あきらめなければ夢は叶うとよく耳にしますが、これって本当でしょうか?
困難な夢に立ち向かっていくための勇気の出る言葉ではありますが、同時にすごく残酷な呪いの言葉だとも僕は思います。
まずね、大前提として、
あきらめなくても夢は叶いません。
夢も希望もない話です。
ですがこれが現実です。
あきらめなくても夢が叶わないことは多々あります。
むしろあきらめなくて夢が叶うケースのほうが少ないかもしれません。
あきらめなかったら夢が叶ったのではありません。
夢が叶ったのはあきらめなかったからです。
3人しかなれないものがあるとします。そこに1万人がなりたいと希望しました。そのうちの9千人が条件が厳しすぎるとすぐにあきらめてしまいました。夢を叶えられるのは残りの千人から3人です。千人は3人に残るため必死にがんばります。努力します。
それでも3人しかなれません。あきらめなかった残りの997人は夢が叶いません。
3人は夢をあきらめなかった人です。
あきらめなかったから夢は叶いました。
いやいやいや、997人を無視するんですか?
叶わなかった人のほうがあきらかに多いでしょう?
それなのに、
あきらめなければ夢は叶う?
夢が叶わないのはがんばりが足りないからだ?
これって違いますよね。
実際には椅子の数が決まっていることも多いです。限られた人数しか座れないことも多々あります。
・・・
・・・
たしかに、夢を叶えられた人は最後まであきらめなかった人です。
ですが、あきらめなければ夢は叶うほど、夢は簡単なものじゃありません。
あきらめなくても夢が叶わないことも多いです。
あきらめないことが夢を叶える条件ではありません。
これを認めることが難しいです。
本当に叶えたい夢があるときはこれを認めてしまうと、もうその夢が叶わないことを意味します。
あきらめなければ可能性がゼロになることはありませんが、あきらめてしまえばその時点で可能性はゼロになります。
自分で夢を叶える可能性をゼロにしないといけません。
ここまでがんばってきた夢なのに・・・
自分の人生を捧げてきた夢なのに・・・
どうして自分には才能がないんだろう?
どうしてアイツには才能があるんだろう?
気持ちだけでは絶対誰にも負けないのに、どうして力がないんだろう・・・
本当に叶えることが難しい夢は、力が絶対に必要になります。運も実力のうちと言いますが、もともと力がある土台に、そこに運が加わって初めて夢を叶えることができます。
あきらめなくても夢は叶わないかもしれませんが、自分で可能性をゼロにするのは本当につらいことです。
そこまでのものならあきらめずに最後までやり通せばいいのかもしれませんが、あきらめない状態ってものすごく苦しいんですよね。
自分にはない力を求めている状態だから。
夢に向かって努力を楽しめている間はいいんです。
実際に自分の能力以上のパワーを発揮できますし、充実感もあります。
いつかは叶えられると信じられているうちはいいんです。
迷いなく突き進めて毎日も楽しいです。
ですが現実の厳しさに直面したとき、次第にその想いも薄れていきます。
何度も結果に裏切られ、自分の無力さを味わうたびに、想いがだんだん霞んでいきます。
・・・
最初からその程度の想いしかもっていなかった??
違いますよね。
その程度の想いにこんなにもがんばらないし、その程度の想いなら迷うまでもなくとっくにあきらめています。
あきらめないことって実は、ものすごく大変なことなんですよね。
あきらめない=今現在あなたの望んでいる結果が出ていない
この状態なんです。
がんばりもせず、努力もせず、日々をのほほんとしてあきらめないのは簡単です。
ですが、一生懸命がんばり、真剣に努力し、夢に向かって毎日全力状態をあきらめないのは、本当に難しいことです。
結果が出ないのに挑み続けるのは、周りが想像しているよりもはるかにしんどいことです。苦しいことです。
何度挑んでも結果に跳ね返されます。
才能がないことなんてとっくの昔に気づいています。
それを努力とがんばりでカバーしようとしても、才能がある人との差は広がるばかりです。
こっちが1メートル進む間に向こうは5メートル進むんですね。
お互いがんばればがんばるほど、どんどん引き離されてしまいます。
何度やってられないと思ったかわかりません。
何度自分の無力さを呪ったかわかりません。
何度相手に妬みの感情を持ったかわかりません。
こんな負の感情が次第に大きくなり、不安に押しつぶされそうになることも少
なくありません。
それでも自分で夢が叶う可能性をゼロにしたくないと必死でがんばります。
だけど結果はついてきません。
あきらめなければいつかはとがんばり続けますが、そのいつかがいつまで経ってもきません。
夢ではなく、悪夢に変わっています。
夢に挑戦するときは『楽しい!』という気持ちが大事です。
夢に挑戦するのが『苦しい!』に変わったとき、それは夢をあきらめる一つの段階なのかもしれません。
あきらめなければ夢は叶うほど、夢は単純なものではありません。
むしろいつまでも夢ばかり追いかけていてはダメなときもあります。
必死で夢を追いかけているときは、他のことを犠牲にしているときです。
あなたにはもっと他にも可能性があるのに、その可能性を犠牲にしているときです。
夢を追いかけ続けるべきかあきらめるべきか悩まれているときは、客観的にはあきらめたほうがいいことが多いです。
冷静な第三者の目からしたらあなたの行為は少し歪に映っているはずです。
あなた以外だったらもうあきらめています。
あなただから夢をまだあきらめていないんです。
本当に夢を叶えたくてどうしてもあきらめられないうちは、無理してあきらめる必要はないと思います。
ですが、夢を追いかけ続けることが負担になっているのなら、夢をあきらめないことに意地になってしまっている状態なら、それはもうあきらめたほうがいい段階なのではないでしょうか?
そこまでかんばったあなたなら、違うことで力を発揮することができると思います。
心優しいあなたの人生が幸せに包まれますように。
関連記事(一部広告):
本当にあと少し?叶わない夢を諦められないのは。