無気力で何もできない。やる気がでない。身体が動かないときは?

皆さんはやる気もまったくなく、動けないような状態になったことはありますか?

 

なんだかすごくだるくて気が重くて、何もしていなくてもエネルギーをどんどん奪われていく感覚になったことはありますか?

 

いつまでたっても気力が空っぽの状態で、無気力になってしまったことはありませんか?




この状態ってすごくしんどいんですよね。

 

熱でもでていれば安静にすることもできますが、熱は平熱です。風邪をひいているわけでもありません。

 

身体が疲れてしまってグッタリというわけではないんです。

むしろ身体的には好調と言っていい状態のときも多いです。

 

それなのになぜか動けないんです。焦ります。

 

『なにをやっているんだ!!』と自分に問いかけます。

 

それでも身体は動いてくれません。動いたとしても亀のようにのっそりとです。

 

一つ一つの行動をするのに力が必要になり、一つの行動をしただけで重労働をした後みたいに疲れ果てます。

 

 

ただただやるせなくて、頭もどこかボーッとしている時間が続きます。

 

 

『一体なんなんだこれは?』、『なにをしているんだ。昨日、特に疲れることをしたわけでもないのに。』と自分でも今の自分の状態が不思議になります。

 

いつも日課にしていることをする時間になっても動く気になれなくて、いつの間にか時間が過ぎている。その間眠っていたわけでもないのに、いつの間に時間がたったのかわからない。

 

今の自分の気持ちもわからなくて、わかるのはなんだがだるくて身体が重いということだけ。

 

半分夢の中にいるみたいに現実感が薄れている。

 

お腹がすくことも排泄をもよおすこともほとんどなく、しようと思えば一日中動かずにいられます。

 

 

でもね、一日動かずにいるわけにはなかなかいかないんですよね。

 

 

元々調子が悪くて何も予定を入れてなかったのなら動かなくてもかまいませんが、今日の予定を入れていたり、学校や仕事、家事や育児をしなくてはいけないんです。

 

学校や仕事は最悪休めばいいだけだし、家事も一日や二日放置してもその後はどうとでもなります。

 

でも育児、特に子どもがまだ小さい場合だと放置をするわけにはいきません。

 

子どもの面倒を代わりにみてくれる人がいないと、あなたが動かないといけません。

 

それに仕事だってあなたがいないとできないことや、あなたが絶対に必要な重要な会議や取り引きなどがあれば、そう簡単に休むこともできません。

 

他にも親や祖父母の介護をしないといけない人などもいます。

 

 

自分一人だけで一日何もせずにボーッとしていられる環境って案外少ないんですよね。




無気力状態になりやすい人は、日頃から忙しくて精神的な負担も大きい生活を続けてきた人です。

 

たっぷり休む時間があったり、気分転換をして十分にリフレッシュができていれば、無気力状態にはなりにくいんです。

 

それができない環境にあった人だから、こんな異変になってしまったんです。

 

 

無気力状態になってしまったのは、日頃から無理をしてがんばりすぎていたからなんです。

 

 

普通の生活をしていたら無気力状態になるなんてことはありません。

 

 

基本がんばり屋さんが多いです。

 

そんな人だから無気力になってしまったときに人一倍自分を責めます。

 

『身体はどこも悪くないのに動けないなんてふざけるな!動こうとしないだけだろ!!』、『ただの仮病だろうが!休んでいられる状況じゃないことはわかっているはずだろ!!』と自分に怒りがわきます。

 

無気力で何もする気になれないのに、そんな怒りだけは感じてしまうんです。

 

『あー、だるいなー。何もしたくないなー。』だけ感じて終わりならいいのですが、普段から無理をする習慣がついている人はそこで止まれないんです。

 

無気力でも、しないといけないことをしない自分が許せないんです。

 

無気力なんかを言い訳にすることをあなた自身が許せません。

 

 

だから強引に気力を取り戻そうとします。

 

 

自分を刺激して半分夢のような世界から現実に戻ろうとします。

 

『やるべきことをやれ!!』と心と身体に命令します。

 

無気力状態にひたることを頭が拒絶します。理性がすごく強いんです。

 

やらない選択をしてしまったときに起こりうる最悪の事態を想像します。

 

何度も何度も自分に言い聞かせます。

 

通常の何倍も重い身体を、通常の何十倍もの力を入れて動かそうとします。

 

身体を強引に動かして、心がやる気になってくれたらもうけものです。

 

だから必死で頭で身体を一つ一つ操作します。

 

・・・

・・・

 

そこまでしなくていいんですよ?

 

 

無気力状態になるというのは普通のことではありません。緊急事態です。

 

 

危険信号として「休みなさい!!」と命令が出ているんです。

 

 

それに逆らって強引に動いていたら大変なことになります。

 

緊急事態なのにその警告を無視して無理をすると、自分でも驚くほどの代償を払わなければいけなくなるかもしれません。

 

そこまでして無理をしなくていいんですよ。

 

無理をするのってしんどいですよね?

 

せめてこんなときくらいは心に従ってのんびりとしてみてはいかがですか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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もっと強くなりたい!こんなに弱い自分なんて嫌だ!情けない!!

皆さんは『もっと強くなりたい!』思ったことはありますか?

 

あまりにも弱い自分が嫌で、情けなくて、『強くなりたい!』と心から願ったことはありますか?

 

『もっと強くなりたい!』と思ってしまうほど、つらい想いをしてしまったんですね。




『もっと強くなりたい!』というのは良いことのように思うかもしれませんが、時と場合によります。

 

目指すべき目標があってそれに向かって努力をし、充実しているのならいいのですが、【とにかく今の弱い自分が嫌だから】という理由で『もっと強くなりたい!』はあまりいいものとは言えません。

 

この場合の『もっと強くなりたい!』は正の願望ではなく負の願望です。

 

 

自分の理想に近づくための成長ではなく、苦痛から逃れるための対策です。

 

 

同じ『もっと強くなりたい!』でも、この動機の違いで精神的な負担は全然違ってきます。

 

 

自分の理想を追い求めての『もっと強くなりたい!』は具体的な目標があるかと思いますが、『今の弱い自分が嫌だから強くなりたい!』は具体性に欠けることが多いです。

 

具体的な目標があるときは目標に到達した後の自分を想像できますが、具体性がないと目標に到達後の自分が想像できないんです。

 

『もっと強くなりたい!』ということは、今のままでの生活を続けていてはいけないということです。

もっと強くなるための具体的な努力をこなしていかないといけません。

 

だけど『今の弱い自分が嫌だから強くなりたい!』と望むときって、目標の自分があいまいです。どこをどう努力していけばいいのかさえわからないんですね。

 

 

だからとりあえず、めちゃくちゃがんばるんです。

 

 

『なにを?』と思われる人もいると思いますが、全部です。

 

なにもかもを今まで以上にがんばろうとします。

 

なにをすればいいのかわからないから、手当たり次第で今まで以上にがんばるんです。

 

非効率ですよね。そんな生活は無謀だってわかりますよね。

 

だけどその無理を続けます。

 

 

それ以外に【弱い自分からの脱出する方法】がわかないから。

 

 

非効率でも無謀でも、それしか道はないんです。

 

もっと強い自分になれるのなら、たとえ無謀なことでも一生懸命がんばります。

 

それだけ今の弱い自分は嫌いなんですね。

 

多少しんどい思いをしてもこんな自分から解放されるなら無理をし続けます。

 

 

それほどあなたは傷ついてしまったんです。




『こんなに弱い自分なんかじゃダメだ!』、『こんなことくらいで傷ついてしまうような弱い人間のままではいられない。』と思ってしまったんです。

 

『自分が弱いから、こんなにもつらくて悲しい目にあってるんだ!』と思っているんです。

 

『自分が強くなればこんなことくらいでは落ち込んだりなんかしない!』と思っているんです。

 

今の弱い自分から脱皮して強い自分に成長したいんですね。

 

多少のことでは傷つかないような強い人間になりたいんです。

 

 

そんなにも傷ついたのはあなたのせいではないんですよ?

 

 

『これぐらいのことで』と思っているかもしれませんが、あなたは【これぐらいのこと】でも傷ついてしまうぐらいがんばってきたんです。

 

ずっとがんばり続けて心が疲れてしまっているんです。

 

だってそうじゃないと『これぐらいのことで』なんて思いません。

 

あなた自身も納得するようなひどい目にあったのなら、自分のことを弱いだなんて思いません。傷つくのは当然なんだからただただその出来事に悲しむだけです。

 

あなたが『大したことじゃないのになんで傷ついているんだ!』と思っているのは、今までのあなたならそこまで傷つかないようなことだったからです。

 

今までのあなたなら傷つかないようなことでも、心が疲れて弱ってしまい深く傷つくようになったんです。

 

元気な状態なら跳ね返したり、さほど気にならないようなことでも、疲れ果てた状態ではすごく強い刺激になります。

 

 

そこまでがんばってこれたのはすごいことだと思います。

 

 

そしてそこまでがんばってきても、まだがんばるを選ぶんですね。

 

 

こんなにつらい思いばかりする生活は嫌だから。

 

何回も何回も傷ついているわけにはいかないから。

 

このままじゃ日常生活に支障をきたすかもしれないから。

 

こんなちょっとしたことで悲しくて落ち込むのなら、いままでのように本当にひどいことがあったときに自分が耐えられるか怖すぎるから。

 

だから弱い自分から抜け出して必死で強くなろうとします。

 

 

そこまで無理をしなくてもいいんですよ?

 

 

『今の弱い自分じゃダメだ。』というのは、今の自分を否定していることになります。

 

それは今のあなたの状態ではさらに苦しい追い打ちになります。

 

たしかに今のままの状態のあなたでは、世界は傷つくことであふれているかもしれません。

 

『こんなことでこれからどうなるんだ?』と不安かもしれません。

 

 

でもね、今は弱い自分を許してあげませんか?

 

 

好きでこんなにも弱くなったわけじゃありません。

 

好きでこんなにも傷つきやすくなったわけじゃありません。

 

あなたはただ、がんばりすぎただけなんです。

 

そこまでしてがんばったのに、また否定をしてしまったらさらに苦しい生活が待っています。

 

強くなろうとするよりも今は、疲れ切ってしまったありのままの自分を認めてあげませんか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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皆さんの周りに人を見下してばかりの人っていませんか?

 

なぜか自信満々で態度が大きくて、それでいて人のことをけなすことしかしない人はいませんか?

 

人のいいところを見ようとせずに、減点方式だけで人を採点する人はいませんか?




この人たちってね、実は自分に自信がないんですよ。

 

 

自分に自信がないから他人をそれよりも下にしようとして必死なんです。

 

人のできていないところや悪いところばかりに注目して、自分の方が上だと思い込みたいんです。

 

自分に自信はないけど、他人に負けてしまうのは許せない人たちなんです。

 

プライドが人一倍高い人たちです。

 

 

この人たちはね、自分が完全に負けていて勝負にもならないという人にはマウントをとりません。

 

 

いくらできていないところや悪いところをばかりに注目しても、それでも話にならないほどのプラスを持っている人たちには普通に関われます。

 

勝てないとあきらめがあり、別世界の人だと割り切っています。

 

でもね、自分でも勝てるかもしれない人間が相手だと必死で相手のことを落とします。

 

一生懸命相手を落として落として、そして自分を持ち上げます。

 

相手の悪いところばかりを探してそれが相手のすべてであると決めつけ、勝ち誇ります。

 

そのためにはその人をけなして、バカにして、見下して。

 

 

過剰なマイナス採点をします。

 

 

そこまでしないと自分のプライドを守れないからです。

 

 

本人は気づいていないことも多いのですが、そこまでしてでも勝ちたいんです。

 

他人に悪態をつき、その人のいいところは見ないふりをする。

 

そして自分の方が上だということを主張するために態度を大きくする。

 

そこまでやらないとちっぽけな自信を持つことができないんです。

 

 

そこまでのことをしないとあなたには勝てないと心の底では思っているんです。




弱い犬ほどよく吠えるというのと似てますよね。

 

自分は本当はちっぽけで弱いから、せめて態度だけでも大きく攻撃的になろうとしているんです。

 

全力で威嚇します。

 

それで相手がビビってくれたらもうけものです。

 

『自分では勝てない。』と勘違いしてくれたらすごくラッキーです。

 

『この人には従わないといけない。』といけないと思ってくれたら作戦成功です。

 

 

威嚇で相手がわたしのことをすごい人だと思ってくれたらお得なんです。

 

 

そのためには相手の悪いところを堂々と指摘するのが一番だと思っています。

 

相手が強く出れない部分を見つけてそこを狙っての集中砲火です。

 

仮に自分も同じような悪い部分があったとしてもそのことは棚上げします。

 

相手だけを責めて、相手だけが悪いように、その人だけができていないように思わせます。

 

そのためには日常的に相手の悪いところをさがしておく必要があります。

 

相手の悪いところをさがすことを習慣にしていると、相手のいいところや長所が見えなくなってきます。

 

視界には入っても心が『そんなの認めない!』と拒否を繰り返します。

 

 

するとその人のことをだんだんと見下すようになっていきます。

 

 

自分が見下している人間にはさらに態度が大きくなるし、反抗的にもなります。

 

こちらの意見をまったく聞いてくれなかったり、言葉遣いもとげとげしくなります。

 

人間は自分が見下している人にはなかなか丁寧な対応ができないんですよね。

 

格下だと思っているから。

 

同格であると認めていないから。

 

自分の方が劣っているはずないから。

 

そんな人を尊重する気にはなかなかなれません。

 

 

人間って、勝負をして『わたしの方が優れている!』と認識してしまった相手には普通の対応はできなくなってしまいます。

 

 

勝負をしないことが見下さないための一番の方法なんだと思いますが、人を見下す人って一般の人よりも勝負をしてしまいます。

 

ことあるごとにマウントをとったり、一人で勝手に勝負をして勝手に勝った気になります。

 

これって本当に優れた人よりも、優れた人間になりたかった人に多いんです。

 

つまり、否定されて生きてきた経験がある人です。

 

 

劣等感が強い人ほど勝負をしたがります。

 

 

わたしが劣っているなんて認めたくないから。

 

劣っているままではいたくないから。

 

勝っているところで勝負をして勝ち誇りたいから。

 

劣等感をなくすためには勝ちを重ねることだと思ってます。

 

 

だからどこか余裕がないし、いつもとげとげしいんです。

 

 

見下されてしまうと不愉快になると思いますが、その人は他人を見下すことによって自分を支えています。

 

「見下すようなことをしないでほしい。」と伝えても、変わってくれることなんかありません。

 

もしあなたがその人から見下されるような生活を続けているのなら、距離をあけてください。

 

見下されているのは嫌だからとがんばっても、今度は違う理由で見下されます。

 

あなたがその人に認めてもらえる可能性は残念ながらかなり低いです。

 

近くにいると傷つけられることも多いですが、一定以上の距離をあけるとあなたへの攻撃は減りますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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特技や得意が何もない。飲み込みも遅く不器用でできないことばかり。

皆さんは何か得意なことがありますか?

 

これだけは他の人にも負けないというような特技はありますか?

 

これがあるかないかだけでも全然違ってくるんですよね。




特技や得意なことがない人は、自分のことを『人よりも劣っている。』と思いがちです。

 

通常のときはそれほど意識していないかもしれませんが、落ち込むことがあったときなどに心へのダメージが大きいです。

 

特技がないと自分の中に支えとなるものが少ないんです。

 

なにか自分の中で絶対的なものがあればそれを中心に落ち込んでいる状態から回復もできますが、特技や得意がないとそのすがる部分がないんです。

 

 

本当に落ち込んでしまったときは特技や得意があるかないかで回復する速度は全然違ってきます。

 

 

特技や得意があると落ち込んでしまったときに立ち直る切っ掛けになることがあります。

 

落ち込んで自信喪失をしてしまったときにも『わたしにはこれがある!』と思えるようになります。

 

落ち込んでいても特技を続けているうちに自信を回復していくようになります。

 

特技はあるほうが人生でお得になる場面がでてきます。

 

 

でもこの特技って、なかなか身につかないんですよね。

 

 

特技とは一般基準以上に優れている技能になると思いますが、それを持つのって簡単ではないんです。

 

初めて挑戦してできる特技もありますが、基本的には何回も繰り返すことによって習得していくことになります。

 

小さい頃から日常的に継続していて特技と呼べるようなものになったというケースも多いです。

 

 

他の人よりも優れている技能は、一朝一夕では基本的には身につきません。

 

 

特技がない人もたくさんいます。

 

僕も昔から何をやっても不器用で特技と呼べるようなものはありません。

せいぜい人並みかそれ以下です。

 

他の人が一週間かけて習得していくことを二、三週間かけて習得していくというような感じでした。

 

そしてそれを習得したころにはもう他の人は次のステップへ移っている。飲み込みが早い人はそのステップすら終わって次に、って感じでした。

 

不器用だったり飲み込みが遅いとどんどん置いていかれます。

 

周りについていくのにただただ必死で、離されないようにするので精一杯です。

 

『自分にはこういうことが向いているのかも!?』、『こういうことをするのはすごく楽しい!!』という感想を抱く暇もありません。




特技を持つのは難しいことなんですが、残念ながら他人はあなたの特技に目をつけます。

 

 

履歴書や自己紹介を書くときにはほとんど必ずと言っていいほど【趣味・特技】の欄があります。

 

日頃からどんなことをしているのか、どんなことがあなたの中で優れた能力なのかを知りたがります。

 

専門分野にいけばいくほど特技の内容も細かく分類され、それがどの程度のレベルにあるのかを知りたがります。

 

顔、名前、その次に来るのが経歴と特技だと思います。(性別や年齢は見た目でだいたいわかるので。)

 

 

「あなたはどれくらい有能な人間ですか??」と尋ねられるのが特技なんです。

 

 

特技がたくさんある人はいいんですが、特技がない人はこれが困ります。

 

「何も特技はありません!」とは答えられないんですよね。

 

もちろんまったくの無関係の人間に特技を尋ねられたときは「特技はないです。」と答えることができますが、これから関係を築いていくかもしれない人間に「あなたは何ができますか?」と尋ねられて「わたしは何もできません!!」とは答えられません。

 

そんな風に答えた時点であなたとその人間は縁がなかったことになります。

 

そうならないために自分の中の特技を探します。『何が他の人よりできるだろう?』、『自分の中でまだ他の人と比べて劣っているのが少ないものはなんだろう?』と悩みに悩みます。

 

特技が多い人なら悩まずにポンポンといくらでも出てくるのに、特技がない人はやっとの思いでひねり出して一つか二つです。

 

 

自分の中に『これは他の人よりも優れている。普通の人は持っていない特別な能力だ!』というものがないんです。

 

 

他人より優れている自信がないんです。

 

 

特技がないとね、自分は何もできないように思ってしまうんです。

 

特技が多い人は頼りにされる機会が多いし、そのたびに注目されます。

 

他の誰にもできない唯一無二の特技を持っていたら、それで生活費を稼ぐことができるようになるときもあるし、人気者にもなれます。

 

そうやって自分が持っていないものでその人が活躍し、自分は蚊帳の外状態ということが続くと、自分は価値がないんだと思ってしまうようになります。

 

 

特技がないだけで『人間としての価値が他の人よりも下だ。』と勘違いしてしまうことになってしまいます。

 

 

特技ってね、別になかったらなかったでいいんですよ?

 

 

絶対に持っていないといけないものだというわけではありません。

 

それにあなたが気づいていないだけで、特技が一つもないということはないと思います。(それが人に堂々と言える特技だとは限りませんが。)

 

なかにはこんな特技があるのを人に知られたくないという人もいると思います。

 

アピール欄に書けるものだけが特技ではありません。

 

特技があれば有利な場面もたしかにあります。

 

特技を他人から求められることもあります。

 

 

でもね、もう少し軽く考えてみませんか?

 

役に立たない特技でも別にいいし、特技がなくても別にいいんです。

 

不器用な自分もそのまま認めてあげてはいかがですか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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日に日に疲れがたまっていく。ゆっくり休めないし回復が追いつかない。

皆さんは回復が追いつかずに日に日に疲れがたまっていく状態を体験したことはありますか?

 

本当はしっかり休んだら回復するんだろうけど、その休むことさえできない状況になったことはありませんか?

 

オーバーワークが積み重なり、十分な休みも確保できない状況で日常を過ごしてはいませんか?




休むことってすごく大切なんですよね。

 

人間ってしっかりと休まないと、最高のパフォーマンスを発揮できないようになっています。

 

疲れがたまればたまるほど人間のパフォーマンスは低下します。

 

これは身体だけではなく頭の回転や反応も鈍くなります。

 

 

元気に日常生活をするためにも休息は大事なんです。

 

 

でも、実際はなかなか休息が追いつかないこともあるんですよね。

 

やらないといけないことがたくさんあったり、休んでしまったら大変なことになることもあります。

 

忙しい日常に追われながらの小休憩というカタチでしか休むことができない人もいます。

 

時間も質もたっぷりの休息なんてとれないことも多いんですね。

 

もちろんその場合は疲労やストレスは積み重なります。

 

 

楽しいから休むことも忘れてしまっていたという場合は別ですが、やらないといけないことに追われて休めないときは精神力を削っていきます。

 

 

寝る前に『今日も疲れた。やっと寝れる。明日は〇時には起きないといけないのか。嫌だなー。』と思いながら眠りにつきます。寝つきも浅く、疲れもあまりとれません。

 

朝起きたときに頭が覚醒するまで時間がかかり、目をあけてからボーッとします。気だるくて『始まってしまったか。』という思いです。布団から出るのがすごく億劫です。

 

何をやるにしても通常の何倍もの気力を使うし、体力も確実に減っていきます。

 

『絶好調だ!!』という日がほとんどなくなり、行動するまでが重りをかついでいるように遅くなります。

 

その感覚が日に日に強くなっていきます。

 

 

生きていくだけで疲れてしまうんです。

 

 

自分の日常を守るために生活をするだけで、いっぱいいっぱいになり弱っていきます。

 

開放感を感じることがほとんどなくなり、どんよりとした気分になることが増えていきます。

 

人はどれだけ忙しくてもそこに充実感があれば心は安定しますが、楽しみが少なく疲れがたまるだけの日々は心を削りとり不安定にしていきます。

 

余裕のなさからイライラもしやすくなり、不愉快に思うことも増えていきます。

 

 

がんばって人生を生きているのに、苦しくてしんどい状態が続きます。

 

 

生きていくために消耗戦を強いられてしまいます。




楽しさや喜びを感じにくい生活っていうのは、はっきり言ってつまらないです。

 

ただの惰性だけで生活しているだけで、心をおどらせる刺激がありません。そのくせ悲しい刺激やつらい刺激というのは定期的に襲ってきます。

 

疲れやストレスがたまっているところに追い打ちをかけてきます。

 

ただでさえ苦しいのに、さらなる負荷を与えてきます。

 

これが続くと、生きていくことは試練になってしまいます。

 

 

そうならないためには十分な休息をとることが必要です。

 

 

そのためには休むことの重要性をもう一度確認しておく必要があります。

 

人間って余裕がないときほど休むことをしません。

 

休むことの重要性を忘れて邪魔な時間ととらえてしまいます。

 

まずはその意識改革からです。

 

 

余裕がないときほど休まないといけないんです。

 

 

これがすごく難しいです。

 

比較的楽な生活をしているときには簡単に休んだり、必要以上に多くの休息をとってしまうこともあるんですが、本当に休みが必要な状況になるとなかなか休む選択ができません。

 

休むことの優先順位は忙しさに比例して落ちていきます。

 

 

忙しすぎると『休んでいる暇なんかない!!』になってしまいます。

 

 

あまりにもやることが多いと、そのやらないといけないことばかりに目がいってしまい、自分のことがおろそかになってしまいます。

 

やらなければいけないことばかりに神経をそそぎ、自分が疲れているという感覚が弱くなっていきます。いつも無理をすることがベースの生活となっていきます。

 

そして疲れを感じるようになったときにはもうヘトヘトなんです。自分で思っている以上に疲れています。

 

それでもすぐに休むということをしません。

 

『最近なんか特にしんどいなー。』と思っても、気合を入れて無理を続けます。

 

 

休みがとれなくて疲れがたまっているときは、精神にゆとりを持たせてあげることが大事になります。

 

 

身体の方は規則正しい生活、栄養バランスのとれた食事、適度な運動、質の高い睡眠である程度カバーできますが、心の方はここまで追い込まれてくるとそれだけでは全然カバーできません。

 

気を張りつめている状態をいかに少なくできるかがカギになります。

 

追い込まれてずっと無理をしている心に許しを与えてあげることが大切です。

 

 

誰でもやることが多くて時間がないときは焦ります。

 

 

時間内に終わらせようと思ったら気合を入れて全力でするという方法も確かにあります。

 

でもそればかりだと心と身体の消耗が激しいんです。

 

それに慣れるまでに時間がかかりますし、仮に慣れたところでいつ限界を迎えるかわからない状態です。

 

回復が追いつかずに日に日に疲れがたまっていくときは、オーバーワークや精神的な負担が大きいときです。

 

忙しいときほど心に許しを与えてあげましょう。

 

その方がうまくいく可能性が高いですよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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友だちが一人もいない。友だちが欲しいけど作れない。どうすればいい?

皆さんは友だちとよべる人たちはいますか?

友だちは多い方でしょうか?少ない方でしょうか?

 

それとも・・・

 

友だちが一人もいないでしょうか?




友だちが一人もいないって人も多いんですよね。

 

友だちがいない人はまず『この関係を友だちと呼んでいいんだろうか?』と悩みます。

 

友だちという関係の理想像が高く、『このくらいのことでは友だちとは言えないな。』と思ってしまうことも少なくありません。

 

相手からは友だちだと思われているのに、自分の方は『これくらいでは友だちではない。友だちって言葉を使っちゃいけない!』という人もたくさんいます。

 

僕も交友関係は割と広いのですが、友だちと呼べる人って何人いるかと言われたら・・・

 

 

友だちって作れる人は当たり前のように作れますが、反対に作れない人はなかなか作れません。

 

 

生まれてから友だちが一人もいないという人もいます。

 

友だちって『ほしいなー。』と思っても簡単にはできないんですよね。

 

一人ではできないことだから。

 

友だちを作るには友だちになりたい相手が必要になります。

 

そしてその相手が信用できる人なのが前提になります。

 

 

人間は自分が全然信用できない相手とは友だちになることはできません。

 

 

いつ裏切るかもしれないような人間とは友だちにはなれないんです。

 

そしてその相手からもある程度の好意を持たれていないと友人関係にはなれません。

 

相手からも友好的にみられて初めて友だちという関係になれます。

 

相手から嫌われていたり、敵対視されていたら友だちにはなれないんです。

(かりそめの友だちという怖い関係にはなれますけどね。)

 

 

大人になればなるほど、友だちを作るのは難しくなります。




それは友だちになるには理由がいるからです。

 

なにか理由がないと友だち認定をしないんです。

 

相手に対して遠慮をして本音を見せないので、距離感が縮まるのにも時間がかかります。

 

共通の趣味などで知り合えたら別ですが、通常は友だち関係になるのに子どものころよりも時間がかかります。

 

 

大人になると友だちってすごく敷居が高い存在になります。

 

 

子どものころは家が近いから友だちになれたのに、大人になると家が近いだけでは友だちにはなれません。

 

子どものころは教室の席が近くだから友だちになれたのに、大人になると隣の席だけでは友だちになれません。

 

子どものころは用事もないのに相手に会いに行けたのに、大人になると相手に会いに行くのにも理由がいります。

 

子どものころはほんの少しのきっかけだけで友だちになれたのに、大人になるとほんの少しのきっかけでは友だちにはなれません。

 

 

大人になると、子どものころのように純真無垢ではいられなくなります。

 

 

「よしっ!今から友だちな!!」とまだあまり知らない人に言われて『やったー!今からこの人と友だちになれるんだー!』と喜ぶ人はほとんどいません。

 

普通は『何を言ってるんだこの人?』、『なにが狙いなんだ?』、『なれなれしいな。』、『胡散臭い。信用ならない人間。』といった具合に、相手に対して強い警戒心が出てきます。

 

子どものころのように無防備とはいかないんです。

 

 

大人になれば友だちを作る難易度は一気に上がります。

 

 

お互いに警戒心を持つようになるからです。

 

本音を隠し、上辺だけの付き合いになりがちになるからです。

 

相手も自分も心の壁が高くなっています。

 

社交的な人でも広く浅くは付き合えるけど、広く深く付き合うことは難しいです。

 

大人になれば子どものころよりも本音と建前のずれが大きくなります。

社交辞令も増え、相手の気持ちを判断するのは難しくなります。

 

建前や社交辞令をそのまま真に受けて、あとで痛い目にあうことも少なくありません。

 

友だちを作るためには相手がどういう人間か見極める技術が必要になってきます。

 

 

別に友だちがいなくてもいいんですよ?

 

 

だってこんなに友だちを作るのは難しいんですから。

 

 

子どものころに親や先生から「友だちをたくさん作りなさい。」と言われてきたと思いますが、友だちって作ろうと思って作るものでもありません。

 

意気投合して一緒にいると楽しいとか、一緒にいると気が楽で素の自分でいられるという人ができたのなら友だちになればいいですが、友だちがいないからといって、なってくれる人を探すようなものではありません。

 

世の中には友だちが一人もいなくても、充実した人生を送っている人がたくさんいます。

 

 

友だちがいないからといってあなたに問題があるというわけではありません。

 

 

自然に任せてみませんか?

 

友だちがいないと肩身が狭いように感じるかもしれませんが、無理をして友だちを作ろうとするよりも気楽にいきませんか?

 

友だちがいない人なんか、世の中にたくさんいます。

 

友だちは無理をして作るようなものではないと思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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皆さんは自分の心が『すごく弱ってしまったなー。』と感じてしまうようなときはありませんか?

 

もっと自分を強く持とうとしても無理で、なにかにすがりつきたくなってしまうことってありませんか?

 

これって心が疲れてしまって弱りきっているんですね。




心が強い状態、または普通の状態ならば自立して立てるのですが、それすらもできないほど、なにかにすがりついていないと立っていられないほど弱ってしまっているんです。

 

自分の力だけでは立っていることもままならないから、他の力も使うんです。

 

それが他人であったり物です。

 

 

他人の場合はもちろん人ですよね。

 

自分一人で立っているのがつらくなったから、もたれかかれる人を探すんです。

 

弱った自分を支えてくれる人を探します。

 

もしくは自分よりもさらに弱っている人を探し、『この人を支えるために生きているんだ!』と自分に意味を持たせます。

 

 

それ以外にも宗教や心理系のサイトなどがあります。

 

弱ってしまった心に力を与えてくれるような【許し】を探します。

 

心の拠りどころとなる考えを探します。

 

特に宗教などは、のめりこんでしまう人は抜け出せないくらいのめりこんでしまいます。

 

それで人生が狂ってしまう人もいるほどです。

 

 

元気な心の人からしたら『どうしてそんなものに手を出すんだ。危ういってことがわからないのか?』です。

 

 

そう。心が弱っているときって危ういんです。

 

 

恋愛ではよく「相手の失恋直後を狙え!」って言われてますよね。

 

誰かに依存したくもなるし、誰かに依存してもらいたくなります。

 

人をすぐに信用する(というよりも疑う力が弱くなる)し、簡単にだまされるようになります。

 

自分の判断に自信が持てなくなり、他人の思考に染められやすくなります。

 

確たる自分が小さくなり、外部の影響を大きく受けるようになります。

 

 

よく幸運を呼ぶ○○とかって売ってますよね。

 

 

あれって『誰がこんなの買うんだろう?』って思ったことはありませんか?

 

『ただの○○に幸運を呼ぶ力なんてないだろう。』、『え?1000円?たったの1000円でなれるような安っぽい幸運なんていらない。』、『100万円?100万円もする○○なんて高すぎる。もったいない。』といった具合に思ったことはありませんか?

 

ようするに胡散臭いんですよね。

 

それを買ったところで幸運が舞い込んでくるなんて、あなたは思っていないんです。

 

だって怪しすぎます。




でもそれを買ってしまう人もいます。

 

真剣に『幸運をもたらしてくれるんだ!』と思って買う人がいます。

 

『少しでも今の状態が改善すれば!』と藁にもすがる思いで買う人がいます。

 

『試しに持っとくか。』と気休めに買う人がいます。

 

そしてその幸運を呼ぶ○○を手にしたときに、幸運なことがあったとします。

 

するとあなたは『これは本物だ!!』と思うようになります。

 

もちろん一度や二度の小さな幸運や、ほんの些細な幸運ではそうなりませんが、一定以上の大きな幸運がやってきたときは幸運を呼ぶ○○の存在を信じるようになります。

 

その幸運が続けばあなたはその幸運を呼ぶ○○の信者です。

 

誰よりもその幸運を呼ぶ○○の存在を信じ、あがめたてまつります。

 

 

なにか幸運なことが起こると、すべて幸運を呼ぶ○○のおかげだとなります。

 

 

あなた自身の行動や努力の結果ではありません。

 

周りの環境の変化の結果でもありません。

 

ただの運や偶然でもありません。

 

すべて幸運を呼ぶ○○の力です。

 

心が弱っているときほどこのことに何の疑いもなく思い込みます。

 

 

自分ではない何かのおかげにしてしまいます。

 

 

普通の状態でも占いや風水、お守りなどを信じる人は大勢いますが、その信じる範囲が心が弱くなってくると拡大していきます。

 

一般の人が『怪しいんじゃないか?』と思ってしまうようなものにまで手を出し、そして一度信用するとなかなか離れられなくなります。

 

 

でもそれをしないと生きていけないんですね。

 

 

心が弱ってしまって何かを頼りにしないと苦しすぎるんです。

 

心の拠りどころを探さないとつらすぎるんです。

 

 

皆さんも元気なときはこのブログを見たことなかったですよね?

 

【心が弱っても】にたどり着いたとしても、変なページに来たと思いすぐに閉じていましたよね?

 

仮に少し読んでみても『なんだこれ?胡散臭い。気持ち悪い。』と敬遠していましたよね?

 

流し読みで内容なんてほとんど入ってきませんでしたよね?

 

 

今はどうですか?

 

 

もし今、あなたがこのブログをしっかりと読まれているのなら、それだけ心が疲れてきているということです。

 

嫌悪感のある内容に共感できるようになっていたのなら、それだけ苦しい状態にいるということです。

 

心が弱ったときはね、なにかにすがりついてもいいと思います。僕もそうやってここまで生きてこられました。

 

ですが深く依存してしまうと大変なことになるかもしれません。

 

何事もほどほどを心掛けていてくださいね。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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好きの温度差がありすぎて寂しい。本当に私のこと好きなのかな?

皆さんは恋人との温度差を感じたことはありますか?

 

こっちは相手のことがすごく好きなんだけど、相手は別にこっちのことを好きだと思っていないように感じる。

 

どんなに努力しても相手との温度差がうまらない経験をしたことはありますか?




これってすごく寂しいんですよね。

 

相手のことがすごく好きだから。

 

相手のことがすごく好きだから、相手にも同じようにこっちを好きでいてほしいんです。

 

『この人は別にわたしのことが好きなわけじゃないんだな。』と感じさせるようなことはしてほしくないんです。

 

相手のことが好きだからこそ相手にも同じくらいあなたのことを好きになってもらいたいし、それができないとわかったときに心が傷つくんです。

 

 

好きにはね、温度差があります。

 

 

お互いにまったく同じ大きさの好きはありません。

 

比べようもないことですが、必ずあなたと相手の好きに大きい小さいがあります。

 

その好きの大きさの差が小さければ満たされやすいですし、好きの大きさの差が大きいと不満や不安を抱きやすいです。

 

互いの好きの大きさの差が小さければ幸せを感じることが多いですし、好きの大きさの差が大きいと寂しさや疲れを感じることが多くなります。

 

 

あなたが寂しいと感じることが多いのならそれは、相手との好きの大きさの差が大きいのだと思います。

 

 

しかもあなたの方が相手よりもかなり好きの大きさが大きいかたちで。

 

 

相手の好きの大きさがあなたよりも大きすぎると、寂しさよりもわずらわしさや鬱陶しさを感じます。これはこれでしんどいものですが、不安などとは無縁です。

 

恋愛って好きの大きさが大きい方が積極的になりやすいです。

 

恋人の喜ぶ顔が見たいし、悲しんでいるときはなんとかしてあげたいです。

 

自分にとって負担や不都合が多いことでも、恋人のためになるなら行動しようとします。

 

簡単に言えば無理をしやすくなります。

 

それで相手があなたの期待していた反応を見せてくれればいいのですが、なかなかあなたの期待通りの反応をしてくれることは少ないです。

 

 

恋人の方が好きの大きさが小さいから。

 

 

好きの大きさが小さければ態度や反応も小さくなります。

 

もし自分だったなら『これくらいの反応をするだろうなー。』という予想ラインを超えてくれることは少ないです。

 

点数をつけるなら60点や40点。それ以下の赤点であることも多いです。

 

あなたにとっては不満な数字になります。

(そのかわり相手が100点で返してくれたときのうれしさは、あなたを興奮状態にさせるほど大きいです。)

 

『あれ?そんなにうれしくなかったのかな?』、『もう少しぐらい反応をしてくれてもいいんじゃないか?』となってしまいます。




一般的にはね、恋愛の温度差が大きいと長くは続きません。

 

 

温度差が大きいのに長く続けるとお互いに違和感を強く感じるようになり、相手のことがわからなくなっていくからです。

 

「相手が何を考えているかわからないから恋愛は楽しいんだ。」という人ももちろんいますが、ここまでくると相手とは人種が違うように思えてきます。

 

国籍が違う人たちはお互いがそれぞれの文化などを理解しようとするからうまくいくわけであって、それをしなくなるとうまくいかなくなります。

 

相手のことを違う人種のように感じるようになってしまっては、相手を理解しようとする気持ちがなくなります。

 

恋人は理解不能の人種になります。

 

そんな理解不能の人種と一緒にいたってお互い楽しくはありません。

 

 

お互いに疲れていくだけです。

 

 

恋愛の温度差が違いすぎるときは、好きの気持ちの大きい方が我慢をするのが一般的な対策となっています。

 

・恋人と連絡が取れない間に自分磨きをがんばる。

・夢中になれる趣味を作る。

・精神的に自立できるように努力する。

・運動をする習慣を作る。

・友だちと一緒にいる時間を長く作る。

 

などといったことがよく書かれていると思います。

 

 

相手の好きって気持ちを急にあなたみたいに大きくできないからです。

 

 

だからあなたが少しでも下げてバランスをとれるようにしていきます。

 

 

でもこれもすごく大変なんですよね。

 

成果が出てくるまでには時間がかかるし、その間も寂しい気持ちが続きます。

 

あなたの好きが大きいほど相手とバランスのとれる温度まで下げることは難しくなりますし、あなたの負担が大きくなります。

 

そして仮にそれが成功できたとしても、その時点ではほとんど相手への関心がなくなっているという結果さえありえます。

 

あんなに好きだった相手のことが『別にどうでもいい。』と思えるようになってしまうことさえあります。

 

 

そこまでして合わせる必要が本当にありますか?

 

 

そんなに苦労しなくても、あなたの恋愛の価値観に近い人はもっとたくさんいますよ?

 

 

ほんとにね、温度差がありすぎると恋愛って急に心を苦しめるものに豹変します。

 

『好きだけどつらい。』、『好きだからこそ苦しい。』といった恋愛の苦い部分が前面に出てきます。

 

相手との温度差はね、簡単には縮まりません。

 

相手と一緒にいる限り、あなたはその寂しさをこれからもことあるごとに実感します。

 

それでもその人がいいですか?

 

それでもその人でなきゃダメですか?

 

その選択の先に幸せな恋愛が待っていることを願っています。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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休むことに罪悪感を感じる。サボっているだけなんじゃないか?

皆さんは休むときに何の抵抗もなく休むことができますか?

 

休むことがなんだか悪いような気がして、無理をしてでも休まずにがんばってはいませんか?

 

学校や会社に休むと連絡をしたあとで、『これならがんばれば行けたんじゃないか?』、『本当に休むくらいひどい状態なのか?サボりたかっただけなんじゃないか?』って面倒なことを考えてしまってはいませんか?




休むことって悪いことではないんですよ。

 

 

『他の人ががんばっているのに自分だけ休んでしまうなんて・・・』なんて思う必要はありません。

 

『他のみんなは休んでいないのに、なんでわたしだけがんばれないんだろう・・・』なんて悩む必要はありません。

 

『休んだら他の人に迷惑をかけてしまうのに、これくらいのことで休むなんてダメだ。』なんて考える必要はありません。

 

 

あなたは休まないといけないほど疲れているんです。

 

 

だってそんなにクヨクヨするほど休むことにあなたは抵抗があるんです。

 

精神的には休まないで無理をした方があなたは楽なんです。

 

休むことよりも休まないを選ぶ方があなた的には気楽なんです。

 

休むことに罪悪感を感じ『サボっているだけなんじゃないか?』なんて面倒なことにはなりません。

 

 

あなたはサボりなんかじゃないですよ。

 

 

だって、サボりたいだけの人ならこんなの悩みません。

 

休むと連絡をした直後に急に元気になります。

 

休むと連絡した後に『やっぱり行った方がよかったんじゃ・・・』なんて頭に浮かびません。

 

『今日は何をしようか?』、『ゆっくり休めるなー。』、『明日もついでに休んじゃおうかなー。』とウキウキです。

 

休んでもいいという事実がうれしくてたまりません。

 

・・・

あなたはそうではないでしょう?

 

 

ではそれは、あなたに本当に休息が必要だったってことです。

 

 

あなたが自分の能力を発揮させるためにも休む時間が必要だったってことです。

 

 

たしかにね、休み基準には個人差があります。

 

仕事や学校を少し風邪気味なだけで休む人もいますし、コロナになっても「休めないから。」と隠して出勤する人もいます。(ほんとにやめてほしいですが。)

 

右足首をねんざして休む人もいますし、右足首を骨折しても車を運転して出勤する人もいます。(アクセルを踏むときなどの痛みは我慢するらしいです。)

 

午前中に倒れて救急車で運ばれたのに、午後になると出勤してくる冗談みたいな人もいます。(周りが驚いて慌てて帰らせましたが。)

 

上に書いたことはすべて実際に僕の職場で起こったことです。

 

こんな超人が周りに大勢いるとたしかに休みにくいです。




今のあなたは『自分は完全に休んでいい。』という基準を満たしていないのかもしれません。

 

 

完全に合格ラインを超えて気兼ねなく休めないから、罪悪感なんて感じなくてもいいものまで感じてしまうんです。

 

そして休むことになっても頭は常にグルグルと思考を続け、気がつけば一日が終わっています。

 

ぐっすり休めたという実感はなく、中途半端に休んでしまったという感覚です。

 

『わざわざ休んだのに一体なにをしていたんだろう?サボってしまっただけだった。』と反省をしてしまいます。

 

そして明日はより一層休みにくくなります。

 

あのね・・・

 

 

自分に厳しくなりすぎですよ?

 

 

疲れたら休むなんて当たり前のことです。

 

調子が悪くなったら休むなんて当たり前のことです。

 

休んだらいけないんじゃありません。休まないといけないんです。

 

無理をしてがんばり続けていても、限界がどんどん迫ってくるだけです。

 

 

あなたは、ずーっとがんばり続けてきたんじゃないですか?

 

 

休むことを悪いことだと認識してしまうほどに。

 

休むことなんて考える暇もないほどに。

 

少しくらいの無理なんてどうってことないと感じるほどに。

 

自分が疲れているかどうかもわからなくなってしまうほどに。

 

 

そうやって無理を続ける生活をしてきたのではないですか?

 

 

そこまでね、がんばらなくていいんですよ。

 

そんなにもね、無理をしなくていいんですよ。

 

そこまで自分を追い込まなくていいし、そんなに自分を追いつめなくていいんです。

 

もっと楽な環境に自分の身をゆだねていいんです。

 

 

『休んだらダメだ!!』なんていうのはあなたのただの思い込みです。

 

 

『まだ動けるから!』、『まだ倒れてないから!』、『まだがんばれるから!』と自分を叱責して無理をする必要はありません。

 

これだとあなたは『倒れて動けなくなるまでがんばらないといけない!!』ってことになってしまいます。

『倒れるまでがんばらないといけない!!』なんていうのは、自分のことをないがしろにしすぎです。

 

 

もっと自分を大切にしてあげましょう?

 

 

休みたくないあなたが休まないといけない状況っていうのはよっぽどです。

 

 

それほど身体や心が疲れているってことです。

 

そのために休むことはサボりなんかでは決してありません。

 

休まずに無理を続けることは偉いことではありません。自分を大事にしない愚かなことです。

 

疲れているときは無理をせず休んでくださいね。

 

サボっているだけの人の方が堂々と休んでいますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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社会復帰ってこんなにも難しいの?普通になりたいだけなのに!?

皆さんは社会の一員としての活動ができていますか?

 

普通に外に出て遊んだり、学校に行ったり働いたり、どこか遠出をしたり、誰かに恋をしてみたりと、一般的に普通と呼ばれるような生活ができていますか?

 

この一般的には普通といわれることでも、その生活が難しい人もいるんですよね。




一度休憩をとることを余儀なくされた人たちです。

 

「これ以上このまま活動してはいけない!!」とストップがかかってしまった人たちです。

 

外からの刺激が強くなりすぎて、避難をしなくてはいけなくなった人たちです。

 

外からの刺激で一度ボロボロになってしまった人たちです。

 

もちろんなかにはただの甘えだけで社会から離れている人もいますが・・・(そういう人はこのブログを読まれていないと思います。)

 

 

普通の生活ってね、意外と難しいんですよね。

 

 

普通の生活には個人差が大きくありますが、あなたが望む夢のような生活ではなりませんよね。

 

少なくとも多少の妥協をし、現実から考えられるたどり着きそうな地点がこの場合の普通になります。

 

・大金持ちと結婚して玉の輿にのる

・プロの世界に入り超一流と呼ばれる存在になる

・あこがれのアイドルと結婚する

 

みたいなことを望んでいるわけではありません。

 

 

普通に社会と交流して、普通にメシを食べて、普通に屋根のある部屋で寝る。

 

 

極端に言えばこれが普通なんですよね。

 

あなたの望みはこれだけなんです。

 

なにも大それたことを望んでいるわけではないし、一般的にみんながしていることです。

 

みんなの当たり前の日常です。

 

今はそれがほしいだけなんです。

 

 

けどそれさえ、今のあなたには与えてくれないこともあります。




一度社会から切り離されてしまうと、それを取り戻すのは大変なんです。

 

 

前はがっちりとしたロープでしっかりとつながっていたのに、ときにはそれが鬱陶しくて自由になりたいとさえ思っていたのに、そのロープが真ん中でブチリと切れてしまったんですね。

 

一度切れてしまったロープを元通りにしようと接着剤でとめても、引っ張られるとすぐに接合部分から切れてしまいます。

 

見た目には一度切れてしまったロープだということをわからなくしたいのに、それでは修復が難しいんです。

 

元通りにはなかなか戻れません。

 

『たったこれぐらいのことで・・・』と思うようなことでもつまづいてしまうし、『どうしてこんなことも・・・』と思うくらいのことでもできないんです。

 

以前のように戻りたいけど、何事もなくスムーズにはなかなか戻れません。

 

 

元のように戻ろうと思っても、いくつもの障害が襲ってきます。

 

 

まずね、社会から離れていたって事実を社会は重く見ます。

 

どういう原因があるにせよ離れたということは、そこではやっていけなかったという事実として受け止めます。(あなたには正当な理由があったり、よくそこまでがんばったという環境でも、あなたの周囲にしか伝わりません。そこを一歩でも離れてしまうと、適応できなかった人と認識されてしまいます。)

 

『心が弱い人だ。』、『なにか問題がある人なんじゃないか?』、『またそういうことになられたら迷惑だ。』と敬遠されがちになります。

 

 

同じ条件であれば社会から一度も離れたことがない人を人は選びます。

 

 

この時点からしてなんなんだって感じですよね。

 

好きで社会から離れていたわけではないのに、戻るときにマイナス評価として加えられるなんて。

 

一度落とし穴に落ちてしまったら、そこから這い出してもハンデをつけられるんです。

 

這い出すことさえすごくしんどくて、やっとの思いで穴から出てきても、落とし穴に落ちたことがない人の方が優遇される世界になっています。

 

 

それにね、体力面でも問題が出てきます。

 

 

社会から切り離されている間は、行動範囲や活動時間が極端に短くなっています。

 

身体を動かす機会も減り、自分でも思っている以上に体力がなくなっています。

 

少し動いただけでも息切れやめまいがしたり、それを回復するのに2~3日かかるってこともあります。

 

太陽の光さえ刺激が強くて焼かれているようです。

 

社会とふれあっている時間が通常時の何倍も何十倍も長く感じます。

 

 

そしてなんといっても精神面の問題があります。

 

 

以前は日常として社会でできていたことが怖くてできなくなることがあります。

 

前は人と関わることが大好きだったけど、今は人が怖くて人が大勢いるところにいるだけで気持ちが悪くなる。

 

電車やバスに乗ると言いようのない不安に襲われ、パニックで乗れなくなってしまった。

 

ほんの少し電話で人と話しただけなのに身体中から汗が滝のようにふきだしてきた。

 

人がいると緊張して気を張ってしまう。こちらに視線を向けられるだけでも全身が硬直して思考停止してしまう。

 

特に疲れることは何もしていないはずなのに、家に帰ったらすぐに横になりそのままぐっすり眠ってしまった。

 

 

あなたが今までしていた普通の生活が、今の自分ではすごく大変な生活なんです。

 

 

社会復帰を目指す人はいつも走っています。

 

『早く元に戻りたい!』、『やっと治ったんだ!』、『このままじゃいけないんだ!』とすぐに全力疾走をしてしまいます。

 

そして以前との違いに愕然とします。

 

あのね、まずはゆっくりと歩いてみましょう。

 

 

いきなり全力疾走をしても無理です。

 

 

ブランクがあって転ぶだけです。

 

しかも自分で思っているほどスピードも出ていません。

 

焦らないで少しずついきましょう。

 

困難を乗り越えてきたあなたなら、今は焦らなくても後で追いつきます。

 

あの状況からでも這い上がってきたあなたの力を、少しは信じてみてはいかがですか?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。

 

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