どうしても手に入れたい!!強すぎる執着は破滅への第一歩。

なにかに執着し、手に入れたい、放したくないといった思いを抱いたことはありませんか?

執着というとあまりいいイメージは湧かないと思うのですが、実は悪い感情というわけでもありません。



執着をしてしまうのはあなたにとって大切な人、大事な物だからです。

 

自分にとってどうでもいいものには執着という感情はでてきません。

 

だって、手に入れたいと思わないし、なくしてしまったところで「まっ、いっか。」で終わりです。執着をしてしまうのはあなたにとって、手に入れたい、なくしたくない、とても大切なものだからなんです。

 

でも、この執着、とてもエネルギーを使うものなんです。すごくしんどいものなんです。

 

例えば、ある時計屋さんに行きます。『あの腕時計かっこいいなー。ほしいなー!いくらするんだろ?40万!?俺の給料じゃ買えないよな。』その日はあきらめて帰ります。一週間後同じ店に『あ、3つあったのに1つなくなってる。売れたんだ。いいなー。うらやましい。』、帰り道、『そうだ、もうすぐボーナスの時期だ。ボーナスがでたら買えるかも。』とひらめきます。翌日も店に『おっ、まだあるじゃん。ボーナスでたら買ってやるからなー。』と腕時計のことが気にかかり、店に通うのが日課になります。『まだあるなー。』と確認し安堵します。そんな生活を続けていました。ところがある日、異変が起こります。『腕時計、1つ売れてる!!俺が買う予定なのに!あと1つしかない!』それからは気が気ではありません。仕事をしていても気が付くと腕時計のことを考えてしまいます。仕事帰りに店に立ち寄り『よかった。まだ売れてない。』と安心します。ですが、就寝前に『あれから売れてしまってないよな…』と不安になります。四六時中腕時計のことが気になって仕方なくなっている状態ですね。彼は果たして無事に腕時計を入手できたのでしょうか?

 

物の場合はまだいいと思います。手に入る、手に入らないがはっきりしているのだから。極端な話、商品がそこにあり、お金があったら手に入る。お金がなかったら手に入らない。と簡単にわかるから。

 

でも、それが物じゃなく人だったらどうでしょう・・・?片思いの相手、恋人だったらどうですか?相手の気持ちの問題もあるので確実に手に入る、手に入らないとわからないものですよね?

 

それを

手に入れたい。
他の人にとられたくない。
もっとこっちを見てほしい。

 

・・・どうですか?

考えただけでもしんどくなってきませんか・・・?

 

相手の気持ちがあるので必ず手に入るとはかぎりません。どんなに努力をしても、どんなにがんばっても、手に入らないかもしれません。

商品のようにここまでのお金があったらというラインもわかりません。その手に入るラインもわからない、もしかしたら一生手に入らない人に対して自分のものにしたいと思い悩むのです。

 

なかには、傍から見てどう考えても無理だろうという人に対して『いや、私にはこの人しかいない。他の男なんて考えられない。なんとしてでも絶対手に入れてやる!』と執着し、がんばってしまう人がいます。『彼以外に私を幸せにできる人はいないし、私以外に彼を幸せにできる人もいない。』とがんばってしまいます。電話やメールが一日こないと『どうしたんだろ?』で終わればいいのですが『私、なにか気に障ること言ったかな。怒らせてしまったんだろうか?』と悩んでしまうこともあります。

 

ラインの返事をすぐに返してくれる彼女が既読のまま返事がない。『忙しいのかな?』、『疲れてるのかな?』で終わればいいのですが、『いつもはすぐに返事してくれるのに。事故にでもあったんじゃないか!?』と彼女に電話をします。彼女は電話に出ません。『大変だ。なにかあったんだ!彼女の家まで行こう。』それが夜中の2時でした。

どうですか?心に余裕なんてある状態だと思いますか?なんか、すごく視野が狭くなっていると感じませんか?一途といえば聞こえはいいですが、限度を超えるとストーカーに近いですよね。

でも当の本人はそのことに気づきません。なくしたくない大切なもの、本当に心から心配しているんです。

だから一刻も早く彼女の安否を確認したい。彼女は15回目のチャイムで玄関の戸を開けました。眠っていたんでしょうね。寝起きの表情で彼に対応します。彼は彼女が無事だとわかり気分は最高潮。彼女はどうですかね?「うれしい!私のためにわざわざ来てくれたのね!」と言ってくれますか?「なんでわざわざ家まで来るの?あした学校で会えるじゃん!?」と言われてしまいますか?

 

執着自体はもっていていい感情だと思うんです。

 

大切なことの証明ですから。ただ、限度を超えてしまうとそれは相手にも迷惑をかけてしまうかもしれません。

大切な相手なのに自分が迷惑をかけてしまう。本末転倒ですよね?

そうならないためには執着をコントロールしなければいけません。その執着のコントロールがめちゃくちゃ難しいのですが・・・まずは、執着をしているときに『あ、執着してしまったな。』と意識することから初めていただけたらと思います。その意識をもつことだけでも全然違ってきますから。。。強すぎる執着で周りや自分を不幸にしないためにも。。。

 

執着をコントロールするれば冷静な判断ができるようになります。執着で疲れてしまった心も少しずつ回復していくはずです。

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。





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変わりたいのに変われないのは

皆さんは変わりたいと思ったことはありますか?

「こんな自分は嫌だ!」「もっといい自分に変わりたい!」と願ったことが少なからずあるのではないでしょうか?現状の自分に満足していない。向上心がありますよね。いいことだと思います。

でも、変わりたいと決意をする前に一呼吸おきましょうか。



あなた、、、本当に変わりたいですか?

心から変わりたいと願っていますか?

 

 

ここで即答できない人はやめときましょう。心の底では変わりたいと思っていません。

 

変わるというのは簡単なことではありません。だって今までの人生で変わる必要がなかったのですから。

変わる必要がある部分はすでに生きていく中で変わってきたはずです。仕事ができなかったら一生懸命おぼえ、がんばってきたはずです。

 

そのがんばってきたあなたの中で変わらなかったもの、あなたの頑固な部分、あなたの本質により近い部分が今回変わりたいと願っている部分ではないですか?

本質と言いましたが、あなたの人生観、価値観、性格と言うべきでしょうね。

 

変わるというのはすごく大変なことです。

変わりたいと意識している部分はあなたの人生で変わらなかった部分だから。無意識のうちに変われるのが一番ですが、無意識に変われるほどあなたにとって簡単な部分ではありません。

 

あなたの本質に近づけば近づくほど、変わるのは難しくなります。

なぜかって?

・・・

・・・

変わりたくないという気持ちがでてくるから

 

皆さんはすごい決意をして『今の自分ではだめだ』、『こんな自分になりたい』と心から思っています。その決意は生半可なものじゃないと思います。だけど、その決意をもってしても変わるのは簡単じゃありません。

 

変わるというのはある意味、今までの自分を否定することだから。今まで『これでいいんだよ』と認めていた自分にダメだししないといけない。これは想像以上にきついんです。がんばって変わろうとしても、どこかで『嫌だー!変わりたくないー』と言っている自分がでてきます。それに打ち勝たないと変わることはできません。

 

変わりたいと本気で願うなら、まずは、とにかく行動をすることです。痩せたいと願うなら運動する。試験に合格したいなら勉強する。明るい性格になりたいなら人と交流する。簡単そうにみえますが、この状態、結構しんどいんですよ。

自分が今までにしてこなかったことだから。

 

行動するには時間とやる気が必要です。今まで趣味で使っていた時間を削ったり、睡眠時間を削らないといけないこともあるでしょう。

 

やる気、最初の一歩はわりと出るんです。自分がしないといけないと思っていることだから。勇気はいるものの決意があれば最初の行動まではいけるんです。ちょっとした達成感も味わえ「やった。できたじゃん。」とここで満足してしまう人も多いのです。(ほんとに多いんですよ。普段買わない参考書を買って勉強しないで満足するってやつですね。)でも、行動できただけでもすごいんですよ。今までのあなたはその行動すらしなかったのですから。「わたし成長できた。」で満足して終わっても。

 

変わるためには

①決意→②行動→③継続

が必要になります。

 

どれも難しいものなのですが、この中でも極めて難しいのが③継続です。三日坊主という言葉があるように、がんばるのを続けるのが一番難しい相当の決意をして、やるんだと行動して、そこまではできたとしても継続ができずに挫折する。そのパターンが一番多いと思います。

ダイエットを決意し、ジョギングをすることにしました。ここまではできるんです。1日目、2日目、がんばっている自分がいますよね?では、100日目、がんばっている自分が見えますか?

 

変わる決意までして変えたい自分はなかなか変わらないんです。

 

一週間がんばったからといって、そんなに早く変わりません。一か月、半年、一年、数年と時間がかかるんです。すぐには変わりません。変化があらわれる前に「ダメだ。私は変われない。」とあきらめてしまっても仕方のないことではないでしょうか?

がんばってしているうちは変わるのは難しいと思います。ですが、そのがんばりを習慣にできたら、当たり前にまでもっていくことができたら、そのときあなたは、自分が変われたと自覚することができるでしょう。

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。





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心が疲れるのは他人を気にしてがんばってきたから。

生きていたら自分にとっていいことばかりでなく、都合の悪いことも経験します。現代はストレス社会と呼ばれるように、多かれ少なかれストレスを抱えて生きているのではないかと思います。ストレスをまったく感じずに生きている人は少数でしょう。

でも、どうしてこんなにも疲れるのでしょうか?




心が疲れるのはただ一言。

あなたが・・・

無理をしてがんばっているから

『他人と比較して生きているから』

です。

 

言い方は悪いですが、あなたが『ドS』の人生を送っているなら心は疲れません。他人を気にすることなく、自分中心で生きているのなら心が疲れることはありません。自分中心だけで生きるのもかなり難しい気がしますが・・・

 

人間みんな生まれたてはドSです。「オギャーッ」と生まれた瞬間はみんなドSです。自信のない赤ちゃんを見たことがありますか?生きていてすみません赤ちゃん。いないですよね?

赤ちゃんは人目を気にせず、ところかまわず、自分の感情のみで自己主張をします。その自己主張に困っている親というのはよく見かけると思います。静かにしないといけない場所で泣きわめかれてあたふたしている親を。赤ちゃんは『お母さん迷惑かけてごめんなさい。』とは思いませんよね。『どうして僕の気持ちをわかってくれないの!?』と対応が遅くなればさらに泣き立てます。あれが自己中心の究極系だと思います。

 

生まれたては皆ドSです。ただ、そのドSを貫き通すのは人生難しいんですよね。全く人に怒られることなく、神様のように扱われてきた人だけが、究極の『赤ちゃんドS』に対抗できる人ですが、そんな人なかなかいませんよね。いたとしてもその人は周りから『あの人はいつも自分勝手で協調性がかけらもない。』、『子どもがそのまま大人になった人。』等の評価をされるでしょう。

 

究極の赤ちゃんドSは年月を重ねるにつれドンドンドンドン弱くなってきます。

大人になるにつれ『M』に近づいていきます

 

人生を生きているだけで結構な修羅場を体験すると思います。「お母さんに叱られた。」、「先生に呼び出されて怒られた。」、「かおりちゃんに告白したのに振られた。」、「高校受験、がんばったのに第一志望に落ちた。」などなど、ボクシングのように次々攻撃がとんできます。避けて、ガードして、反撃して、それでも自分が一番正しいという正当性を主張しようとします。

 

ですが無傷でいられることはありません。身体がボロボロになってしまいます。この状態が積み重なり、自分でもしんどいなーと自覚した状態が心が疲れた状態です。

心が疲れた状態でも攻撃はとんでくるので、ボロボロ状態では相手のパンチがさらに重くなる。避けきれず、ガードしきれず、クリーンヒットも多くなり、ダウンをしてしまうことになります。たとえほとんどダメージがない状態であったとしても、会心の一撃でやられてしまうこともあります。

 

他人の目を気にし、他人の判断を気にし、自分の態度を気にする。誰もが少なからずやっていることです。

ですがそのバランスを崩してしまうと『なんかだるいなー。』、『頭が重い。』、『目まいがする。』、『しんどいなー。』と心が不調を訴えてしまいます。重度のものでは心の不調が身体に影響することもあります。

 

家ではいたって元気なのに学校に行くと、頭が痛くなる。

元気に通勤したのに仕事やりだすと目まいや吐き気がする。

といった状態におちいることがあります。そうなると悪循環は続きます。できない自分を責めるんです。こんなことになって情けないと。これぐらいのことで体調が悪くなるのは自分が弱いからだと。

 

でも、実際はそうではないんですよ。そうなる状態になるまであなたががんばって我慢したからなんです。現実にあらがおうと我慢して、努力して、がんばってしまったから疲れが溜まってしまったんです。

 

悪いのはあなたではありません。あなたが情けないわけではありません。

本当のあなたはすごい努力家なんですよ?

 

他人のことを全く気にしない生活というのは難しいですが、必要以上に意識し、縛られるのもよくありません。

あなたは他人には優しく、自分には厳しい人。。。

 

心が疲れ果ててしまう前に、もう一度自分の心の声を聞いてあげてください。

そしてその心に正直に、素直に行動してください。

 

他人に迷惑がかかる?いいんですよ。多少なら。そこまでしないといけないほど、あなたは追い詰められているのだから。今までがんばってきたあなた、わがままになったっていいじゃないですか。それで文句を言ってくる奴には言わせとけ!って感じで。それであなたの心が軽くなるなら、疲れがとれるなら。

なにも一生自己中な生活をしろと言ってるわけではありません。ただ、疲れてるときは、心が悲鳴を上げているのなら、それを解消するためにわがままになって他人に甘えてもいいのではないでしょうか?

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。





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このサイトを見る前にいくつかのサイトを見たなら『助けたい症候群』というワードを目にした方もいるのではないかと思います。

助けたい症候群、いってみれば助けたい病ですね。メシア症候群と呼ばれることもあります。僕自身これにがっつりあてはまるので今回はこれについて説明します。




助けたい症候群は恋人間、夫婦間、親子間で主に起きる感情だと思います。深い愛情に付き添うものだと。

「この人には私がいないとダメだから…」

「もっとあなたの願いを聞いてあげたい。」

「僕以外に君を救える人はいないよ。」

といった感情です。人間なら大なり小なり持っている感情だと思います。それ自体はすごくいいことだと思うんです。相手のことを思いやれる優しい心、素晴らしいと思います。

 

ですが、なにか違和感がありませんか?上記の例、もう一度読み返してください。

 

なんか・・・すごく上から目線じゃありませんか?「あなたは私よりかわいそうな人間で、私が助けてあげないとあなたは幸せになれない。」と言っているように感じませんか?

 

もちろんこの助けたい症候群は相手を思いやることができる優しい人がかかります。思いやりが原動力なのでいいことだと思うのですが、この助けたい症候群というのはクセモノで続けていくうちに

 

『助けないといけない症候群』

『自分しか助けられないんだ症候群』

 

にパワーアップします。

以前助けたのだから今回も助けなきゃ使命感がでてきます。ひどい言い方をするなら洗脳・呪いですね。

 

それこそ相手を助けなければと必死で、場合によっては死に物狂いで行動します。そうなるとほんとに自分のことを無視してでも相手を助けようとするんですよね。相手がお金に困っていると聞けば、自分は欲しい物を我慢して、節約して、最悪借金までしても相手を助けようとします。

 

相手の望みが叶うなら自分の生活を壊してでも助けようとします。自分もそれで傷ついてるのに、それに気付かないふりをして。心を痛めてまで。

他者から見たら車にひかれて血まみれの人が、こけて膝を擦りむいた人に「大丈夫ですか!?痛くないですか!?動かないで!早く救急車を!」状態にさえなります。滑稽に思えますが、本人はいたって真剣です。

 

 

助けたい症候群でがんばって相手の要望を聞いていると、次第に助けないといけない症候群に移ります。このときに自分が無理をしていると気付くこともあるのですが、気付いたからといって簡単にやめれません。

 

だって、、、

助けたいと無理をしてまでがんばった自分が無駄になるから。

自分の努力を否定することになるから。

 

 

さらに助けないといけない症候群を続けていくと自分しか助けられないんだ症候群へと移っていきます。この状態になると苦しさが少し和らぎます。なぜなら『こいつのことが大切だから俺はここまで願いを叶えてやれているんだ。他の奴じゃここまでこいつの願いを叶えてあげることはできない。俺しかいないんだ。』とある種の達成感や充実感を伴うからです。自分は我慢しているんだから本当はつらいんだけど、そのつらさが愛情の証明になる。これにはまる人はどっぷりはまるんです。よく女性芸人がヒモ男の彼氏がいたことを話題にすることがありますが、すごく刺激的なんですよね。ロミオとジュリエット気分を味わえるというか。その苦難が自分の愛の証明になるんですから。

 

 

では、この助けたい症候群はいけないことなのか?自分の意義を見出すために相手を利用しているのか?と言えばそんなことはありません。

 

どうでもいい相手になら助けたい症候群にかかることはないから。

 

自分にとって大切な人だから助けたい症候群にかかる。助けたい症候群にかかるからこそ自分にとって大切な人だとなります。卵が先か鶏が先かの話になりますが…

 

助けたいと思う気持ちは素晴らしいことだと思います。見下し感情も少し入っているかもしれませんが、割合的には9:1以下でしょう。そうじゃないとこんな名称で呼ばれませんしね。それこそ見下したい症候群って名称になるでしょうから。

 

軽い助けたい症候群では心が弱くなることはないんです。だって自分のできる範囲で無理なく助けて相手に喜ばれるから。自分も役に立ってうれしいから。充実感と達成感しかありません。問題なのは自分が無理をして、つらくてしんどい思いをしてまで助けようとすることです。相手にとってあなたが救世主ならいいんです。相手にとってあなたが孫に小遣いをやるおじいちゃん(たいしてありがたみがなく当たり前)状態になってしまうと、してあげているのに相手が思う反応をしてくれない。と、心の悪循環におちいり心が疲れてしまします。

相手のことを思いやれる心をもった素晴らしいあなた。もう少し自分のことも思いやってあげてはいかがですか?あなたの心は助けを求めているかもしれませんよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。




 

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人間生きていたら誰だって落ち込むことがあります。

「いや、俺は落ち込んだことは一度もない。」と断言できる人はいないと思います。落ち込む場面は多々あると思いますが、その一つにがんばったのに期待に応えられなかった自分、がんばっているのに期待に応えられていない自分があると思います。




誰だって人に期待されると悪い気はしないと思います。期待されないよりは期待される自分でいたいと思うのではないでしょうか?

そしてこの期待してくれる相手は自分に近しい人であればあるほど、その人の期待が大きければ大きいほどうれしいものではないかと思います。期待に応えて相手がすごく喜んでくれる。すごく嬉しそうな笑顔を見せてくれる。相手が喜んでくれて自分もすごくうれしい。してよかったーと感動する。ほんとにすばらしいことだと思います。

 

 

・・・でも、この期待というのは実は怖さも隠れているんです。

 

それは相手の期待に応えられなかったときです。期待に応えられているうちは自分もすごく嬉しいんです。相手に喜んでもらえるから。それで自分もうれしいから。自分の存在意義を感じることもあるかもしれません。

 

でも期待に応えられなかったら…。

相手が悲しむことになりますよね?「お前には期待していたのに…」と幻滅されることもあるかもしれません。自分にとって別にどうでもいい人なら傷つくこともありませんが、自分にとって大切な人であればあるほど、相手の期待に応えられなかった罪悪感も大きくなると思います。この罪悪感が心の傷を深くします。

 

さらにこの期待の怖いところは、相手の期待に応えているうちにどんどん相手のハードルが上がるということです。簡単にできることなら期待に応えるのはいいことだと思います。

ですが、相手の期待値が大きく、自分が必死でがんばって、やっとのことで期待に応えられたときはどうでしょう?

相手は喜んでくれるでしょう。自分も大きな達成感や充実感を得られると思います。これで終わればいいんです。自分も相手も大満足。お互いによかったーで終われる。いいことですよね。

 

問題はここで終われなかったとき、相手がさらに上の要求をしてきたときです。『こいつはできる。私のためにしてくれる。』と認識されたときに問題がでてきます。必死でがんばって相手の期待に応えたのに、相手がそのことに気付いてない場合…私のためにがんばってくれたではなく、こいつはこのぐらいのこと簡単にできる。と思われた場合です。

相手にとってあなたは期待に応えてくれるのが当たり前の人。最初は10の期待をかけていたのが、20、30と、どんどん期待値が上がっていきます。その期待に応えられているうちはいいんです。お互い満足しますから。

 

けど、その期待に応えられなくなったら…どうでしょうか?自分はなんてダメな奴なんだって思いません?

 

期待をかけてくれるというのは信頼してくれているととらえることもできると思います。『難しいプロジェクトでもお前なら』、『私の息子なら』、『俺のことが好きなら』、…その信頼に応えられないのはつらいことですよね?

 

でも、もう一度考えてください。

 

本当にその期待に応えなければいけませんか?

上記の例をみてあなたの意見がありますか?

相手の意見だけではないですか?

 

あなたが今悩んでるのは相手の期待に応えられない自分です。がんばっても報われない苦しい苦しい自分です。ほんとにつらいですよね。心傷つきますよね。心弱りますよね。

 

 

僕もネットで他人の期待に応える必要はないといった記事をよく目にします。そんな記事に救われもしたのですが、僕自身思ったことは、

 

『期待に応えなくてもいいとそんな簡単に思えたらそもそもここまで悩んでない!相手がすごくすごく大切な人だからこそ、苦しんで悩んでいるんだ!!』

 

・・・反抗的です。

なかなか受け入れることができませんでした。

 

 

期待に応えなくてもいいと受け入れるのも難しいんですよね。苦しい思いやつらい思いをしているのはわかっているんです。それでもなんとかして期待に応えてあげたい相手なんです。そんな簡単にわりきれませんよ。

 

でもそれでいいんじゃないでしょうか?白黒はっきりさせなくても。グレーでも。

心が弱っているときって両極端な思考になりがちなんですね。しんどいから白黒はっきりさせないといけない。でも白黒はっきりさせることができない。『どうしてできないんだ!』とプレッシャーに変わります。

 

でもね、それが当たり前なんですよ。

だって今あなたが悩んでるのは、そんな苦しい思いをしてでも期待に応えてあげたい、助けてあげたいほど、あなたにとって大切なかけがえのない人なのですから。

簡単に意見を変えられるほど軽い存在ではないでしょう?

 

もう少し気軽にいきませんか?

いきなり期待に応えてはいけない、期待に応えなくてもいいと思う必要はありません。ただ必要以上に相手の期待を意識することもないと覚えておいていただけたらと思います。

 

必要以上に身構えることをやめるだけでも重たい心がスッと軽くなると思いますよ?

 

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。





 

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心が弱いとは

まずはじめに皆さんに確認をしたいのですが『心が弱い』とはなんでしょうか?

一般的な強い、弱いの基準ってケンカとか試合・ゲーム等の勝ち負けで判断されることが多いかと思います。

 

・・・では心は?





心と心が戦うのでしょうか?

 

実態がなく、明確な勝ち負けの判断基準もないのに?

心が弱いというのは誰かと戦って敗れた状態なんでしょうか?

 

 

心が弱ってしまうのは自分以外の外部からの影響を受けているからだと思います。父親、母親、妻、夫、息子、娘、彼氏、彼女、友人、上司、同僚、部下、先輩、同級生、後輩、先生、親戚のおじさん、…、…、…、様々なつながりがあると思います。

 

まったく他者とつながりがなく、本当に一人ぼっちの人っていないんじゃないでしょうか?

家から全くでない引きこもりであったとしても、食事を用意してくれる家族がいるのではないでしょうか?いなかったとしても食事を買いにコンビニへ。そこの店員さんとはどうですか?お金と商品のやりとりをするだけかもしれないですが、そのときはつながっているでしょう?

そしてそのつながりが間違いなく自分に影響を与えています。背の高い人とすれ違ったら『あいつ、背が高くていいなあ。俺、チビなのに。』、胸の大きい人を見たら『私もあのくらい胸があったら男にもてるのに。』、高級車に乗ってる人がいたら『僕の給料じゃ一生買えないよ。』などなど、比較しだしたらきりがないほど外部から影響を受けています。

 

 

『いや、私は他人のことなんか全然気にしないよ。』って思った人も、今、間違いなく他人(外部)の影響を受けています。

だって、

 

そうじゃないと心が弱らないから。

 

他人と比べて自分はダメだ。

あの人ならこのくらいのことで。

周りはやってるのに。

期待に応えられていない。

 

と、比較が入っています。

 

心が弱るのはしんどいですね。『誰も私のつらさをわかってくれない。』と孤独感を感じることもありますし、落ち込んでしまった状態が続くのは本当に苦しいです。こんなつらい思いから早く逃げ出したいですよね?

 

 

でも、心が弱ることってもう一つ僕たちに教えてくれることがあるんですよ??

 

それは・・・

 

あなたが、思いやりがすごくある優しい心の持ち主なんだってことです。

 

 

うまくことがはこんでおり、今の自分に満足していたら心は弱りません。うまくいかない現実があり、そのことで周りに申し訳ない、自分が情けないと思っているから心が弱るのです。

 

なんとかしたいという思いが心を弱らせるのです。

 

それは素晴らしいことだと思います。だって相手のことを思いやることができているんですから。

 

あなたのその優しさに救われている人はきっといます。

 

自分が正しい、自分が一番だと思っている人は心が弱りません。だって自分が正しい。周りが間違っているんだから。たとえ周囲から『お前は間違っている』『あなたは人間失格です』と言われても、「何を言ってんだこいつ。正しいのは俺だ。」で終わってしまいます。「こいつは自分のことを否定する不快な人間だ。」の認識で終わります。(まあ、それも積み重なれば心を痛めてしまいますが…)

 

 

もうわかったかもしれませんが、心を弱くしているのはあなた自身です。他人じゃありません。

あなたが自分にダメだしをして、そのことで心が泣いているのです。

 

 

心の許容量には個人差があります。

周りから見て、ほとんどなんでもこなすパーフェクト超人であっても、自分の許せない部分があり心が弱くなってしまう人もいます。

逆に周りからどれほど邪険に扱われ白い目で見られている人であっても、自分が好きだったなら、できないことをそれでいいんだと認めることができ、心が弱くなることはありません。

 

 

あなたは自分にすごく厳しい人なのではないですか?人一倍責任感が強く、無責任に投げだすことができないためにあがいてるのではないですか?

 

そんな素敵なあなただからこそ救われてほしいと僕は思います。

人に優しくできるあなただからこそ、自分にも優しくなってほしいと思います。

 

これを読むと『いや、そんなことは…』と思われる人もたくさんいると思います。そんな簡単に治るならこのブログは読まれてないと思いますしね。少しずつでいいんです。急には変われません。ただ、こういう意見をもった人間もいるんだと思っていただけたら幸いです。

 

心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。





 

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はじめに

このブログ【心が弱っても】を閲覧いただきありがとうございます。

このブログを立ち上げたのは、僕自身が挫折を経験したことがきっかけです。今までの人生では思い通りにいかないことや、自分にとって不幸な出来事ともたくさん体験してきました。それでも心が強いうちは普通に幸せな生活ができていたのですが、ある出来事がきっかけで心がボロボロになってしまいました。




心が弱ってくると、ただ生きているだけでもすごく疲れてしまいますよね。生きていることに価値を見出せないというか、とにかくつらい状態になってしまいます。

そして心が弱くなったことに『あー、自分はなんてダメな奴なんだ。僕なんかもう・・・』と感じていました。

 

いや、完全に克服できたわけじゃなく、今も結構感じてますけどね(汗)。ただ、僕なりの立ち直りの方法とか、今に至っている経緯とかをこの【心が弱っても】で書いていけたらなーと思ってます。

 

 

このブログを閲覧している方は今現在つらい思いをし、それに向き合い戦っている方だと思います。人生が順調な方やもうすべてがどうでもいいや状態の方では、このブログにたどり着くことはないと思います。

 

なにかつらい思いをされ、苦しい思いをされ、それでもなんとかしようと日々がんばっている人だと思います。そんな現実と向き合い戦っている『強い心をもった方』の少しでも手助けができればと思います。

 

僕自身一貫性があるわけではないですし、主観ですので、ブログ内容にズレがでるかもしれませんが、自分に合った内容は「おお、そうだよな。」、自分の考えと違う内容は「うん?なに言ってんだこいつ。そんなわけないだろ。」ぐらいで流していただけたらと思います。

 

様々なサイトや記事を渡り歩き、自分に合った記事をみつけ、少しでもその苦しさを解消していただけたらと思います。そんな『今がんばってるあなた』の少しでも役に立てたら幸いです。




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