと面倒な性格なんです。

 

あなたはバイキンマンにも不幸の椅子に座ってほしくないと思っているんです。

そのためには、あなたはアンパンマンを超えないといけません。



できますか?

 

 

知り合いが増えれば対象が増えます。

特別な人が増えれば対象が増えます。

 

そんな知り合いのすべてを、不幸の椅子に座らせないようにすることができますか?

そんな特別な人のすべてを、幸せの椅子に座らせることができますか?

 

 

不可能ですよね。

 

 

そんなの夢物語です。

 

でも、あなたにもできることはあります。

 

 

それは、、、

 

あなたが不幸の椅子に座ることです。

 

 

不幸の椅子には数に限りがあります。その数を一つでも減らすことができたら、不幸の椅子に座らせる対象を減らすことができます。

だからあなたがその椅子に座って残りの数を減らすんです。

 

まあ、実際は自己犠牲みたいな格好つけたものではなく、他の人を幸せにしたいという想いがあなたを不幸の椅子に座らせるのですが。

 

あなたがね、他人のことを考えず、自分のことだけを考えられるような人だったのなら、不幸の椅子に座る可能性は低かったんです。

 

それどころか、幸せの椅子に座る可能性が高かったんです。

 

 

あなたは他の人まで幸せにしたいという欲張りで、とても優しい人だから、不幸の椅子に座ることになってしまったんです。

 

自分の人生を生きることで精一杯なのに、他の人の幸せも考えることができる甘ちゃんだから、幸福の椅子に座れないんです。

 

幸福の椅子に座っている人って、わがままで自分勝手な人が多いんです。

自分のことしか考えていない人ですね。

 

もちろんね、他の人のこともしっかり考えて、助け合って幸せの椅子に座っている人もたくさんいます。

 

でも、それと同じくらいに多いのが自分のことだけしか考えずに、他の人は『どうでもいい。』と割り切ることができる人です。

あなたがそんな人だったら幸福の椅子に座れているかもしれません。

幸福の椅子に座れなくても、せめて立っている状態だったのではないかと思います。

少なくとも不幸の椅子に座っている可能性は、今よりもはるかに少なかったはずです。

 

 

もう少し自分のことだけを考えてみませんか?

 

 

人のことを考えることができる人のことを思いやりのある人と言いますが、あなたの場合、人のことばかりを考えて自分がおろそかになっているのではないですか?

 

しばらくは自分のことだけを考えてください。

 

 

あなたには今、人のことを考える余裕はないはずです。

 

 

あなたが不幸の椅子に座ってしまった原因は優しさと思いやりにあります。

ですがそれも、限界が来ています。

 

あなたは優しい人のため、無意識化でも他の人のことを考えてしまうかもしれません。

それを意識的にシャットアウトしてください。

 

 

他人よりも今は自分です。

 

 

他人を大事にすることも大切ですが、あなたのような人はまず、自分のことを一番大事にしていかないといけないと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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皆さんはいつも高圧的な態度で指示を出してくる上司の元で働いたことはありますか?

仕事だからある程度は仕方がないことなのかもしれませんが、ちょっとこっちも思っちゃいますよね?

 

『お前なんか無能なくせに!!』

 

まあ無能とまではいかなくても印象はよくないです。




『なにもそんな態度で言ってこなくても、普通の態度でいてくれたらいいのに。』、『上司というだけで威張り散らしてくるなんて器が小さいなー。』となってしまいます。

その上司がしっかりとしたスジを通す人で皆から尊敬されているのであれば別ですが、一般的には高圧的な上司は敬遠されがちになります。

 

当たり前ですよね?

 

高圧的、威圧的な態度で自分と接してくる人と一緒にいたいと思う人はなかなかいません。周りからは敬遠されがちになります。

それがまたその上司を勘違いさせてしまうんですね。

 

 

『誰も俺が大きい態度に出ても何も言ってこない。俺は偉いんだ!なにを言ってもいいんだ!』と。

 

 

まあ、あながち間違ってはいないんですけどね。

 

上司という立場になるのは部下よりも偉いからです。

偉いから指示を出すことを許されるんです。

会社から部下に指示を出してもいいと許可をされるんです。

 

「おい!お前!今日の15時までにこのデータをまとめて書類を作れ!」

「まだ契約ゼロだと!?なにをやってたんだお前は!どこで遊んでた!?今日は5件の契約を取るまで帰ってくるな!土下座してでもいいから契約を取ってこい!!」

といった指示を出すことを会社から許可されているんです。

 

部下の立場で上司にこんなことを言ったら大変ですよね。こんなことを上司に発言する同僚がいたら職場の空気が凍ります。

 

部下には許されていない発言を上司という立場になれば許されるんです。

 

 

でも少し、高圧的すぎますよね?(これが当たり前の職場も結構ありますが。)

 

上の内容だって言い方次第だと思うんですよね。

 

「ちょっとごめん。○○くん。急で悪いんだけどさ、今日の15時までにこのデータをまとめて書類を作ってくれるかな?他の仕事もあって大変だとは思うけど、○○くんならできるだろうと思って。よろしく。任せたよ!」

「契約とれなかったんだ。そっかー、お疲れさま。もう少し粘れる?そういう日もあるよ。今日とれなかった分は明日稼いでもらうということで(笑)誰もが通る道なんだからあんまり落ち込むなよー。」

 

あなたは上司にするならどちらの上司の方がいいですか?

 

 

おそらくほとんどの人が、下の上司の方がいいと思うんじゃないですか?

何か悩みや困ったことがあったとき、高圧的な上司と優しく接してくれる上司、あなたはどちらに相談しようとしますか?

 

 

でもね、現実は上の上司タイプの人の方が多いかもしれませんね。





そんな上司の元で働いているあなたからしたら、下の上司はまるで神様のように思うかもしれませんね。

一般的には社員が多い会社ほど上の上司のタイプの割合が多く、社員の数が少ないほど下の上司タイプの割合が多くなると思います。

 

社員が多い会社ほど上の地位に上がることは難しくなります。

当然ですよね?

椅子は限られた数しか用意されていないのですから。

 

その椅子に座れるということは、数多くのライバルたちを蹴散らしてきた勇者だということです。

多くのライバルたちより自分は有能なんです。

自分は有能で正しいんだということを会社が証明してくれました。

だから自分より劣っている人間には高圧的な態度をとってもいいし、逆に部下がミスをしようものなら無能な部下のせいで自分の管理能力が疑われるんです。

 

 

『無能な部下には厳しく言ってしっかり仕事をしてもらわないと!』という考え方になります。

 

自分もそうやって指導されてきましたしね。

使えない部下の代わりなんていくらでもいるんです。

自分の指示に反抗的な部下には、より高圧的な態度でねじ伏せて窓際族に追いやり、周囲への見せしめのための生け贄にすればいいんです。

 

 

嫌われる上司の完成です。

 

 

嫌われる上司に悩まされている皆さんですが、どうして上司がこんな高圧的なことを考えるようになっていったかを考えると、なんだか笑えませんか?

 

 

『自分はお前より偉いんだぞー。』と部下にわざわざ伝えてくる上司なんです。

 

 

人間の器の小ささに涙が出ますね。

本当に自分に自信があって、器の大きい人は偉そうな態度をとることは少ないです。

こちらを不愉快な気分にさせることはありません。

 

 

高圧的な態度をとってくる上司は視野が狭い上司です。だけど、自信は満々。

かなりイタイ人です。

 

視野が広い上司は高圧的な態度をとることもなく、むしろ自分は能力がないと思い込んでいます。

だから、周りを頼れます。頼るためには頼み方を学習します。

 

 

簡単にいうと、

 

高圧的な上司は足し算引き算ができるから『ワシは偉いんだぞー!』と自慢してるんです。かけ算とわり算があることも知らないで。

高圧的態度をとらない上司はかけ算とわり算ができません。だから『俺より適任者がいるんじゃないかなー?』と自信がありません。足し算や引き算はできるのに。視野が広いので自分より優れた部下をたくさん見つけています。

 

 

高圧的な態度をとってくる上司は自信の表れでもありますが、自分が誰よりも優れているというイタイ勘違いをしている人なんです。

本当に優れた人はどんなに偉い立場になっても、決して高圧的な態度をとることはありません。自分一人でできる限界をちゃんと把握しているからです。

 

 

高圧的な態度の上司に困っているのなら、『器が小さいなー。』と思ってあげましょう。

 

 

高圧的な態度の上司とは接しにくいものですが、あなたが上の立場になったときにはそうならないように、反面教師として勉強させてもらいましょう。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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家族が自殺した。救えなかった悲しみと怒りに向き合うには?

皆さんは知り合いの人で自殺をしてしまった人はいますか?

日本では年間2万人ほどの自殺者がいるそうですが、あなたの知り合いの中にはいませんか?

 

自分の知らない人が自殺をしてもなんとも思わないものですが、自分が知っている人が自殺した場合は心に引っ掛かりができます。

自分の身近な人が自殺した場合は心が壊れます。

今回は自分の身近な人、家族が自殺をした場合について書いていきます。




まず、自殺をする人なんですが、二つのパターンにわかれます。

 

一つは普段から「苦しい。」、「つらい。」、「しんどい。」、「死にたい。」というアピールをしてくる人です。

もう一つは普段の様子はごく普通なのに、突然自殺をしてしまうパターンです。

 

普段から「死にたい。」とアピールしている方を①とします。

普段の様子は普通で、突然の方を②とします。

 

 

皆さんはどちらの方が自殺をする人が多いと思いますか?

 

 

僕は②のパターンの人が多いと思います。

最後に会ったときは全然普段と変わらない様子だったのに、ある日突然あなたの前からいなくなるんです。

 

突発的な衝動の場合ももちろんあるでしょうが、

②の人も普段から①の人のように『死にたい。』と思っていたケースの方が多いんじゃないでしょうか?

 

それを周りに発信していたか、一人で抱え込んでしまったかの違いだと思います。

 

 

②のパターンの人って周りに発信するのが苦手なんですよね。苦しんでいることを悟られたくなくて、無理にいつも通りに振る舞います。小さい頃からそんな生活をしていると、大人になったときはもはやプロです。近くにいても気づかないほど、苦しさを隠すのがうまくなっています。

少しでも『死にたい。』を発信してくれたら、こちらも感じることができますが、②の人は周りに迷惑をかけないようにと隠す手段をとります。

 

かげで一人で泣いていても、あなたの前では明るく振る舞います。あなたが落ち込んでいたら普通に励ましてもくれます。

 

 

この②のパターンの人って卑怯ですよね?

 

 

突然いなくなるなんて。

原因を知りたいですし、そんなにも悩んでいた相手に気づかなかった自分に殺意を感じます。

 

遺書を書いているパターンもありますが、あれって逆効果ですよね?

 

「ごめんなさい。相談できませんでした。あなたに罪はないので、自分を責めないでください。これからも元気に生きてください。」と書かれていても、『わかった!自分を責めずに楽しく生きていこう!』なんてなりません。

近い人であればあるほど、大切な人であればあるほど、『どうしてこんなに苦しんでいるのに気づいてやれなかったんだ!』、『もっとしてあげられることがあったはずなのに見殺しにしてしまった。』と自分を激しく責めます。

 

 

ドラマのように遺書に感動して涙を流すなんてことはありません。

 

涙を流したとしてもそれは、悲しい涙、悔しい涙です。

自分がしっかりしていたら、相手が自殺することはなかったかもしれないのに、感動の涙を流せる人なんていません。

 

あるのは後悔だけです。

 

 

書いた方にすれば感謝の手紙かもしれませんが、もらった方からすれば一生忘れることができない呪いの手紙です。

ほんと、たちが悪いです。

 

残した方は書きたいことだけ自己満足で書いて、旅立てるのだからいいですが、残された方にとっては『どうしてこんなものを書くくらいなら打ち明けてくれなかったんだ!』と悲しみます。

 

ほんと、これなんですよね。

 

『死ぬぐらい苦しんでいるんだったら、こんなこと書くくらいなら、実際に助けてと言ってくれ!!』

なんです。

 

残された方にとっては。





息子さんが中学校でのいじめを理由に自殺しました。

 

『そうか!全然いじめられているのに気づかなかったんだけど、私のせいじゃないんだ!よかった!』なんて思える親、いません。

『どうして言ってくれなかったんだ!学校に乗り込んでやったのに!いじめてるやつらに二度といじめようと思わないほど説教してやったのに!』と思ってしまうでしょう。

 

でもね、それは、二度とできないことなんです。

 

息子はもう死んでしまったのだから。

 

 

いまさら学校に「一体どこを見ていたんだ!!担任教師を出せ!!」、相手の家に「うちの息子はあんたの子どもに殺されたんだ!どう責任をとってくれるんだ!!」とわめきちらしたところで、あなたの思う最高の結果は返ってはきません。

 

あなたの最高の結果、息子さんが生き返ることです。

 

一度死なせてしまったら、二度と最高の結果にはなりません。

 

 

転校したいなら転校だってさしてあげたし、学校に行きたくないなら「学校なんか行かなくていい。」と言ってあげられたのに。

死にましたという結果だけを突きつけられては、何もできません。

 

 

『どうして気づいてあげられなかったんだ!死ぬほどつらい想いをしていたのに!』と自分を責めます。

パートナーに「どうしてお前は気づかなかったんだ!母親だろ!!」と相手を責め立てます。自分も父親なのに。

 

『どうして?』、『なぜ?』、『なんで?』

この言葉が消えることはありません。

 

 

この言葉が消えるようになるには、

気づかなかった自分、気づかなかった周り、気づいても動いていなかった周り、自殺をするまで隠していた相手、自殺なんかという手段を最終手段としてとってしまった相手、このすべてを認めないといけません。

 

 

つまり自殺をされてしまったことは仕方がないことだったし、相手が自殺をしてしまったことも仕方がないことだった。

 

 

『仕方がなかった。』ですませなければいけないんです。

 

 

できますか?

 

他人事なら言えますが、実際に自分のことならこの境地にはなかなかいけません。

いつまでも立ち直れないそんな自分を責めて、さらに苦しんでいるかもしれませんね。

 

自殺をされて苦しんでいる方、他人事ですが聞いてください。

 

 

自殺をされてもあなたに罪はありません。

 

自殺という手段をとってしまった相手が悪いんです。

 

 

相手への責任転嫁ですね。

でも、これなんです。

 

相手があなたに打ち明けなかったということは、あなたにそこまでの期待をしていなかったということなんです。

打ち明けて心配をかけるほうが、相手にとっては自殺するよりも耐えられなかったことだからです。

 

 

あなたは相手の意思を尊重したんです。

 

 

人の死というのは正直重いです。

道徳の教科書や学校で教えてもらった概念なんか、何の役にも立ちません。

予想している以上に重いものが死です。

自分を責めるなと言われても無理かもしれません。

 

 

でもそこはあなたの領域ではありません。

 

自殺という最悪の選択を選ばざる負えなかった相手の領域なんです。

 

 

冷たいようですが、あなたは罪を背負いすぎています。

あなたが気づかなかったことで、相手はそこは満足して逝けたと思いますよ?

 

 

どうか、罪を背負いすぎないでください。

 

相手はあなたが苦しむことなんて望んでいなかったと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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しなくちゃいけない使命感とやることができなかった罪悪感

何もする気になれない。何もやる気になれない。もう動けない。

皆さんはなにもする気になれなくなってしまったことはありますか?

 

ベッドから出るのも億劫で、テレビをつけようとリモコンまで手を伸ばす気力もない。

立ち上がろうと力を入れるけどすぐに力が抜けてしまう。

ただただ全てが面倒くさい。呼吸をするだけで手一杯。

気づいたら時間だけが過ぎてしまっている。

こんなことになってしまった経験はありますか?




一種の金縛り状態ですね。

 

ただ金縛りの場合は動こうとしても動けない。

こちらの場合は動かないといけないとわかっているんだけど、動けない。

 

といった違いがあります。

 

 

このね、なにもする気になれないときってなにもしなくていいときなんです。

 

あなたは疲れ果てているのだから、ゆっくりしてくださいって心が合図を出しているときなんです。

 

 

だけどね、あなたの頭がそれを拒絶します。

 

 

『何かしなくてはいけない!』、『ゆっくり休んでなんかいられない!』、『何とかしてこの状態から脱出せねば!』といった感じで。

心がストップをかけてるのに、頭でそのストッパーを解除しようとします。

心のストッパーなんか無視して、『動け!!』とおもいっきりムチを打ちます。

 

 

いやいや、どんだけ働き者なんですか?

 

 

映画とかでよく囚人が強制労働させられていますよね。ヘトヘトの囚人が強制労働に耐えきれず、膝をついてしまいます。そしたら看守が「なにをやっているんだ!貴様は!!サボるな!!」とムチでバシバシと叩かれます。「許してください。もう動けないんです。」と言っても、決して手を休めることなくムチを叩き続けてきます。

大抵この場合は主人公が駆けつけて看守をボコボコにしてしまうんですが、あなたの場合は主人公が助けに来てくれません。

 

というかあなたは囚人と看守を一人二役でやってます。

主人公が助けに来てもボコボコにされるのは看守でもあるあなたです。

 

 

心がストップをかけているときは素直に休んでください。

 

 

もうね、あなたは限界なんですよ?

 

 

動く力がないほどがんばってしまったんです。

 

やろうとする気力がないほどがんばってしまったんです。

 

 

今は素直にそれを受け入れてしっかり休んでください。

 

 

今は疲れすぎた心と身体を休ませる時間です。

 

怠けているんじゃありません。

 

 

とはいえ、それができない人だからここまで疲れてしまったんですよね。

『休んでいる暇はない。しないといけないことがあるんだ!』

『休んだら迷惑をかけてしまう。まだこのくらいなら大丈夫だから。』

 

休むことを拒否してしまいます。

何度ノックダウンされても立ち上がろうとします。

 

だから余計に苦しいんです。

 

 

『あ~、もうなにもする気になれないわ~。のんびりしとくかー。』と思えないことが、あなたをよりつらい立場に追い込んでしまいます。

これを思うことができたら回復にむかいます。

そう思えないで足掻いてしまうから身体と心はさらに低下してしまいます。

 

 

あなたの『がんばらなきゃいけない!!』という気持ちが、症状を悪化させるんです。

 

 

あなたが今やっていることは38度の熱が出ました。『よし!熱を下げるために氷風呂に入ろう!』というのと同じことです。余計に風邪が悪化します。

熱を下げようと思ったら温かくして身体をぬくめないといけません。

 

 

あなたの症状を改善するには、なにもする気になれない自分を受け入れることです。

 

そこまで疲れていることを自覚し、しっかりと休息をとることです。





あなたの性格で何もせずに休むことが難しいことはわかりますが、あなたが思っている以上に今は緊急事態です。

まだ大丈夫だ。』と思っていると思いますが、もうすぐ限界がきます。

 

というか、とっくにもう大丈夫じゃありません。

 

本当はあなたが一番わかっているでしょう?

 

 

でも、ここで休んでしまったら、二度と立ち上がれないような気がするんです。

このままギブアップをしてしまったら、二度と復活できないような気がするんです。

 

普通なら休んだら回復すると思うと思うのですが、あなたの場合は疲労が限界を超えているんですね。

 

 

マラソンランナーが一度立ち止まると走れなくなると言われていますが、あなたはこの状態なんです。

走り続けていないと、もう走ることができなくなる状態なんです。

疲れすぎて。

がんばりすぎて。

 

 

ただ、マラソンランナーとあなたとの決定的な違いはゴールがあるか、ないかです。

 

マラソンの場合はゴールがあります。走り続けること、歩き続けることができたら必ずゴールはできます。

あなたの場合はゴールがありません。あなたが今の状態で生きている限り、永遠に走り続けてもゴールはありません。

 

 

ここまで来てしまったときって、生き方を見直さないといけない時期でもあります。

 

 

今までのあなたの生き方では限界が来てしまったんです。

 

 

新しいあなたの生き方を見つけていかないといけません。

 

 

でもね、これがすごく怖いんですよね。

人生の迷子になってしまうんです。

 

これまでは困ってなかったのに、この生き方で何とか生きてこられたのに、『いまさらどうやって生きていけっていうんだ!』と思ってしまいます。

だからあなたは、身体と心に限界が来ても休もうとしません。

なんとかがんばろうとします。

 

これまでの生き方を否定したくなくて。

 

自分の生き方が報われることを信じて。

 

 

でもがんばって走り続けてもあなたにその先はありません。

 

 

気を失うまで走り続けて、気がついたときはベッドの上です。

 

 

今はもう、何も考えずにとにかく休みましょう。

 

 

生き方がどうのこうの、このままでは将来がどうのこうの、なんて考える必要はありません。

腹が減ったからメシを食う、クソをしたくなったからクソをする、眠たくなったから寝る、といったようにシンプルに考えましょう。

 

 

【疲れたのだから何もしない】

 

 

これを実行してみてください。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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自分さえ頑張っていればこんなことには・・・全部自分が悪い!!

『僕がもっとがんばっていたら、こんなことにはならなかったのに!』、『わたしががんばってさえいたら、こんな事態にはならなかったんだ。』と思ってしまったことってありませんか?

人生に失敗をしてしまったときに思い浮かんでくる言葉なんですよね。

 

『もっとがんばっていれば・・・』





大学受験に落ちたり、就職試験に落ちたりといった、自分一人が対象のときは後悔して終わりなんです。

このときは落ち込むことはありますが、よっぽど自分が全力で取り組んでいない限りは、わりと早く回復します。

 

罪でもなんでもなく、次の機会に活かせばいいんです。それほど引きずることもないと思います。

 

 

だけど自分が全力でがんばって取り組んでいた場合は、簡単には回復しません。

 

『もっとがんばっていれば・・・』

 

 

この言葉が出てきます。

 

 

人間っておかしなものですよね。

 

さほどがんばっていなければ、『よし!次がんばろう!』と思ってあまり引きずらないのに、全力でがんばっていたときの方が『もっとがんばっていれば・・・』と引きずるんです。未練が残るんです。

あきらかにがんばっていた自分の方が、がんばっていなかった自分の方より、『もっとがんばっていれば・・・』と思うんです。後悔も強いんです。

 

 

『もっとがんばっていれば・・・』と自分を責めている人に言いたいことは、

 

もっとがんばっていたのが今のあなたの姿なんですよ?

 

 

もう限界までがんばっていたのが、過去のあなたなんです。

 

適当にしていたらこんなにも『もっとがんばっていれば・・・』と自分を責めません。

あなたが全力でがんばっていなかったら、『もっとがんばっていれば・・・』なんて言葉、簡単に流せます。

 

 

自分一人が対象のときはまだ楽です。

 

しんどいですけど、乗り越えられます。

 

最悪なのは対象が自分一人じゃないときです。

 

対象が複数いるときは後悔や未練とともに、新たに罪悪感という感情も加わります。

 

 

部活動で格下のチームに負けたとき、幸せにすると誓ったのに離婚しなくてはならなくなったときなどがあります。

野球で例えますが、あなたは高校二年生です。9回裏1点差、あなたのチームが負けてます。先輩たちががんばり、2アウトながら満塁の状況になりました。1打同点、逆転のチャンスです。そこであなたは代打として送り込まれます。

練習通り、普段の力が出せた上でのアウトなら、まだいいんです。『自分さえ打てていれば。』と思ってしまうかもしれませんが、最悪ではありません。

 

最悪なのはバッターボックスに立つと緊張とプレッシャーで、足が震えます。目の前も真っ白になり、自分がバットを握っているかわからないほどの状態です。あなたは立っているのがやっとで、一度もバットを振ることができませんでした。気がついたときには試合は終わっていました。引退のかかっていた先輩たちは皆泣いています。

 

先輩たちの三年間を終わらせたのがあなたです。

 

全力さえ出せていたら勝てていたかもしれないのに。

それどころかあなたは自分の力をまったく出せずに終わってしまいました。

 

あなたは自分の人生だけでなく、先輩たちの人生まで変えてしまいました。

 

しかも悪い方向に。

 

 

この罪悪感はなかなか消えません。

 

『自分のがんばりが足りなかったから、皆の人生まで狂わせてしまった。』と思ってしまいます。

 

 

・・・

・・・

これね、

 

あなたの単なる思い上がりにすぎないんです。

 

 

対象の相手がいるときは、あなただけの責任ではありません。

 

 

『自分さえがんばっていれば』と思うことは、実は相手の責任を横取りしようとする傲慢さなんです。




恋人と別れることになりました。

『わたしが悪かったんだ。もっと彼のことを大切にしてあげてたらよかった。』

違います。

 

バスケの試合で負けてしまいました。

『エースの自分が点を取らなきゃいけなかったんだ。俺さえもっと点を取っていたら勝てていた!』

違います。

 

 

あなたの責任は、責任を相手の人数で割った数字だけなんです。

 

 

恋人の場合はあなたと彼氏、責任は半分半分です。

バスケの試合は選手5人、一人辺りの責任は20%です。控え選手や監督のことも考えるともっと少ないんです。

 

 

だけどあなたは、100%自分の責任だと思って自分だけを責めるんです。

 

相手を責めることをしないんです。

 

 

いや、あの、

 

相手を責めてもいいんですよ?

 

すべて自分の責任だと思わなくていいんですよ?

 

 

あなたは人のせいにするのは悪いことだと考えているのかもしれませんが、

 

けっこう皆、自分のことを棚にあげて、人のせいにして、上手に生きてますよ。

 

 

あなたに責任をなすりつけて、自分は無関係だと思える人けっこういます。

 

100%相手が悪いと自信をもって言える人、たくさんいます。

 

 

恋人と別れるようになったのは『俺に全然合わせない使えない女だった。』と何の悪気もなく心から思える人、たくさんいます。

バスケの試合で負けてしまったのは『エースの私ががんばったのに、他の女が使えないからあんなチームに負けてしまった。足を引っ張られた。』と何の悪気もなく心から思える人、たくさんいます。

 

あなたは『自分さえがんばっていたら・・・』と後悔していますが、あなた一人だけががんばらなくてはいけないってことはないんです。

 

人のせいにするのは無責任と思うかもしれませんが、あなたの場合は人の責任まで横取りしています。

 

 

『自分さえがんばっていれば・・・』とあなたは後悔していますが、過去のがんばっていたあなたが出した結果が今なんです。

 

 

身も蓋もない言い方をすれば、あなたにはどうしようもできないことだった。

 

ただそれだけのことなんです。

あなたはそれを認めることが嫌なのですが、そのせいで背負う必要のない罪を背負っています。

 

あなたに罪はありません。

 

いつかそんなあなたを認めることができたらいいですね。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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